ドラゴンクエストⅧ シアンの人   作:松ノ子

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第19話

 アスカンタ国で一年前より開かれるようになった市。西にあるサザンビーク国で開かれる市が商人の市だとすれば、こちらは百姓の市だといえるだろう。

 心から愛していた王妃を失い、心を悲しみに染めたアスカンタ国王は、絶望のあまり、執務に手が付かず、アスカンタ国は、一時国政が崩壊していたが、エイト達と心優しい小間使いの少女のお陰で、若き国王パヴァンはようやく己の足で立ち上がった。

 その後、王は、以前の気弱な殻を脱ぎ捨てて、国の為に動き始めた。

 どちらかといえば、内向的なパヴァン王であったが「農業に栄えた国だからこそ、出来ることがある」という力強い言葉に、大臣のローレイや周りの者達を大いに驚かせたらしい。

 春と秋の二回に催される市、通称【星の市】は世界中の百姓や商人が集まり、自分達が育て上げた野菜などを売りさばいたり、情報を交換したりする場となった。

 後世、アスカンタ史にその名を大きく残すこととなるパヴァン王は、その命が燃え尽きるその瞬間まで、国を活性化させたという。

 また、王はただ提案するだけではなく、各地方の領主一人、一人に自ら手紙を送った。結果、その情熱に胸を打たれた彼らの協力によって、成功したといっても過言ではない。

 良心ある王が、上に立てば国も人も穏やかになる。少しばかり、回り道をしてしまったかもしれないが、あの方は良き王になられたと、ローレイはエイトに穏やかな声音でそう言った。

 ローレイはいくつもの長い廊下を抜けて客室に案内してくれた後、「後程、世話係をよこしますので、どうかおくつろぎ下さい」と言って、部屋にエイト一人残して去ってしまった。

 所在なさげにエイトは豪奢な部屋に立ち尽くす。寝心地のよさそうな大きな寝台。空が一望できる半月を引き伸ばしたかのように大きな窓。壁には高価な絵画と暖炉があり、その前には柔らかそうな布地でできた青い長椅子。

 ふと、何気なく足元を見て、慌てて扉の方に下がった。これまた高価そうな鮮やかな色をした絨毯の端を踏んでいたからだ。

 どうしよう、と呟いて、顔を青褪めさせた。

 トロデーンの城でも、王より個室を与えられた。初めは、近衛隊長なのだからと目も眩まんばかりの豪奢な部屋を与えると言われ、必死に主に拝み倒し、平伏して、なんとかまだ質素な部屋で寝起きしている。それでも、広い部屋な事には変わりないが。

 その時、背中にある扉が控えめに叩かれ、エイトは思わず飛び上がりそうになった。

 

「……は、はい!」

 

 声が裏返ってしまいそうになるのを何とかおさえて、返事をする。

 

「本日から、エイト様のお世話をさせて頂く事となりました。失礼してもよろしいでしょうか」

 

 扉越しに聞こえてくる凛とした声に、目を大きく開いた。

 慌てて扉を開けると、そこには太陽の輝きを写し取ったかのように、暖かい金色の髪をもった少女が佇んでいた。

 

「お久しぶりですね、エイトさん。私の事、覚えていらっしゃいましたか?」

「もちろんだよ! 久しぶりだね、キラ!」

 

 キラは見る者を安心させるような笑みをにっこりと浮かべて、丁寧にお辞儀をした。

 彼女は、かつてエイト達に願いを託した心優しい小間使いだった。

 


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