「やああっ!」
鉄でできた剣とは違う木の棒のぶつかり合う音が大きく響く。
飛び込むように向かってきた青髪の少年のひのきの棒をエイトは同じ棒で軽く受け止めた。
「かけ声はいいけど、踏み込みが甘い。ほら」
手首を軽く押して、振り払う。よろめくように後ずさった少年の頭上に、エイトは躊躇うことなく棒を振り上げた。
思わず、ぎゅっと目をつぶった少年の横から、茶髪の少年が庇うように踏み込んでくる。
茶髪の少年の大振りの一撃をエイトが容易く避けると、茶髪の少年はすぐに槍のように棒を突きだしてきた。半身をずらして避けると同時に、少年の手首を掴んでそのまま後ろに放り投げる。
小さく悲鳴をあげて、ごろごろと地面に転がった茶髪の少年にエイトはとん、と棒を己の肩に乗せた。
「避けられたからって、あきらめずに次の攻撃をするのはよかったよ、マルク」
「まだまだあっ!」
突進するかのように正面から向かってきた青髪の少年に、エイトも立ち向かうように走りだす。
「うりゃあ!」
ぶんぶんと振り回すような攻撃を、片手で持ったひのきの棒で次々と受け止め、大きく後ろに下がって距離を取る。
「ポルク、力があるのはいいけど、力はここぞという時にだすんだ」
抉るように地面を強く蹴り、ぐっとポルクとの間合いを一瞬で詰める。
大きく目を見開いた少年の額を棒でたたく代わりに、指で弾いた。
「いでっ」
額を両手で押さえてうずくまったポルクの頭を優しくなでると、エイトは二人に微笑んだ。
「ポルクもマルクも最初に比べて動きが良くなったね」
「本当っ!? おいら、もうリーザス村の戦士になれる!?」
顔をあげて、自分の周りをじゃれつくように飛び跳ねるポルクに頷いた。
「このまま頑張れば、必ずね」
「良かったな、マルク!」
起き上がったマルクの肩を叩いたポルクは、嬉しそうに歯を見せて笑った。
「うん。でも、ポルクはすぐに調子に乗るから、僕がちゃんと見ていてあげるよ」
淡々と言うマルクと苦虫を噛みつぶしたように顔を歪めるポルクのやり取りにエイトは吹き出しそうになった。
性格が正反対の二人だからこそ、こんなに仲がいいのだろう。
ポルトリンクとリーザス村をつなぐ道の脇を左へ外れると、トロデーンへ向かう道の側に少し開けた場所がある。
そこでエイトは二人の少年達に稽古をつけていた。
リーザス村を守るために強い戦士になりたい。僕たちを強くしてください。
ゼシカから渡された手紙は、つたない字ではあったが、一生懸命で真っ直ぐだった。そんな少年達の願いを無視することなどエイトには出来る筈もなかった。
「修業は終わったの?」
夜に向けてゆっくりと傾いていく日差しを背に歩いてきたゼシカに、エイトは手を上げた。
「うん。二人共、よく頑張ったよ」
「そう。……二人共まっくろじゃない。帰ったら、真っ先にお風呂ね」
お風呂という嫌な単語に、泥だらけの顔をそろってしかめる二人を呆れたようにゼシカが目を細める。やんちゃな弟達を見守るかのように暖かい眼差しを浮かべる彼女は、勝気そうな外見とは違って、面倒見がいい。
「なあなあ、ゼシカ姉ちゃん! それ、食いもん!?」
ポルクが、ゼシカが腕にぶらさげた籠に目を輝かせた。
「そうよ。あんた達のお母さんが持たせてくれたの」
ふっくらとしたパンを二つ差し出すと、がつがつと一心不乱に貪り始めた少年達に、ため息をついたゼシカはエイトに水筒を差し出した。
「ほら、エイトも喉がかわいたでしょう」
「ありがとう」
「どういたしまして」
受け取ったエイトは、ゆっくりと口に含んで喉を潤す。よく冷えた水が体の隅々に染みていく。
口元を拭って小さく息をつくと、隣に腰を下ろしたゼシカが背筋を伸ばして、こちらを見やって微笑んだ。
「エイト、ありがとう。無理を言ったのに、来てくれて嬉しかった」
ゼシカの言葉に、首を横に振った。
「礼を言うのはこっちだよ。僕もありがとう。来てよかった」
これから未来を背負うのは、自分達ではなく、ポルクやマルク、そしてこれから生まれてくる子供達だ。そんな彼らの道を示す手助けができるなんて、とても素晴らしい事だと思う。
そう言うと、ゼシカはくすぐったそうに首を縮めて、笑った。
「ふふ。やっぱり、エイトって変ね」
「そう、かな?」
「でも、エイトらしいと思う」
夕暮れが深まる。
涼しげな秋風が彼らの間を駆けぬけて、少年達に向かっていくのをエイトは眩しそうに目をすがめた。