私のアトリエへいらっしゃい。   作:ルコ

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あの果てに見える思い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うぅ、寒っ…」

 

 

 

 

12月も半ばを過ぎた頃。

 

それは期末テストを無事に終え、後はウィンターバケーションを待つだけだと息巻いていた時の出来事だった。

 

ーー明日のテスト明け休みはどこ行こうか?ーー

 

なんて、可愛らしく浮かれた彼女が言うものだから。

 

俺は咄嗟に

 

ーーあ、あぁ、ららぽ…とか?ーー

 

と言ってしまった。

 

 

一緒に出掛ける事は決定してたんだなぁ…。

別に構わないけど…。

 

……構わない?

 

なんだよ、ソレ。

 

俺らしくないな。

 

せっかくの休みなんだから家でゴロゴロしてれば良いってのにさ…。

 

どうしても…。

 

どうしても彼女に笑顔を向けられると……。

 

 

「はろはろー。ごめんね、比企谷くん。待った?」

 

 

断ることが出来ないんだ。

 

 

「…寒い。さっさと行こうぜ」

 

「じゃーん。そう言うと思って、暖かいマッ缶を用意してきたよ」

 

 

俺の柔らかい所を的確に突くようで、それなのに嫌がるような事をしてこない所とか、彼女と一緒に居ることに苦痛を感じない。

 

それどころか。

 

心地良いとさえ思ってしまう。

 

 

「む…。分かってきたじゃないか。海老名さんもマッ缶連盟の一員にしてやろう」

 

「あはは。よし、それじゃあ行こっか」

 

 

分厚い雲に覆われる空の下で、愉快に手を振って歩き出した海老名さんの横に並んで俺も歩き出す。

 

天気予報によれば、今夜は雪が降るらしい。

 

降る前に家に帰れれば良いが…。

 

 

 

 

 

「来週はXmasだよ。今日は比企谷くんに贈るプレゼントを選ぼう」

 

 

「…それじゃあ、俺は海老名さんに贈るプレゼントでも選ぼうかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Xmas仕様に彩られたららぽーと。

 

どこかこの時期ならではの幻想感を抱きつつ、私は比企谷くんに並んでららぽーと内を歩き回る。

 

 

…そういえば始めて彼と出掛けた場所もココだったなぁ。

 

 

あの頃はどこかよそよそしくて、今のように、私の隣に並んで歩いてくれることはなかった。

 

一歩下がった距離、それがあの時の距離感だった。

 

 

「…」

 

「…?どうした?」

 

「手、繋ご?」

 

「…恥ずい」

 

「でも繋ぎたいの」

 

「…手汗が気持ち悪いとか言うなよ?」

 

 

手を繋げる2人の距離感。

 

そっと繋がれた手から、比企谷くんの緊張が伝わってくるみたい。

 

もしかしたら、私の緊張も伝わってるかも…。

 

 

「あ、あははー、やっぱり恥ずかしいね」

 

「…あぁ、吐きそうな程恥ずい」

 

「そんなに!?」

 

 

彼の得意な歪んだ照れ隠し。

頬を赤く染めながら、口を尖らせ視線をそらす姿は幼くみえて可愛らしい。

 

Xmasムードに当てられたのか、どことなくぎこちない私たちは、まるで付き合いたての恋人のよう。

 

こうやって、彼がずっと側に居てくれたらなぁ…。

 

 

「あ、画材屋さんだ。海老名さん、あそこは寄らなくていいの?」

 

「なんで?」

 

「え、だって美術部じゃん。最近、絵は描いてるか?」

 

「あー、そんな設定もあったね」

 

「設定!?」

 

「あははー、冗談だよー。絵はあまり描いていないかな」

 

「あの絵が泣いてるぞ?未完成のままに放置されちゃって」

 

 

彼が言う()()()とは、私の世界を写した、誰も居ない校舎の絵のことだろう。

 

実際、あの絵はあれで完成でも良いと思っていた。

 

私の世界は誰にも侵されることはなく、あの静かな校舎のように在り続ける物だと思っていたから。

 

 

「…そうだね。完成させてーって泣いてるかもね…」

 

 

でも、あの絵は君次第で完成するか否かが決まるんだよ。

 

君が私を選んでくれたら。

 

君が私の世界に優しい色を加えてくれたら。

 

あの絵はきっと完成するんだ。

 

 

 

 

「中途半端はだめだろ。俺は嫌いだな、中途半端」

 

「君にだけは言われたくないよ!」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

.

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

 

で、なんやかんやと数時間後。

 

 

「ブランケットを買いました。比企谷くんは寒がりなので」

 

「俺もブランケットを買いました。海老名さんのブランケットをこの前汚してしまったので」

 

 

2人揃って同じ紙袋で色違いのラッピング。

 

ピンクのリボンがふにふにと揺れ、どことなく比企谷くんのアホ毛みたいだなぁって思ってみたり。

 

 

ちなみに、私のブランケットを汚してしまった件はまた別の機会に…。

 

 

「選ぶのが面倒だからって私の真似っこしちゃってさ」

 

「真似っこじゃない。色違い」

 

「真似っこじゃん」

 

「あらら」

 

 

互いのプレゼントを買うのに、一緒に行動してたらワクワクが無い。

そう思って、私は別行動を提案したのに、彼はちょろちょろと私の後ろを付いてきては同じ店に入り、私が手を伸ばした物に彼も手を伸ばしたのだ。

 

まぁ、なんかピカチュウみたいで可愛かったけどさ…。

 

 

「じゃあ、コレはXmasに交換しようね」

 

「む。今じゃないのか?」

 

「Xmasだよ。…だから、その日も一緒に居てね?」

 

「…ん」

 

 

なんて、ちょっぴりドキドキするセリフを言うと、彼は小さく頷いてくれた。

 

…よ、よかった…。

 

先約があるなんて言われたら発狂してららぽを破壊する所だったよ…。

 

 

「…そろそろ帰るか。今夜は雪が降るみたいだしな」

 

「え、そうなの?折り畳み傘あったかなぁ」

 

「海老名さんもまだまだだな。…雪の日に傘をさす必要なんてないっていうのに…」

 

「子供じゃないんだから」

 

「千葉に雪が降るなんて奇跡みたいなもんだろ?俺はその奇跡を身体で味わいたい」

 

「はいはい。それじゃあその奇跡とやらがまだ降ってないことを祈ろうか」

 

 

 

 

 

ーーーーで。

 

 

 

ららぽから出ると、そこには幻想的で奇跡的な光景。

 

 

 

空からは白くてフワフワな雪が…。

 

 

 

横殴りの猛吹雪と化し降っていた。

 

 

 

 

「「……」」

 

 

 

これは奇跡だ。

 

千葉でこれほどの雪が降るなんて。

 

今やコンクリートには深くて白い絨毯が敷かれ、数メートル前すらも霞むほどの吹雪に目を覆う。

 

 

「よ、よかったね。奇跡がこんなにたくさん…」

 

「…これは奇跡じゃない。温暖化に伴う気候変動だ」

 

「……だよね」

 

「…あぁ」

 

 

これだけの雪を目の前に、私たちは千葉県民は足が竦む。

 

だって雪なんて慣れてないんだもん……。

 

 

「…駅まで行っちまえばコッチのもんだ。電車に乗れば雪なんて関係ないしな」

 

「だ、だね…」

 

 

 

と、内地育ちな私たちの安易な発想。

 

 

それが如何に愚かで、愉快で、痩せた発想だったかなんて、今の私たちには分かりようがなかった。

 

 

 

 

.

……

 

 

 

 

 

『現在、吹雪により運休中となります。再開の目処は立っていません。繰り返します……』

 

 

「「!?」」

 

 

混雑と喧騒で溢れた駅に流れるアナウンス。

 

そのアナウンスと同時に飛び交う罵詈雑言は誰に向けたモノなのか、普段から雪という自然災害を受けた事のない千葉県民は、ただただ帰れない怒りの矛先を右往左往へと発射した。

 

 

「…あ、あの総武線が雪なんかで止まるだと…」

 

「総武線を過信しすぎでしょ」

 

「総武線は最強なんだぞ!埼玉と東京を結ぶ埼京線よりも最強なんだ!」

 

「どこまで過信するの!?」

 

 

と、冷静に突っ込んでみたものの、家から5駅以上離れたこの地で足止めを食らう私も内心では慌てている。

 

迎えに来てもらうにも、家の車だってこの雪じゃ走れないだろうし……。

 

 

 

だがしかし、この絶望的な状況をも一変させる悪魔的な案が私にはある。

 

 

 

それは残忍で苦行な発想。

 

 

 

誰にも浮かばないであろう奇行。

 

 

 

私はゆっくりと口を開き、彼に向けて視線を送る。

 

 

 

 

 

「……あのさ、比企谷くん…」

 

 

 

「あ?」

 

 

 

「…ラブホテル…、行かない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回はR12だ!!!


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