ドラゴンクエストⅧ シアンの人   作:松ノ子

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第26話

 

「エイト、話したいことが沢山あるの。でも、まずはこの森を出ましょう」

 

 そう言ったゼシカに促されるようにして、すぐに森を出る事となった。

 いつ先程のように魔物が現れるか分からない為、その間は一言も喋ることはなかった。

 背負った剣の柄に手を伸ばしながら、隣を歩くゼシカを見る。

 その横顔は疲労の色が濃く、いっその事、彼女を背負っていこうかと思ってしまったほどだ。

 ようやく森を抜けた所で、思わぬ人物が杖のように地面に剣を立てて、佇んでいるのが見えた。

 

「ご無事のようですね、エイト殿」

「ローレイ様……?」

 

 三人の兵士を引き連れたローレイは、仄かに笑みを浮かべてくれたが、纏う気配がどこか尖っているような気がした。

 

「隣におられるのは、もしやゼシカ嬢では?」

「お久しぶりでございます、アスカンタ大臣様」

 

 隣にいるゼシカに気付いたらしい彼に、ゼシカが一歩前に出て礼をする。ローレイも同じように礼を返すが、すぐに視線を城の方へ向ける。

 

「お二人共、すぐに手当をいたしましょう。お話もそこで」

 

 いつか沢山の料理を振る舞われた一室へと連れられたエイトとゼシカは、城専属の医術士によって手当をされた。

 元々、高位の回復呪文とゼシカの祝福の杖で傷が殆ど塞がっていたエイトは、ひどく苦い味のする薬湯を飲まされた程度だった。

 だが、ゼシカを見た高齢の医術士は長い白髭を撫でながら、すぐに渋い顔をした。

 

「魔力が殆ど残っていないその状態で、よく歩けましたな。さすがは、英雄の一人という事でありましょうか」

「殆ど……って、ゼシカ!」

「心配しないで。昨日に比べて、走りまわれる程度には回復しているのよ」

「……普通ならば、一週間は寝込んでしまいますぞ。後で、魔力を回復する聖水をお持ちしましょう」

「ありがとうございます」

 

 去っていった医術士を見送りながら、エイトは拳を膝の上で握りしめた。

 自分が思っていた以上に、ゼシカの体調はよくなかったのだ。それなのに、更に無理をさせてしまった。

 謝るのは、きっと違う。

 

「ゼシカ、助けてくれてありがとう」

「仲間なんだから、当たり前でしょ。間に合って良かったわ」

「……うん」

 

 間も置かずに返ってきた返事にエイトは嬉しさのあまり、頷くだけで精一杯だった。

 簡単につまめるようなサンドウィッチや果物を盛った皿をテーブルに並べた給仕を下がらせたローレイが、向かいの席に座る。

 

「お疲れの所、申し訳ありませんが、あの森で現れたという魔物の事を詳しく話して頂けますかな。まず、魔物が現れる前にあの森にいたのは、ゼシカ嬢で間違いはありませんか?」

「はい、その通りです」

「あそこにいた理由をお聞きしても?」

 

 ゼシカは何かを迷うように視線を伏せたが、すぐに顔を上げてローレイの方を見つめた。

 

「森の事もなんですが……。お伝えしなくてはならない事が沢山あるのです。このような時間に無礼を承知で申し上げます。今から、パヴァン王様と謁見させて頂く事はできませんでしょうか?」

 

 ゼシカの言葉に、ローレイの表情に翳りを帯びた。考え込むように両手を組んで、唸る。

 

「市の初日に、このようなことが立て続けに起こるとは、なんたることだ……」

 

 疲れたようにため息を吐いたローレイは眉間を揉んで、目元を手で覆った。

 いつもの朗らかな彼から想像できない様子にエイトは、嫌な予感が胸を巣食った。

 

「……ローレイ様、それはどういう意味でしょうか?」

「私は、あなた方を信用していますのでお話しましょう。実は、……森での事件の少し前に、王が何者かに襲われました」

 

 パヴァン王の優しい笑みが浮かんでは消える。

 目を見開いて、椅子から立ち上がったエイトと声を漏らしたゼシカを安心させるように、ローレイがすぐに手を上げた。

 

「ご安心を。王には、怪我一つありません。気を失っておられるだけでした。医術士の話では、すぐに目を覚まされると」

「良かった……」

 

 椅子に座り直したエイトは安堵のため息を漏らす。

 

「市は、どうなさるのですか。このまま、パヴァン王がおられないとなると……」

 

 ゼシカがためらいがちに尋ねるのを聞いて、エイトはその通りだと思った。

 目を覚ますといっても、すぐに動けるような状態とは限らない。このままでは、王不在のまま、市は開催され続ける事となる。

 更に、森で狂暴な魔物が現れたという事で、人々の安全を考えれば、中止にしてしまった方がいい筈だ。

 

「既にこの市は、この国にとって、重要なものとなりました。今更中止にすることなど、考えられない。民にとっても、この市にやってきた百姓達にとっても、日々の暮らしを少しでも向上させる為の大切な場でもあるのですから」

「その人達に、危険がふりかかるかもしれないのにですか!?」

 

 思わず、声を荒げたエイトを見るローレイの静かな表情はちらとも揺るがない。市を中止にすることなど、全く考えていないようだった。

 

「魔物は、アスカンタに招かれていた英雄の手によって打ち倒されたと明朝に伝えれば、民は何もなかったように振る舞うでしょう。人というものは、確かなものがあれば安堵するのです。それが強いのであれば、尚」

 

 冷酷ともとれるローレイの淡々とした言葉に、エイトは絶句した。それは、ゼシカも同じのようで、唇を微かに開いて、眼を鋭くさせていた。

 国の頂点に属する者は、皆このような考え方を持っているのか。主である、トロデ王も同じ考えを持っているのだろうか。

 浮かんだ考えをすぐに握り潰す。

 トロデ王は、そんな事を絶対にしない。民あっての国と考える王だ。

 

「……大臣。王が今しがた、目を覚まされました」

 

 エイトの大声が聞こえたせいなのか、ためらうような小さなノックの後、一人の兵士が姿を現し、静かに伝える。

そうか、と頷いたローレイが立ち上がる。

 

「とりあえず、本日はお休みください。ゼシカ嬢には、お部屋を用意させて頂きましたので。私はこれで失礼いたします。お話は、また明日お聞かせください」

 

 引き留める間もなく、ローレイは兵を後ろに従えて、あっさりと部屋から立ち去ってしまった。

 

「なによ、それ……」

 

 しばらくして、呆然と呟いたゼシカの言葉を聞きながら、エイトはくすぶるような怒りに、唇を噛みしめた。

 

 


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