淡く茶色に染められ、軽くパーマの掛けられた髪の毛。
少しだけキツそうにキリッと上がる目と軽く、耳に開く1つのピアス。
彼女は親しげな振る舞いでこちらへと歩み寄ってくると、比企谷くんの肩を軽く叩いた。
「よっすー。クリパの準備もそっちのけでデートとか、比企谷ってマジで何者?」
「…デートじゃねえよ」
「へぇー。つか、一色ちゃんにはフられたん?」
「あ?まぁ、いつもフられてるっちゃフられてるわな」
「なにそれウケる!…あ、私邪魔だった?」
ケラケラと腹を抱えながら笑う彼女は、キョトンとしていた私に気が付く。
「邪魔じゃないよ。別にデートじゃないそうですしー」
「ふーん。…?でもそれ、カップル用のアイ……」
「違うよ!!お徳用アイスだよ!!」
「へ!?」
「あ、あははー。私、海老名 姫菜っていいます。一色さんの先輩で比企谷くんのクラスメイト」
「あ、うん。私、折本かおり。比企谷とは同中って感じ」
同中…。
もちろん比企谷くんにだって中学生の時代があっただろうが、その同窓生と親しげに話しをしている姿は想像出来なかった。
……ん?
海浜総合…。
そういえば、美術室で比企谷くんが海浜総合の人とクリパの準備をしていると言っていたな。
「んー。海老名さんも可愛い…」
「え?」
「…。比企谷の連れてる女の子って可愛い子ばっかりじゃね?」
折本さんが不思議そうに比企谷くんの顔を覗くと、彼は興味無さそうにそっぽを向く。
「…一色ちゃんも海老名さんも可愛いし、あの2人だって…」
「折本」
「っ、どしたん?急に大きな声出して」
「…。いや、おまえ、友達待たせてるんじゃねえの?」
「あ、そうだった!ごめん!私はこれで!…そうだ、比企谷。クリパ、ウチも負けないからね」
手を軽く振りながら、折本さんは軽い足取りで私たちのもとから離れていった。
台風のように現れて、台風のように去っていく。
そんな子だった。
「……さて、何から聞いていこうかな」
「下世話な奴。詮索はするなよ」
「…ってことは、聞かれたくない関係だったんだね。ズバリ告白してフられた…、とか」
「…ふん。察しが良すぎるのも考えもんだな」
「その割に普通に話せてたみたいだけど」
「色々あってな…。はぁ、俺の黒歴史だ。誰にも言わないでくれよ?」
「…うん」
それだけ言うと、彼はスプーンを取りに立ち上がった。
ふと、小さく胸が痛む。
比企谷くんの事を何も知らない自分。
知ろうとしない自分。
踏み込めない自分。
沢山の私がお腹の中を駆け巡り、先の見えないゴールを目指して迷っている感じ。
彼の近くに歩み寄ろうとすればする程、結衣や雪ノ下さんの顔が頭にチラつく。
「…私は…、どうしたいんだろ」
小さく呟いた言葉が、窓の外に広がる雨雲に吸い込まれ、それが雨へと変わるように。
私の陰気な溜息がアイスのスプーンに溜まっていた。
……はぁ。
溶けかけるアイスがカップの縁から溢れそうになっていたため、私は慌ててそれをスプーンにすくって口に運ぶ。
はむ…。
おいし…。
ほんのりと甘いチョコと酸っぱいベリー…、それと、比企谷くんの味。
……。
「っーーー!!?」
ひ、比企谷くんの味…、だと?
これってつまり…
「間接…キス…」
「ほい、新しいスプーン持って…、ん?なに固まってんの?」
「うわぁーーー!!」
「えぇ!?」
振り抜かれた私の腕からスプーンがまたも弧を描き飛んで行く。
それはクルクルと回転しながら窓に打つかると、カランコロンと床に落ちた。
「はぁはぁはぁ…」
「……。え、海老名さん?」
動悸を落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をする。
頬が熱い。
いや、もう身体がすごく熱い。
「だ、大丈夫か?なんかすごく息が荒いけど…」
ぽん、と比企谷くんの手が私の肩に触れた。
「…っ!…ぅ、ぅ」
「え?ちょ、マジでどうした?」
「…はぅ…、あ、あの、比企谷くん」
私は恋を知らない。
でも知識だけはある。
BLはもちろん、少女漫画だって人並みには読んでいるつもりだ。
「み、水持ってくるか?」
「いい。ねぇ、比企谷くん。キミは…、本当に人を好きになったことがある?」
「へあ?な、何を突然…」
「答えて!」
「っ。…ま、まぁ…、それなりには…」
彼は頬を指で掻きながら、照れるように目を反らす。
相変わらずアイスは溶けかけているが、比企谷くんの手に持たれたスプーンがそれをすくうことはない。
「…その人の事を四六時中考えてしまう」
「まぁ、そうだな」
「その人と居ると心が弾む」
「ん、そうかも」
「その人の事を必要以上に意識してしまう」
「あぁ」
「その人の事を全て知りたくなってしまう」
「……ん」
彼は真剣に、少しだけ頬を赤く染めながら真摯に答えてくれる。
「……全部、当てはまるよ」
「…?」
君の事ばかりを考えているよ。
君と居るとすごく楽しくて。
君が他の娘と話していると不安になる。
優しい君の暖かい手から伝わる体温が、私の冷めた心を全て溶かしていく。
それはまるでそこで溶ける続けるアイスのように。
ふわりと、甘く香る彼。
「全部、君に当てはまるの」
「…は?」
「私は……、君が…
好き