何かが割れる音が聞こえて、それまでくちずさんでいた歌を止める。
視線を地面へと向けると、先程まで手に持っていたはずのティーカップが粉々に割れて、その中身である紅茶が土を濡らしていた。
「姫様! お怪我はありませんか!?」
「大丈夫ですよ」
そばに控えていた侍女の慌てた声に、ミーティアは安心させるように柔らかく微笑んだ。
元々冷めかけていた紅茶だったので、例えドレスや足にかかっても火傷一つ負わなかっただろう。
むしろ、紅茶を冷めるまで放っておいた自分の方が申し訳なさを感じてしまう。
「ごめんなさい。せっかく淹れてくれたのに」
「そんなこと! お怪我がないのであれば、良かった」
足元に転がるカップの破片はすぐに片づけられて、新しいカップに紅茶が淹れられる。
広い庭園には秋の花が沢山咲いていて、ゆらゆらと立ち昇るカップの湯気の間から、花達を見つめていると、少しだけ眠くなる。
ここ数日は迫ってくる冬の気配のせいで外の気温が低かったが、今日は日差しが暖かい。
また日が過ぎれば、ますます冬へと近づいて、日差しの暖かさも寂しくなっていくだろうから、今年の庭園でのお茶はきっと今日で終わりだろう。
アスカンタ国にエイトが行って、二日目となった。
彼は大丈夫だろうかと、ぼんやりと考えて、柔らかい日差しを注ぐ太陽を、まぶしそうに見つめた。
太陽は遥か上空にあって、きっと手を伸ばしても、届きそうにもない。
「それにしても、姫様がこのようにカップを割るのを初めて見た気がしますわ。やはり、近衛隊長様がご心配ですか?」
「そうね……」
侍女にからかうように言われて、ミーティアはどこか上の空で答える。
カップとソーサーを膝の上に乗せて、届くはずがないと知りながらも、手を太陽へと伸ばした。
そして、落胆する。
暖かさを感じても、掴むことは決して出来ない。届かないのだ。
苦しみと、それ以上にどんなにも伸ばしても届かない虚しさが胸の中で混ざり合う。
だらりと力なく垂れさがる手が恨めしく感じた。いっそ、飛んでいけたらどんなに良いだろうか。
――どうして、苦しいのだろうか。どうして、虚しいのだろうか。
「そう。それはきっと……」
「姫様……?」
いつもと様子の違う主を訝しむような侍女の声にも気づかず、ミーティアはそっとまぶたを閉じて、自分の視界から太陽の存在を消した。
「おひさまがあたたかいせいだよ」
呟いた言葉に重ねるように、ミーティアは先程と同じように歌を小さく口ずさみ始めた。
―どこかにいる、あの人にこの歌が届くように祈って。