生徒会選挙は無事に終わりを迎えた。
新しい生徒会長が1年生の美少女だと教室の話題に上がる中、喧騒から孤立するように、私は雨雲のお空を見上げる。
すぐ隣の席では優美子を中心に、いつものメンバーが普段通りに会話を繰り広げていた。
ただ、そこに結衣の姿は居ない。
可愛らしくぴょんぴょんと跳ねるピンクの後ろ姿を見つけると、比企谷くんの頭に手を置いて、楽しそうに声を掛けている。
やれ、いろはちゃん大丈夫かな。
やれ、ゆきのんとお昼食べるんだ。
やれ、ヒッキーは頑張った。
……。
リア充爆発しろ…。
って、それは君の口癖だったじゃない。
不思議とお腹の下から湧き上がる苛立ちが、机を叩く指の力を強くする。
「…むぅ」
とんとんとんとんとんとんとんとん!!
「ちょ、姫菜?あんたどうしたし」
「は?何が?」
「……や、やさぐれてる」
こちらへと歩み寄ってきた優美子を皮切りに、隼人くんや戸部っち、大和くんに大岡くんまでもが私の机を取り囲んだ。
…なんでだろ。
今は誰とも話したくない。
ふと、選挙前に一色さんが発した言葉を思い出す。
”お二人はどういうご関係なんですか?”
普段のあざとさを感じさせない自然な言葉。
彼女の純粋な疑問だったであろうその問いは、言い淀む私の代わりに比企谷くんによって答えられた。
”クラスが同じだけだ”
……は?
同じだけ?
同じだけの関係なの?
もし一色さんの疑問対象が私ではなく”あの2人”だったら君はなんて答えたのかなぁ?
……。
…少なくとも、私はもっと身近な関係を築けているものだと思ってたよ。
私を取り囲む優美子達の会話は頭に入ってこない。
それでも顔には笑顔を貼り付けられている。
このまま時間が過ぎるのを待とう。
今は楽しく会話に混ざることなんて出来る気がしないし。
「っべー!っべー!じゃさ!海老名さんはどうする感じ!?」
「…え、なに?」
「だからー!今度みんなでディスティニーランド行くって話じゃん!もち海老名さんも行くっしょ!」
「えー、あ、あははー。予定を確認しなきゃかなー」
だめだ。
今日の私は全然擬態していない。
私は最終手段を使うべく、困った素振りを見せて隼人くんに目を合わせる。
秘儀、優男召喚!!
「……。そうだね、もうすぐ冬休みだし、打ち上げも兼ねて行くのも悪くないな」
あれー?
隼人くん、意図を読み取る才能枯れたの?
そこは話をすり替えてくれなきゃでしょ…。
「さすが隼人くんっ!それじゃ結衣も誘わなきゃっしょ!」
「…うん。いや、結衣には俺から言っておくよ」
「おっけー!それじゃいつ行くいつ行く!?」
「そうだね…。この日なんてどう?」
隼人くんを中心に予定が決められていく。
これだけ積極的に遊ぶ約束を取り付ける隼人くんも珍しいと違和感を感じつつ、行きたくないとは言えない空気に仕方なく私は乗っかった。
私はため息を我慢し、自然な装いで彼の姿を視界に入れる。
アホ毛を左右に揺らしながら、頬杖を付き結衣の言葉に耳を傾ける彼は、普段よりも少しだけ柔和なイメージだ。
と、彼の持つ独特な雰囲気に惹かれていると、何かに気づいたように、彼は私の方へ目を向けた。
「っ!」
咄嗟に目を逸らしてみたものの、これじゃぁ彼にはバレバレだろう。
なに、やってんだろ。
私。
心拍数が上がっている。
頬が少しだけ暑い。
ほんとに変だよ。
それでもやはり気になってしまい、私は視線だけを比企谷くんに向けてみる。
すると、彼は結衣に何か呟き、私の方へ指を向けていた。
結衣は彼の言葉に素直に頷き、とてとてと私達の元へと戻ってくる。
「姫菜ー、何か用?」
「え?な、なんで?」
「えー?ヒッキーが『海老名さんがお前のことを呼んでるぞ』って」
「へ、あ、うん。えっと…、ディ、ディスティニーランド!ね、ねぇ隼人くん。結衣も誘うんでしょ?」
私は無理やりに話題を作る。
やっぱりバレてたんだね。
てゆうか、私が見てたのは君なんだけど…。
「……あぁ。結衣、今度みんなでディスティニーランドに行こうって話をしているんだけど」
「へー!楽しそう!あ、でも私、ゆきのん達とも行く約束してるんだよね…」
ほう?
ゆきのん達と?
それはつまり雪ノ下さんと比企谷くんですかな?
あらあらあらあら。
随分と仲が深まりましたようで。
「……そうか。ちなみにいつ行くんだい?」
「えっとね、来週の日曜日だよ!」
「奇遇だね。俺たちもその日に行こうとしていたんだ。よかったらみんなで一緒に行かないか?」
賑やかに騒がしく。
話が次々とまとまっていく。
まるで予め用意されていたかのような言葉で。
……。
あぁ、もしかして。
隼人くんにも何か”狙い”があったのかな。
底浅く積み上げられる偽物に辟易としてきた頃、私は彼が教室から出て行く姿を見つけた。
どこに行くんだろ…。
もうすぐに次の授業が始まるというのに。
「……」
無関心なことには定評がある私に興味が湧くなんて珍しい。
少なくとも、この場で笑顔を貼り続けるよりは有意義な時間を過ごさせてくれるかもしれないな。
「ちょっと席外すね」
私は優美子に軽く言葉を掛けて自然に席を立つ。
彼の姿を見失わないように少しだけ早歩きで、凝り固まった笑顔を元に戻し、私も教室を出た。
✳︎✳︎✳︎
彼の姿を追って廊下に出たものの、何と言って話しかけるかを考えていなかった。
普段のように、はろはろー!と声を掛けるのも躊躇われる。
相変わらず猫背でポケットに手を入れた歩き方の彼は、授業の開始時間なんて気にした様子もなく廊下を歩き、階段を上っていく。
どこに行くんだろ…。
特別棟への連絡橋を渡り終えたところで、ようやくに行き先の目処が立つ。
おそらく、彼の行き先は…。
「……」
「……」
美術室…?
「…ん。鍵、持ってるか?」
「え!あ、気づいてたの?」
「まぁな」
「そ、そっか。あはは…、えっと、鍵だよね、持ってるよ」
私はお財布の中に普段から入れてある美術室の鍵を取り出し刺し口に挿れる。
軽く捻ると小気味良い音を立て鍵は開けられ、彼はゆるりと美術室へと入っていった。
「遠慮すんな」
「…私が鍵開けてあげたんだけど」
彼は窓際の、いつもの陽が当たる場所に腰を下ろす。
「…比企谷くん、もう授業が始まっちゃうけど…」
「次、自習。だから問題ない」
問題ないことはないけど…。
いつもなら気が張り詰める始鈴のチャイムも、今はただただ物悲しく。
美術の授業が始まるわけでもないこの部屋で、その音を拾うのは私と比企谷くんのみである。
「…また困りごとか?教室でこっちをちらちらと見てたように思ったんだが…」
「あ、あははー。み、見てないよー。自意識過剰過ぎるって、私は呟いてみたり…」
ふわりと、彼は私を不思議そうに見つめる。
全てを理解しようとはしないが、近くに寄り添い暖かさだけを残してくれる、そんな目だ。
「…もしかして、私が後を追いかけるって分かって教室を出たの?」
「……。それに近いフィーリングは有ったな」
「?」
「あ、イニシアティブがとれてなかったか?」
「…なに言ってるの?」
「なに言ってんだろうな…」
ボソリと呟く彼の姿はどこか疲れているようにも見えるし、いつも通りに見える。
ただ、私を心配してくれていたであろう発言がどこか嬉しく、その優しさに触れただけで、先ほどまで感じていた心の重みが消えて無くなった。 そんな感じ。
「…心配…、してくれたの?」
「……。依頼者のアフターフォローも奉仕部の役目だ」
「…うん。…比企谷くんは優しいね」
ザーザーと降りしきる雨足は止むことを知らない。
美術室内にまで聞こえる雨音はどこか冬の冷たさを増長させるよう。
「…優し過ぎるから、私にはとても眩しいの」
「…?」
私がぽつりと囁いた言葉は、彼に届くことなく床に落ちた。
それで良いいんだ。
もしも聞こえていたりしたら、察しの良い彼には私の想いが届いてしまうかもしれないから。
「最近も、一色さんのお手伝いで忙しいの?」
「ん、まぁな。クリパの準備で海総の意識高い系と仕事してるよ」
「クリスマスか…、あ、そうだ。今日、クリスマスのプレゼントを買いに行くのに付き合ってよ!」
「あ?そんなもん三浦や葉山と行けばいいだろ」
「ノリが悪いなぁ…」
雨の湿気かそれとも癖っ毛か。
彼の頭にひょろりとそびえ立つアホ毛は普段よりも少しだけ大きく跳ねている。
その姿が少しだけ幼く見えて。
私はそんな彼に近づき、飛び跳ねる髪の毛に手を乗せた。
「……。何をしてるんですか?」
「ふふ。結衣から聞いてるよ。頭を撫でられるのが好きなんでしょ?」
「ちょっと異性の人に髪を触られるのって生理的に受け付けないっていうかー、無理っていうかー」
「あはは。照れてる時、君は饒舌になるんだね」
「……。うるせ」
「今日、付き合ってくれる?」
「だから、俺じゃなくて…」
「君がいいの」
「…三浦、達と……。」
ピタリと。
雨の音が聞こえなくなる。
外は相変わらず雨模様なのに。
「…君と一緒に行きたいの」