最近では陽が短くなってきている事をすっかり忘れていて、気が付けば空は暗くなってしまっていた。
だが、アスカンタの城下町は、露店にぶら下げられたランプに火が灯されて明るく、辺りは祭りのような賑やかさだ。
楽しそうに大声で歌っていたり、肩を組んでふらふらと歩く陽気な人々の間を通り抜けて、エイトは手に持った小さな包みを見て、口元を緩ませた。
「喜んでくれるかな……?」
包みから微かに漂ってくる甘い香りは、雨が降った後の森の匂いに似ていた。
あれから、ごろつきに絡まれる事なく安心して、市をゆっくりとまわることができた。
旅の間によく見かけた野菜や、薬草。また人の手かのように不気味な形をした芋などおかしな野菜も多くあった。それらを調理した屋台も多くあり、あちこちから美味しそうな匂いも漂っていた。
そんな露店が並ぶ中、女性客が多く立ち止まる露店を見つけた。
そこは、香りの良いハーブを調合したポプリを売り出していて、安価なものだが、娘達には大変人気のようで、長い列が出来ていた。
少々気恥ずかしい思いをしながら、その列に加わり、先程ようやく買うことが出来た。
彼女の事だ。きっと喜んでくれる。柔らかくも眩しい笑みを浮かべる様がありありと浮かぶ。
なくさないように懐に入れて、城の階段を昇る。
夕食までには戻るという事を伝えていたので、そろそろキラが部屋に食事を持ってきている事だろう。
「なんだ、ありゃあ!」
誰かの声が聞こえて、思わず振り返ると、城壁を越えた森の方で微かに赤く光ったのが見えた。
ここまで流れてくる魔力にざわりと肌が粟立つ。誰かが、戦っている。
その証拠にもう一度、森が光る。
城の扉の前に控えていた二人の兵士が顔を強張らせて、エイトと同じように森を見ていた。その兵士達に軽く頭を下げると、無礼を承知で、疾風の速さで城の廊下を走り出す。
「エイトさん!?」
客室の扉を蹴破るように飛び込んできたエイトの様子に驚いているキラの横を通り抜けて、寝台の上に置いていた剣を掴んだ。
「ごめん、キラ! 夕食はいらない!」
「えっ?」
それだけを伝えると、バルコニーの戸を開ける。手すりに足をかけたエイトにキラは小さく悲鳴をあげた。
「ここは五階です!」
その声を合図に、ひらりと飛び降りると、別館の屋根に着地した。上でキラが何かを叫んでいるが、それに手を軽く振って、すぐ屋根の上を走りだした。
アスカンタ城とその城下町は城壁に囲まれている。ここから、入口に向かっては時間が掛かりすぎる。そばの民家の屋根を踏み台にして、一番近い城壁の上へと軽々と飛び乗った。
眼下に広がる森に目を細めて、城壁から地面へ降り立ったエイトは魔力の残滓を頼りに奥へと駆けた。
背負った剣を鞘から引き抜きながら、茂みをかき分けていくと魔力の残滓が濃くなっていく。つい先程とはいえ、ここまで強い魔力に内心感嘆した。
仲間で例えるのであれば、ゼシカの魔力に近い。そこまで考えて、瞬きをする。
「えっ、ゼシカ?」
近いどころではない。間違いなく、ゼシカ本人の魔力だ。
何故、彼女がここにいるのかではなく、戦っているのが彼女なのであれば、一刻も早く、手を貸さなくては。だが、あれから新しい魔力は感じられない。戦いが終わったのか、それとも。
ひらけた場所に出たと同時に、ゼシカの魔力がここで途切れる。
「ゼシカ!」
辺りを見回して、呼びかけるが返答はない。
血の臭いがしないことには安堵したが、姿が見えないことで焦燥感が募る。
「ゼシカ、聞こえたら返事をして!」
もう一度呼びかけた直後、獣臭がつんと鼻をついて、前方から殺気が迸る。
反射的に剣を握りしめたエイトの耳に地面を揺るがすように咆哮が響いた。