礼服の襟が窮屈で仕方ない。先程から喉を締め上げるかのような窮屈な襟と首の間に指を入れて、少しでも呼吸を楽にしようとする。
だが、息苦しさから解放される事はなく、そればかりか、ますます首が締まっていくような気がした。
「エイトさん、せっかくのお召しものがよれてしまいますよ」
後ろを歩くキラに小声で囁かれ、仕方なく指を外すと、先導する騎士の背を見ながら、数日で叩き込まれた礼儀作法を頭の中で呪文のように繰り返す。
今から、各地方の客人達とアスカンタ王でささやかな晩餐会が開かれるのだという。当然、客人であるエイトもこの晩餐会に参加せねばならない。
ため息を吐きかけて、踏みとどまる。気が付けば、もう食堂の前に着いてしまっていたようだ。大きな両扉に控えた兵士が拳を首元まで上げて、エイトに向かって礼をした。
キラが前に出て、こちらに視線を送る。ぎこちなく頷くと、キラは微かに微笑んでくれた。
ゆっくりと開かれた扉の先に広がる大きな食堂の壁には、青い布が垂れ下がり、奥には床が一段上がった場所に席が設けられていた。王の座る席だろう。その席を囲うように長いテーブルが置かれ、既に客人達が座って、和やかに談笑している。
エイトが一歩、足を踏み入れると、彼らの会話がぴたりと止んだ。
いくつもの好奇の視線が刺すように自分に向けられているのが分かったが、ここで背を向ける訳にはいかない。そのまま、キラがさりげなく示してくれた席に座る。
「あれが、かの……」
「なんと……お会いできるとは」
「……をさしおいて、姫を娶った」
「世界の英雄を拝めるとは……」
「もとは、卑しい……だったらしい」
囁かれる会話が、耳に嫌という程、入ってくる。
膝の上に置かれた両拳に力が入るが、表情は変えなかった。
「分かっているだろうがのぅ、エイト。全ての人間が、おぬしを称える訳ではないぞ。中には、妬む者もいるだろう。その者達は、おぬしの羨ましい部分しか見ていないのだ。おぬしの血の滲むような努力を無視し、己がもっとも欲しい部分だけを見て、親の仇とばかりに憎むのだ」
アスカンタ国に来る前にトロデ王から言われた言葉を思い出す。
分かっている事だったが、心の内側から冷えさせていくような言葉に、肩が重くなる。
その時、空気を切り裂くように、澄んだベルの音が響いた。
「お集まりの皆様、お待たせいたしました」
穏やかな低い声に、客人達の視線が自然とそちらへ向いて、エイトは少しだけ安心した。
いつの間にか、食堂の中央に立っていたローレイが小さなベルを持って、笑みを浮かべていた。
「わたくしは、アスカンタ国の大臣ローレイと申します。我が主、パヴァン王が参りました」
屈強な兵士に挟まれて、姿を現した若い王の姿に一同が席を立ち、深くこうべを下げた。エイトも同じように頭を下げて、少しだけ王の方を見た。
ローレイの言った事がよく分かった気がした。
以前の優しげであったが、弱々しささえを感じられた顔は引き締められ、王らしい振る舞いが身についているようだった。
パヴァン王は豪奢なマントを払い、落ち着いた様子で席に着くと手を軽く上げて、客人を座らせた。
給仕から渡された銀杯をかかげて、男にしては少しばかり高い声で話し出す。
「よく来てくれた。我が国の為に、力を貸して頂いたことに心から礼を」
すると、僅かにパヴァンがこちらを向いて、視線が合う。
驚いている間にパヴァン王はすぐに前を向いてしまったが、その時の嬉しそうな表情に重くなっていた肩が軽くなった。
「それでは、皆の者。どうか楽しい夕食を」