私のアトリエへいらっしゃい。   作:ルコ

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おわり

 

 

 

 

 

 

 

彼の口から溢れた言葉が、白い息を伴って空へと消える。

 

観覧車には乗らない。

 

その言葉が、黒い錘となって私の胸へ重たくのしかかった。

 

痛い。

 

胸がすごく痛い。

 

ただ観覧車には乗らないと言われただけなのに、()()()()を勝手に理解した私は酷く落ち込んだ。

 

気づけば離れていた手を見つめ、途端に訪れる静寂。

 

 

…全部、全部、私の思い上がりだったんだ。

 

美術室に顔を出してくれた彼も、傘に並んで入った彼も、ディスティニー城で話を聞いてくれた彼も、手を繋いでくれた彼も。

 

 

全部偽物だった。

 

 

私が1人で思い描いた物語。

 

 

きっと、こうなってしまうと心のどこかでは分かっていた。

 

 

彼は()()()から。

 

 

私を選ばなくとも一緒に居てくれる。

それを勘違いして、私は本物を彼に押し付けた。

 

彼の本物はあの2人にしかないのに。

 

 

そっと頬を流れる涙を見せないよう、私は彼に背中を向けた。

 

流れる涙は1つ、2つと頬を伝い、止まることなく私の感情を吐き出していく。

 

 

あぁ、あんなに楽しかったのになぁ。

 

今日は、本当に素敵な1日だったのに…。

 

…どうして、私じゃ駄目だったんだろう。

 

 

「…っ、…」

 

 

そんな私を見下ろすように、素敵な幻想を抱かせた観覧車はくるくると回り続ける。

 

1番高いあの場所で、彼が私を選んでくれると願っていたのに、蓋を開ければ観覧車に乗ることすら拒絶されてしまう。

 

なんて愚かで思い上がりの強い女なんだろう…。

 

本当に、私はバカだ…。

 

 

「…ごめんね。そうだよね…、うん、…っ、わ、分かってた事だから…」

 

 

見苦しい言い訳を吐露する。

 

今日が終わればまた、傍観するだけの詰まらない日常が始まるのだ。

 

詰まらない自分、詰まらない毎日、詰まらない…、詰まらない…、彼の居ない明日。

 

 

「…海老名さん」

 

 

「…やめて」

 

 

彼の声はそれでも優しく。

 

私の心を深く傷つけようとするから。

 

そっと、私はその場から逃げようと脚を出す。

 

失う怖さに耐えられなくて、私はその場から逃げ出したい一心に走りだそうとーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

した時に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!」

 

 

「海老名さん!」

 

 

私の冷たくなった右手が、彼の暖かな左手に掴まれた。

 

 

「…っ、やっ、いやっ!もう分かったから…っ、分かったから…」

 

 

これ以上、私に期待を抱かせないで。

 

そう、叫ぼうとした。

 

 

「…何も分かってないだろ」

 

「…ぅ、っ、…」

 

「海老名さんは、変な所でアホなんだよな」

 

「…っ?」

 

 

そっと、彼は私を抱き寄せると、目尻に浮かんだ涙を自らの袖で拭き取ってくれる。

 

優しく、いつもの彼が微笑んだ。

 

 

「…察しが悪い。本当にバカ。…恥ずいから、黙って付いて来い」

 

「…?っ、…?」

 

 

ぽんぽん、と比企谷くんは私の頭に手を置くと、繋ぎ直された手を力強く引いた。

 

冷えた夕暮れに、彼の顔が一瞬赤く見えたのは気のせいだろうか。

 

私は何も分からぬまま、考えられぬまま、彼に手を引かれ続ける。

 

 

「……」

 

 

未だ溢れる涙に視界を奪われるも、繋がれた手が暖かいと実感するだけで歩むべき場所は示された。

 

観覧車には乗らない。

 

そう言った彼は、当の観覧車から遠ざかるように大股で歩く。

 

 

ふわりと一つ、彼の手が熱くなった。

 

 

すると、途端に噴水を中心とした大きな広場が現れる。

 

そこは暗い広場にも関わらず、噴水の周りだけがライトアップされた不思議な場所。

 

ここはどこ?と聞こうにも、声が震えて喋れない。

 

 

立ち止まった比企谷くんは腕時計を1度だけ確認すると、溜息を静かに吐いてから私に向き直す。

 

 

「…ここは特別な場所」

 

「……特、別…?」

 

 

こくりと頷く彼が、また、腕時計を確認した。

 

 

「なにを勘違いしたのか分からんが、俺が今から言う事は本心だから…」

 

「…っ」

 

 

小さく、彼は勇気を振り絞るように

 

 

「俺は海老名さんがすごく好き。誰よりも好きで…、たぶん海老名さんが思ってるよりも好きだ」

 

 

優しい言葉を幾つも紡いだ。

 

それが本心だと。

 

それが本物だと。

 

それが私に向けられた物だと。

 

理解するための頭は正常に動かない。

 

 

「…好きなんだけど…、あ、あれ?え、海老名さん?」

 

 

黙ってしまった私を見て、困惑したように狼狽える彼は、私の手を再度ギュッと握る。

少しだけ汗ばんだその手がちょっとだけ彼らしい。

 

 

「…っ!な、なんで…」

 

「へ?」

 

「…、なんでっ!なんでそんなに、分かりづらい告白なの!!…わ、私…」

 

 

もうダメだと思って、すごく辛い未来を想像しちゃった。

 

観覧車の前で、私はキミが居ない未来を想像してしまった。

 

 

「…ご、ごめん?」

 

「それに!ここはどこなの!?もっと、もっと早く言ってよ…っ、こ、怖かったんだからね…っ!」

 

 

と、私が嗚咽交じりに叫んだ時だった。

 

そのライトは建物を照らすように、黄色と青と赤の光に包まれる。

 

気づけば、どこかで18:00を告げる鐘が鳴ったようだ。

 

彼が腕時計をちらちらと確認し、告白の場所をここに選んだ理由。

 

その理由が鐘の音と光に明かされる。

 

 

「…っ、え、こ、ここって…」

 

「…えっと、チャペルだ…」

 

 

アニヴェルセイと彫られた彫刻の立て札と、噴水から伸びる小道。

 

その先には白い洋風の建物が光に包まれていた。

 

 

「…結婚式場…」

 

「ん。ちょっと知り合いに無理言って入れてもらった」

 

「…ぁ、あの、私…」

 

 

綺麗なウエディングヴィレッジで、彼は頬を掻きながら照れた顔を隠さずに私を見つめ続けてくれるのに、好きだと言ってくれた彼から、勘違いして逃げ出そうとした私は思わず目を反らしてしまう。

 

素敵な場所で素敵な告白。

 

どうしようもなく嬉しくて、留まることのない涙は頬から芝生へ落ちていった。

 

 

結婚式場での告白。

 

 

もう、私はキミの居ない世界なんて考えられないから。

 

 

「…ずっと好き…っ、好きなのっ!…、絶対に、私はキミを離さない、こんな所で告白する比企谷くんが悪いんだからっ!」

 

 

 

考えられないから、私は比企谷くんのお嫁さんになると決めた。

 

決めたからにはもう覆せない。

 

ずっと、これからも一緒に居るために。

 

 

「…っ、ぁ、わ、私…」

 

「…はは。…うん。期待してくれて構わないよ…」

 

 

私は彼の言葉を聞き終える前に抱き着いた。

 

 

そんな私を、彼はやっぱり優しく迎えてくれてーーー

 

 

「期待してて。…俺も、海老名さんとずっと一緒に居たいから」

 

 

ーーーなんて言ってくれるから。

 

ふわりと浮かんだ幸せに、私はそっとキスをする。

 

 

 

 

「っ、…うん。…約束。絶対に私をお嫁さんにしてね?」

 

 

 

 

 

endーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 





おわり。
ありがとうございました。

このすば面白いです。
ダンまちも面白い!

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