第13話
祈りは月を招き、唄は陽を招いた
何度も何度も
繰り返されていく
***
マントに夜風が絡みついて、大きく膨らんでは、なびく。
まるで鳥の翼のように広がる自分のマントを視界の端で見ながら、立ち塞がるように並ぶ男達に、彼女は感情を抑えた声で話しかけた。
「船着き場で聞いているわ。最近この辺りで、通りかかる商人や旅人の金品を奪っている山賊って、あんた達の事ね」
ひげが伸びきったままのだらしない身なりの男達が、異様な目つきで自身の体のあちこちを見ているのを気づかないふりをして、さりげなく腰に手を当てた。
松明を持った一人が下卑た笑みを浮かべて、品定めをするかのように松明を動かし、彼女を照らす。
暗がりに照らされた顔を見て喉を鳴らすと、ますます下卑た笑みを深めた。
「山賊だぁ? そりゃあ、誤解ってもんだぜ。姉ちゃんよ」
「じゃあ、ここで何をしている訳?」
「なにってそりゃあ、なあ?」
周りの仲間に同意を求めるように、にやけた顔を横に向けて、また彼女の方を見る。
「俺達は危ない奴が通らないように、ここを見張っている訳よ」
「へえ? いい人達なのね」
「だろう? 特に、金目のものを溜め込んでいる商人や、……こんな夜中に出歩く悪い姉ちゃんとかをな」
あら、と彼女は怯えた様子もなく、のんびりとした声を上げる。
「悪いけど、私はお金なんか持っていないわよ」
その間にも素早く目を動かして、松明によって、ぼんやりと照らされた男達の人数を数える。八人。その内、松明を持っているのは三人。気配を探る限り、潜んでいる者はない。
「持ってるじゃねえか。それも、極上のもんをなあ。……おい、捕まえろ!」
それを合図に松明が揺れて、剣を構えた男達がこちらに向かって、駆けだしてくる。
たかが、か弱い女だとなめてかかる彼らに、彼女は微笑んだ。
「足元、ご注意」
前を駆けていた二人が突然、体勢を崩して、顔面から地面に激突する。頭を抱えて悶絶する様を眺めると、困ったように首を傾げてみせる。
転倒した彼らの足元には、いつの間にかつるりとした氷が地面に張っていた。
「だから、秋とはいっても、地面が凍っている所があるわよって注意したのに。遅かったみたいね」
やれやれと肩をすくめながら、杖を指先で転がす。
松明を持った一人が、それに気づいて、大声を上げる。
「この女、魔法使いだ!」
「それだけだと思う?」
「なっ!?」
いまだに悶絶しているままの二人を軽々と飛び越えて、一気に走り出すと、叫んだ男の空いた脇腹に蹴りを食らわす。痛みにうずくまった瞬間、容赦なく踵を頭上に振り下ろした。
仲間が昏倒して地面に伏している内に、最初に転倒した二人も体勢を整えて、松明を持つ二人を除いた全員が剣先を揺らすように構えながら、彼女の周りを囲うようにじりじりと近づいてきた。
その落ち着きのある態勢に、猫のように目を細めた。
武骨な山賊とはかけ離れている。
一人、一人が彼女の動きをじっと見ているのが分かった。ますます山賊らしからぬ様子に、杖に意識を集中すると大きく目を見開いた。
瞬間、二つの松明の炎が大きく燃え上がる。
「うわあっ!?」
「なんだ!?」
山賊たちの意識がそちらに逸れた隙に呪文を素早く唱える。
『 風よ、我とひとつとなれ 我が脚に疾風の力を ピオリム 』
杖を腰帯に差し戻して、もう一つの武器に手を伸ばしながら、地面を蹴る。
手に馴染んだ鞭を身近にいた二人に向けて、二度払った。風を切りながら、鞭が蛇のように大きくうねると、悲鳴を上げて二人が倒れ伏す。
その後すぐに体を逸らすように後ろに下がると、顔の真横を小さな炎が通り過ぎる。
両手を彼女に向けて突きだしている一人を見据えて、そちらに走り出す。
その際に両側から斬りかかってきた二人の肘と脚に鞭をあてて、派手に転ばした。その様子を見ていた魔法使いらしき男の顔が怯えたように顔をこわばらせた。
「魔法使いの弱点なんて、私が一番良く知っているのよ」
二人にまごついている間に、攻撃呪文を完成させるつもりだったのだろう。
風の加護を受けた脚力で一気に距離を詰めると、鞭とは反対の手で、魔力で風の玉を作りだし、腹に叩き込む。後ろに吹き飛んで転がったのを眺めて、松明を持った二人の方をゆっくりと振り返る。
恐怖で動けなくなってしまった二人は、松明を落とさないのが不思議な位、震えていた。
そんな二人に、ふたつに結わえた髪をゆらりと揺らして、彼女は艶を含んだ猫なで声で言った。
「さあ、あなた達の選択を聞かせて? ……もちろん、逃がさないけどね」