私のアトリエへいらっしゃい。   作:ルコ

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馴れ初めの終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

バスに乗り、偶々空いていた席に2人で腰を下ろすと、比企谷くんは私から身体を遠ざけるように、腕掛けへ肘を置き頬杖をついた。

確かに、この狭い席に座ると、否が応でも身体は密着してしまうが、そこまであからさまに避けなくても…。

 

だがしかし、比企谷くんがそういう態度を取るなら私にも考えがあるよ。

 

さりげなく、されども着実に、私は身体を比企谷くんの方へと動かす。

 

 

「…む、せ、狭くないか?」

 

「そう?」

 

「…。ん?って、そっちにスペースめっちゃ余ってるじゃん!なんでこっちに詰めてくんだよ!?」

 

 

尚もグイグイと身体を押し当てる私。

比企谷くんは赤く染まった顔で慌てふためくも、流石に押し返してくるようなことはしない。

 

 

「ふふふ。ドキドキしてる?当たってるんじゃないの。当ててるんだよ」

 

「あ、当たる程の大きさも無いくせに…」

 

「ははーん。そうやって照れ隠しするんだ?」

 

「事実を述べたまでですけど…」

 

 

私達の静かな喧騒を乗せて、バスはゆっくりと動き続ける。

窓の外から流れる風景は退屈なのに、比企谷くんとの戯れ合には全然退屈をしない。

 

ふと、いくつかの停留所を過ぎた頃に、比企谷くんが「…お、次だ」と呟いた。

 

 

「海老名さん、次降りる」

 

「途中下車の旅だね」

 

「うん。バスに乗る人は大体が途中下車だけどね」

 

 

私が意気揚々とボタンを押すと、次、停まります。とアナウンスが流れる。

降りるバス停は千葉駅前らしい。

 

千葉駅付近で遊ぶのかな?

 

なんて考えていると、バスは減速し、簡易的な停留所の横に着けて止まった。

ICカードで支払いを済ませ、私は軽快な足取りでバスステップを下る比企谷くんの後に続く。

 

 

「さて、次は電車に乗ります」

 

「電車に?」

 

「今日の目的地はお台場です」

 

「お、お台場!?東京に手を出そうとは…っ、ひ、比企谷くん…、本気?」

 

「大丈夫。予習してきたから。複雑怪奇な地下鉄ダンジョンもスマホのナビアプリで攻略済みだし」

 

 

そう言って、ドヤ顔満載な比企谷くんはスマホを掲げた。

今日のために予習までしてきてくれるなんて…。

姫菜的にポイント高いよ!

 

 

「えらい!偉いよ比企谷くん!私は嬉しい!」

 

「…うん、喜んでくれるなら俺も嬉しいよ」

 

 

そう言って、柄にもない事を言いながら、彼は私の手をそっと握ってくれる。

握られた手から伝わる熱。

頬は赤くなるばかりで、比企谷くんと目が合わせられない。

 

あぅ…、て、照れるのは比企谷くんだけでいいのに…。

 

 

「…ぅぅ。禁止!そうやって優しい顔するの禁止!」

 

「む。優しい顔なんてしてるつもりはないけど…」

 

「そ、その顔を自然に…っ!?て、天然なの!?天然の優男なのね!?」

 

「…ちょ、もう駅前だから静かに…」

 

「大人かよ!」

 

「ホントにもう黙ってくれ…」

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

京浜とゆりかもめもを乗り継ぎ、千葉から東京湾越しに小さく見えていたお台場が近づいて来る。

 

定番を嫌うイメージの彼が最初に連れてきてくれたのは、意外にも海浜公園だった。

 

 

「ほえ〜、定番のデートコースだけど、初めて来たかも…。あれはレインボーブリッジだよね?」

 

「うん。大きい…。あれを人間の手で作ったと思うと感激するな」

 

「あはは。こうやって砂浜を歩くのも久しぶりだなぁ」

 

「海老名さん、海とか行かなそうだもんな。海老なのに…」

 

 

ぽつりぽつりと浮かぶ会話をしながら、私と比企谷くんは手を繋ぎながら海岸沿いの砂浜をゆっくり歩く。

 

なんとなく、こんな普通なデートをしている自分が可笑しくって、くすりと笑みを浮かべてしまう。

 

 

「行っても泳がないし、ただぼぉーっとパラソルの下で座ってるだけ…」

 

「それあるー。クラゲとか怖いしな。あと塩水が目に入ったら痛いし」

 

「そんな理由じゃないけど…。ほら、優美子や結衣と一緒に行くとどうしても…」

 

「…お胸の劣等感か…。総武高校の劣等生も大変だな…」

 

「違うよ!…2人と行くとどうしても隼人くんや戸部っちも付いてくるから、その、あんまり見られたくないし…」

 

「…ふむ」

 

 

……ふむ?

ふむだけ?

 

いやまぁ、嫉妬してほしいとかじゃないけど、『あいつらの前で水着になったのか?』くらい聞いてほしいんだけど。

 

心の底に生まれた苛立ちに、私は思わず手を握る力を強くする。

 

 

「…バカ」

 

 

.

……

………

 

 

 

 

「おー。等身大のガンダムだ…」

 

 

比企谷くんはアホ毛を激しく揺らしてガンダムを見上げると、普段から落ち着いている彼らしからぬ、スマホのカメラをガンダムへ向けて連写した。

 

 

「ガンダム好きなの?」

 

「アニメは見たこと無い。でも男は大きい機械に弱いから」

 

「弱いんだ」

 

 

テンションのバロメーターとなるアホ毛の揺れは、残像を残す程に早く振れている。

 

よっぽど大きい機械が好きなんだな…。

 

私は、頬を緩ませ目を輝かせた彼の顔をスマホでパシャり。

 

うん、可愛い…。

 

 

「カッコイイ…」

 

「可愛い…」

 

「え?」

 

「えへへ。あ、そうだ、比企谷くんとガンダムのツーショット撮ったげる」

 

「お、さんきゅ。いえーい」

 

「いえーい」

 

パシャり。

うん、コレも可愛い。

 

ぎこちない笑い方にも関わらず、浮かれたダブルピースをする比企谷くん。

 

 

「へへ。一生の宝になった」

 

「本当に好きなんだね」

 

「うん。()()

 

 

ガンダムが羨ましい。

彼に好きだと言われる、あの角張った顔のガンダムが。

 

ふと、彼は満面の笑みを浮かべながら私へ振り向いた。

 

 

「海老名さんは好きなものとかないの?」

 

「比企谷くん」

 

「は?」

 

「1番好きなのは比企谷くんだよ」

 

「あ、あぁ、そう…。そ、それじゃぁ、ツーショットでも撮っておくか?」

 

「うん!」

 

 

そう言って、比企谷くんは私の隣にそろそろと近寄り、自らのスマホのカメラを私に…、私達に向ける。

 

 

「「…い、いえーい…」」

 

 

 

 

.

……

 

 

 

 

ヴィーナスフォートに入ると、中世ヨーロッパの街並みを模したモール内に、どこか異国に来たような高揚感を持たされる。

 

天井は夕刻の空のように深い蒼色を浮かべ、噴水広場の女神は、まるでどこかの水の女神みたいな素晴らしく祝福に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

「…セイクリッドブレイクスペル!!」

 

 

と、比企谷くんが隣でそう呟く。

 

 

「比企谷くんはアクシズ教団なの?」

 

「んや、俺はダクネス派」

 

「へぇ。てっきりめぐみん派だと思ってた」

 

「おい、それは俺を暗にロリコンだと言っているのか?」

 

「ちなみにめぐみんとゆんゆんはどっちが好き?」

 

「ゆんゆん」

 

 

ダクネスにゆんゆん…。

やっぱりキミはお胸が大きい娘が好きなんだね…。

なんだかショックだよ。

別に私の胸が小さいって自虐しているわけではないよ?

 

 

「あっちは普通に雑貨とか売ってるみたいだな。覗いてみるか」

 

「うん」

 

 

✳︎✳︎

 

 

その後も、まったりとモール内を歩き、催しを見たり可愛い雑貨を買ったり。

ただただ一緒に居るだけにも関わらず、時間の経過だけは嫌に早い。

 

好きな人と共にする時間は、まるで早足に急かすように針を進めた。

 

せっかくのクリスマス。

もっともっと一緒に、楽しい時間を…、なんて我儘を言えば、世界の理が私を許さないのだろう。

 

 

そして、腕時計の短針が6に差し掛かろうとする頃。

 

 

「…ん、暗くなってきたな…」

 

 

ヴィーナスフォートから出ると、彼は小さな声で私に話し掛ける。

 

目の前には暗い空の下でライトアップされた観覧車がくるくると回っていた。

 

それを見て、何の気なしに彼へ訪ねる。

 

 

「…綺麗だね。…観覧車」

 

「…ん」

 

 

観覧車に乗って告白、なんてのはとてもありきたりで、面白味もなく、現実味もなく…。

 

にも関わらず、どうしても女の子はそんな幻想に近い妄想に憧れてしまう。

 

もしも、好きな人と観覧車に乗って、優しい言葉で告白をしてくれたら…。

 

なんて……。

 

 

 

ふわりと、私は彼の顔を見つめる。

 

 

 

「観覧車…、乗らない…?」

 

 

 

彼は優しいから。

 

こんな素敵な日に、私のお願いを断るようなことはしない。

 

楽しかった今日を台無しにするような事を絶対にしない。

 

 

そう、私は思っていた…。

 

 

 

 

 

 

「…観覧車は…、乗らない…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






つぎが、最終話です。

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