私のアトリエへいらっしゃい。   作:ルコ

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聖夜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶店の一席でホットコーヒーを飲みながら、私は先日の出来事を思い出す。

 

大雪が舞う中で彼と佇んだ数分。

 

困惑な表情を浮かべる彼は、言葉を慎重に選びながら、私が傷付かないように気を付けて、優しく、されどもはっきりと、一線を越えようとした私の提案を断った。

 

 

ラブホは…、行かない…。

 

 

むしろ、そう言ってほしいと願った自分も居た。

 

逆に、このまま既成事実が出来上がればと思う自分も居た。

 

 

ゆっくりと傾けたマグカップから、ほろ苦く舌を包み込むコーヒーが流れ込む。

恥ずかしい記憶を消すように、その苦味はゆらゆらと口の中に充満していった。

 

あのまま、もしもラブホに行くようなことがあって、逃げ場の無い曖昧な関係を持つことになっていたら、私は結衣や雪ノ下さんにどんな顔をして会えばよかったのだろう。

 

いや、会わせる顔は無い。

 

そんな最低な事をしてまで、私は彼女達から彼を奪いたいわけじゃないのだから。

 

本心から伝わる本物の気持ちを。

 

互いに分かち合うような関係。

 

それなのに、どうしてあの日の私はあんな事を言ってしまったのだろうか。

 

簡潔に言えばーーー

 

 

「…失言」

 

 

だ。

 

 

冷静に周りを観察して、自分を傍観者に起き続けてきた私は、優美子や結衣に比べて冷めていると思う。

 

修学旅行のときだってそう。

 

色恋沙汰なんて、安泰で静閑な私のパーソナルエリアを侵す悪どい事象でしかない。

 

 

そう、思っていた。

 

 

彼を知るまで。

 

 

恋を知るまで。

 

 

ただ、周りよりも冷めていた分、恋愛事にだって冷静に対処できる自信があった。

 

純粋で変わり者な彼は、なぜだか他人の事ばかりに優しくて、危うくて、脆くて。

 

それでも無我夢中に誰かのために走り回る姿は、多くの女性の心を震わせた。

 

ぼっちだなんてのは彼の虚言だ。

 

彼の周りにはいつもたくさんの優しさが溢れている。

 

 

ひとえに、私の失言は、そんな彼が誰かに奪われてしまうと思う焦燥感に起因するのだろう。

 

 

彼が誰かを選んで、もしもその人が私じゃなくても、幸せになってくれればと……。

 

そんな風に思おうとすればするほど、心は擦り切れそうな痛みに襲われる。

 

 

「…っ」

 

 

もう自分を騙せない。

 

好きで好きで好きで。

 

誰にも渡したくない。

 

 

「…むぅ。こ、これが会いたくて会いたくて震えるってやつなんだね…」

 

 

12月24日ーー

 

am11:00

 

 

待ち合わせ時間にはまだ1時間もある。

 

あぁ、あの短針を指でチョイっと動かしてやりたい。

 

もしくは長針をクルっと一周させたい。

 

そんな子供染みた考えを持つほどに私は彼を待ち望んでいた。

 

 

 

 

…早く会いたいなぁ。

 

 

 

そう、思った時。

 

喫茶店の入り口から小気味好い鈴の音が聞こえてきた。

 

 

 

ふわりと。

 

 

 

いつもの甘い香りを携えて。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

玄関で靴を履き、俺は普段よりもほんの少しだけオシャレなアウターを着込んで戸を開けた。

 

開けた瞬間に身体へ吹き付ける冷たい風。

 

だが、空は明るく晴れている。

 

いわゆるデート日和ってやつか。

 

なんて、俺らしくもない発想に頬が熱くなってしまう。

 

 

「…ふぅ」

 

 

吐き出した白い息はゆらりと小さな雲となり消えていく。

 

足取りは軽い。

 

寒いのに、いつもより身体がほかほかしている気もする。

 

 

あぁ、多分コレはアレだな。

 

 

好きな人に会う前の高揚感ってのだ。

 

 

なんて、またしても俺らしくない発想。

 

でもまぁ、こんなのも悪くない。

 

自分に正直に、とまでは言わんが、少なからず、好きなヤツに好きだと言えるくらいの正直者にはなろう。

 

それを彼女が受け止めてくれるかは別として…。

 

 

「…っ」

 

 

はぁ…、そんな事を考えるのはよそう。

 

俺は黒歴史ばかりが浮かぶ頭を振りながら、雪の残る道を足早に歩き進む。

 

待ち合わせ時間にはまだまだ早い。

 

駅前の待ち合わせ場所に着いたら喫茶店に入ろう。

 

この調子なら1時間くらいは早く着いてしまうだろうし。

 

うんと甘いホットコーヒーを飲みながら、告白のセリフでも考えておこうかな……。

 

 

なんて。

 

 

やっぱり今日は俺らしくない事ばかりが頭に浮かんでしまう。

 

浮かれているんだろうな…。

 

好きな人とのデートに。

 

 

「…♪」

 

 

待ち合わせ場所に到着したものの、やはり時間にはまだ早い。

 

喫茶店にでも入ろうか、と、俺は近場に位置する喫茶店の戸を開けた。

 

小気味好い鈴の音が店内に鳴り響く。

 

まばらに埋まった席を何の気なしに眺めていると、そこには見覚えのある眼鏡を掛けた女性が1人。

 

マグカップを傾けるその女性もまた、ぼーっとこちらを眺めていた。

 

 

 

「…はは。時間にはまだ早いぞ?」

 

 

 

「えへへ。比企谷くんもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

マフラーに顔を埋めた、真っ赤なお鼻の比企谷くん。

 

会いたいと思うと、彼は突然に現れるから。

 

私はいつも、溢れそうになる笑顔を隠す事なく彼に向けてしまうんだ。

 

 

暖かいコーヒーの香りと、彼の甘い香り。

 

 

そっと、彼は私の元へと歩み寄ってくる。

 

 

「…たまたま早く起きたから、気まぐれに早く到着した。本当にそれだけだからな」

 

「ふふ。はいはい。ツンデレ乙って感じだよ」

 

「むむ」

 

「私もね、楽しみで仕方なくて早く来ちゃったの」

 

「…そうか」

 

「少し早いけど、もう行く?」

 

 

私の問いかけに、彼は小さく頷いてくれた。

 

照れたように顔を背けるも、そんな姿がいつもより愛おしくて、マフラーに隠された頬には赤みが増しているのだろうと勘ぐってしまう。

 

私は席を立ち、先に店を出ようとする彼の後ろを追い掛ける。

 

横に並んで、店を出たときに。

 

そっと、私の手が暖かい何かに包まれた。

 

 

「…い、嫌でしょうか?」

 

「…んーん。全然嫌じゃないよ。むしろ今日はずっと繋いでいたいくらい」

 

「む。トイレの時とかは?」

 

「一緒に入るよ」

 

「!?」

 

 

私をドキっとさせた罰。

 

意地悪な事を言ってみても、心臓の早まりは治らない。

 

急に手を繋がれれば、私だって恥ずかしいし、緊張するし…、嬉しいし。

 

 

「えへへ。暖かいね。もぎゅっとLoveで接近中って感じだね」

 

「……それ、μ'sの歌だよね?」

 

「それじゃあ行こうか!」

 

「ん」

 

「……」

 

「……」

 

「「?」」

 

 

あれ、比企谷くんが動こうとしないぞ?

 

それどころか、キョトンとした顔で私を見てるし。

 

どうしたのかな。

 

お腹でも痛いのかな…。

 

 

「どこ行くんだ?」

 

「え!?」

 

「ん?」

 

「比企谷くんが考えてるんじゃないの!?」

 

「…ほえ?」

 

 

なんだコイツ!

めっちゃアホ面で私を見てるけど!

 

え、え!?デートのプランって普通男の子が考えてくるものだよね!?

 

 

…はっ!ぬ、ぬかった!

 

 

比企谷くんは普通じゃない……っ!

 

 

普通じゃない男の子なんだぁーー!!

 

 

「く、ぅぅ、ご、ごめん、比企谷くん。私の考えが及ばなかったばかりに…。キミに普通を期待した私のミスだよ…」

 

「おい。謝るのかdisるのかはっきりしろよ」

 

「ひ、比企谷くんは普通じゃないと、いつも念頭に置いているのに…。愚行だよ!まさに私の愚行だよ!!」

 

「…あの、ちょっと…」

 

「待ってて!今すぐヤホーで定番デートの検索をするから!!」

 

「おい。待て待て。冗談だよ。冗談。ちゃんと考えてきたよ」

 

「…………ほ?」

 

「え、そんなに驚かれるの?ちょっとショックなんだけど…」

 

 

寒空の下で、彼は小さくため息を吐きながら、私の手を優しく引っ張る。

 

手から伝わる熱が熱くなり、ほんのりと頬を赤めた彼が、小さな声で呟いた。

 

 

 

 

「ちゃ、ちゃんと考えてきたから…」

 

 

 

「ぁ、ぅ、うん…。ありがと…」

 

 

 

 

 

 


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