ドラゴンクエストⅧ シアンの人   作:松ノ子

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第15話

「思っていた以上に深刻ね」

 

 以前、この教会に仕えていたシスターが使っていたという小さな部屋に通されたゼシカはベッドに腰掛けて、そう呟いた。

 陽の昇らない早朝からずっと歩き続けて、川沿いの教会に着いた頃にはすっかり夜を迎えていた。

 祭壇に控えていた年若いシスターに取り次いでもらい、手紙を書いた神父から早速、話を聞いた。

 神父の話によると、それが起り始めたのは二か月前の事。

 ある晩の事、乳飲み子を抱えた女が教会に駆け込んできた。羊飼いである夫が夜になっても帰ってこないと泣きながら言うのだ。

 神父の頭によぎったのは、狂暴化した魔物が家畜や人に襲い掛かってきた二年前の暗黒神が復活した時の場景だった。

 すぐさま、近くの村の男衆をかき集めて、夜中の森を捜し歩いた。

 神父の早急な判断と男達の懸命な捜索のお陰で、その羊飼いは願いの丘の麓で見つかった。気は失っていたが、怪我一つもなく、そのまま妻と子の待つ家に帰された。

 だが、その一件の後、不思議な事が起り始めた。老若男女に関わらず、夕暮れになると音色が聞こえると訴える者が現れ始めた。

 どんな音色なのかとゼシカが尋ねると、自分達には聞こえないのだと神父とシスターはそろって答えた。

 そして、今度は二週間前から家畜が忽然と姿を消すという現象が起こり始めたのだという。

 また二年前の恐怖におびえる日々に戻ってしまうのではないかと恐れた神父は、筆を執ったのだという。

 

「とりあえず、明日調べてみないと」

 

 ほどいた髪に櫛を通して、ゼシカは声に出しながらも、別の事を考えていた。

 捕まえた山賊達の事だ。彼らはそこらにいる山賊ではない。あの動きは、訓練された騎士だ。

 そして何より、彼らの持っていた細身の剣の柄に施された紋章がそれを物語っていた。

 

「やっぱり、あれはマイエラ修道院にいた騎士団のものよね」

 

 かつての仲間の一人が持っていた剣であったから、見慣れていたものであった。

 聖地と崇められていたゴルド。それは、偽りであった。暗黒神の肉体を封じた地。

 防ぐことの出来なかった惨劇。封印を解かれた肉体が沢山の人々を瓦礫の底に埋めた。そして、消えた一夜の法皇。

 ゴルドという揺るぎのない聖地が崩壊し、教会組織は混乱に呑まれたという。

 今は改心したニノが法皇の座につき、落ち着きを取り戻してはいるが、あの男がいたマイエラ修道院の者達の当時の狼狽ぶりは凄まじかったという。

 

「どこでも嫌味男を、それほどまでに慕っていたという事よね」

 

 その証拠に素性がばれてしまうと分かっていても、騎士の剣を捨てることの出来なかったのだろう。

 宙に差し伸べるように手のひらを広げると、その上に魔力で拳大の風の玉を作る。

 旅を終えてから、他系列の魔法の修行をしているが、やはり体質というものがあるのか、風の魔法は上手く扱えない。最近になって、ようやく小さな玉を作ることが出来るようになったが、これ以上は上達することはないだろうと確信していた。

 しゅうしゅうと音をたてて、手の上で浮かぶ玉を眺めて、ため息が知らない内にこぼれる。

 二年前のエイトとミーティア姫の一度目の結婚式以来、彼とは会っていない。

 

「……別に会いたくもないわ」

 

 自身に言い聞かせるように囁いて、手の平の玉を消した。

 翌日。その現象が夕方に起こるのは、決まって夕暮れの為、ゼシカはシスターの手伝いをして、時間を過ごした。

 その合間に、音色を聴いたという老婆が、礼拝の時間にやってきたので、礼拝が終わるのを待って話を聞くこととなった。

 シスターに紹介された小さな老婆は、皺の刻まれた顔をさらに深くさせて、唸った。

 

「ごめんなさいねえ、分からないんよ」

「分からない?」

 

 老婆の言葉を呆然と反復したゼシカは目を瞬かせた。

 

「夕暮れに聞いたのは確かなのじゃが……、どうした事か思い出せないのさ」

「ゼシカさん。おばあさんの言う通りです。他の方も同じ事を仰っていましたわ」

 

 老婆を椅子に座らせながら、年若いシスターが困ったように頷いて、頬に手を当てる。

 

「聞こえたのは確かというのに……、何故か覚えておく事も、思い出すこともできないと」

「そうだったんですか……」

 

 困った、と彼女は内心呻いた。

 話を聞けば、何か分かるかと思ったが、これでは原因を探る事も出来ない。

 やはり、夕暮れを待つしかないのだろう。

 その時、考え込んだゼシカの耳に老婆の沈んだ声が届く。

 

「……でもねえ、痛いんだよ」

 

 顔をあげて、老婆を見る。老婆は自分の胸をそっとなでて、呟く。

 

「とてもねえ、痛いんだ。ここが」

 

 深い皺のある目元に涙が滲んでいるのを見て、ゼシカは驚いた。

 

「今日もまた、聴こえるのかねえ……」

 

 節くれだった小さな両手が祈るように組まれて、老婆は俯いた。

 深くこうべを垂れるその姿が、何故だか、ゼシカの瞳に強く焼きついた。


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