ドラゴンクエストⅧ シアンの人   作:松ノ子

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第22話

 

「追ってきてない……よね?」

 

 狭い路地裏の間から、そろそろと顔を出す。視線を右、左と動かして、追ってくる人間がいない事を確認すると頭を路地裏に引っ込ませた。

 ひんやりとする石壁に背中を預けると、沢山の楽しげな声が路地裏にまで聞こえてきて、深々とため息をつく。

 息の詰まるような宴から夜が明け、市の一日目が始まった。

 

「エイト殿、今日は来賓の方々に予定はありません。せっかくですから、我が国の市をご覧になってはいかがですかな」

 

 王族とはいえないエイトが、城の中で居心地悪そうにしているのを見かねたローレイが提案してくれた。

 来賓が脱けだしてもいいのだろうかと躊躇うエイトにローレイは悪戯っぽく微笑む。その笑みは、何処か自分の主を連想させた。

 

「なに、他の来賓の方々は昨晩の宴ですっかり寝入っていらっしゃる事でしょう。我が国の酒は強いものが多いですからね。美味い酒なことに変わりはありませんが、飲みすぎるとひどい二日酔いに襲われるのです。ですから、こっそり脱けだしても、誰にも見られません」

 

 片目をつぶってみせたローレイの言葉に甘えて、こっそり持ってきていた質素な服に身を包み、市に足を踏み入れた。

 だが、珍しそうに辺りを見回すエイトを格好のカモだと思ったのか、ごろつきが難癖をつけて、危うく乱闘騒ぎになりかけたので、隙を見て逃げ出し、路地裏に逃げ込んだのだ。

 何故、自分の周りで様々な事件が起こるのか。運が悪いにも程がある。

 せめて剣を持って来ればよかったと、客室に置いてきた剣を思い出して、もう一度大きくため息をついた。

 ローレイの好意で脱けだすことができたのに、このままではせっかくの一日目もなくなってしまうだろう。あとの数日で、このような機会に恵まれるのかも分からないのだ。

 

「……せっかく、ミーティアにお土産を買ってこようと思ったのに……」

「あんた、そこで何をしてるんだい?」

 

 気が付けば、路地裏の入り口を塞ぐように茶色のマントを頭まですっぽり被った人物がエイトを見ていた。顔を窺う事は出来ないが、背格好と声からして、女性のようだ。

 刺すような視線にエイトは困り果てる。

 

「え、っと、少しばかり、休憩をしていまして。あなたも、休憩ですか?」

「……もしかして、あたしが分からないのかい」

 

 相手は呆れたようにため息をつくと、頭のフードを下ろしてみせた。

 声と同じように少々きつめの美貌。蛇のようにつりあがった双眸が、真っ直ぐこちらを見る。弓のような形の良い唇が開く。

 

「久しぶりだね、エイト」

「ゲ、ゲルダさん?」

 

 何処か面白そうに、瞳を細めた女盗賊に、エイトはただ驚いた。

 

「ふぅん、なるほど。あんた、運がない人間だね。パルミドへ行ったら、半日も経たずにあそこの住人に身ぐるみを剥がされちまいそうだ」

 

 あの路地裏にいた理由を話すと、ゲルダは、容赦ない一言でエイトを突き刺した。

 言葉に詰まったエイトは、何故かゲルダと共に市の方へと戻っている。

 あのごろつきが飛び込んでこないかと辺りを見回しながら、フードを被ったゲルダに話しかける。

 

「ゲルダさんも、こういう場所にくるんですね」

「そりゃどういう意味だい、ぼうや。あたしが、こんな場所にいるのがおかしいって?」

 

 凄むように目を細くさせて、顔を覗き込んでくる女盗賊に、エイトは慌てて両手を振った。

 

「い、いえ! 違います! ただ、まさかこんな所で会えるとは思ってなくて!」

 

 必死に弁解するエイトが面白かったのか、彼女は軽く吹き出した。

 

「冗談だよ。こういう場所に来るのは好きなほうでね。よくあちこちの地方の市に、こうして顔をだすのさ」

「そうだったんですね」

 

 納得したエイトにゲルダはところで、と切り出した。

 

「ここの王様は元気そうかい?」

「パヴァン王ですか? 特に病を患っているようではありま……、何故そんな事を聞くんですか? ……どうして、僕がパヴァン王にお会いしたと?」

 

 裏の住人である彼女が王族に興味を持つのは、何故か違和感があった。裏の住人の彼らはどこの国が荒れようと、豊かであろうと特に興味を持つことはない筈だからだ。

そして、先程、路地裏にいた理由を話した際に、自分がアスカンタ国へ招かれていることは一言も喋っていない。

 それなのに、この人は自分が招かれている事を知っていた。

 

「どうして、知っているんですか?」

 

 少しだけ怪訝そうにしたエイトに、ゲルダは楽しげな笑みを浮かべる。

 

「ちょっとした情報源からさ」

 

 それだけしか言わないゲルダはひらりと片手を振ると、急に背を向けて歩き出す。

 

「ここは、人が多いからね。きっと絡まれないだろうよ。あんたの運が相当に悪くない限り」

 

 気が付かないうちに、広場の中央に着いていたようだ。これだけ人が多くいれば、目を皿にでもして探さない限り、見つからないだろう。

 ゲルダが、意外と面倒見のいい女性だとは思わなかった。

 

「あ、ありがとうございます、ゲルダさん」

「借りひとつにしといてやるよ。じゃあね、ぼうや」

 

 慌てて頭を下げるエイトに振り返りもせず、女盗賊はあっという間に人の波間に消えた。

 


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