真新しい服に身を包み、私は鏡の前に立つ。
ヒラヒラと太ももを露わにする短いスカートがどこか気恥ずかしい。
「…だ、大丈夫だよね?」
くるくると鏡の前で回ってみせるも、彼の事を考えると不安でしょうがない。
むぅ…。
くるくるくるくるくる。
むむむぅ。
「…可愛いはず。…比企谷くんも可愛いって言ってくれるはず」
鏡の前に映る私に問いかける。
それに答えが返ってくるはずもなく、不安な気持ちが消えることはない。
ふと、私はメガネを外す。
ティーン誌によれば、普段とのギャップで男の子はときめくとのこと。
……。
私はクローゼットの奥からコンタクトレンズの箱を取り出す。
あまり付け慣れていないから時間が掛かるかもしれない。
「……ん。…よし。…きょ、今日くらいは……、ね」
ケースに入れたメガネを鞄にしまい、私は時計を確認する。
まだ集合時間には早いけど、比企谷くんの性格上、彼も早く着いているに違いない。
玄関で靴を履き、扉を開けた途端に肌寒い風が太ももに吹き付ける。
ふわりと捲れそうになるスカートを抑えながら、私は布の薄い下着を気にしながら家を出た。
……………
……
…
.
.
「あ!やっはろー!姫菜も早いねー!」
「結衣、はろはろー」
ディスティニーランドの最寄駅には、改札を抜けた人達でごった返していた。
その中で、恥らないの無い大声が私を呼び止める。
ひらひらと手を振りながら結衣の方へと近づくと、結衣はモコモコなアウターを着込んでいるにも関わらず鼻が赤くなっていた。
「結衣…、いつから待ってたの?」
「30分前だよ!」
「早過ぎない!?」
そわそわと嬉しそうな顔を絶やさない結衣は、そのワクワクを打つけんばかりに私の腕に引っ付いてくる。
「ゆきのんもね、あと少しで到着するって!」
「あはは。奉仕部はみんな早いんだね」
「えへへ」
う、浮かれている…。
結衣の浮かれようはおそらく、ディスティニーランドに来たことだけが原因じゃない。
その原因の半分以上を占めるのおそらく…。
「あ!おーい!ヒッキー!!ヒッキー!!!」
彼は結衣の声に振り返ると、必要以上に注目を集めるその声に渋々と答える。
「ヒッキー遅い!!」
「え、まだ30分前…」
「そっか!なら許したげる!」
「…おまえに許される筋合いはない」
その光景は幸せの形を表しているかのようにキラキラと輝いていた。
ふわりと浮かぶ幸せのお星様は、結衣と比企谷くんの頭上を照らす。
まるで、スポットライトの下にいるかのよう。
……。
…浮かれ過ぎていたのは私か。
「…海老名さん、おっす」
「…っ、ん、うん。はろはろー、比企谷くん…」
彼の声が遠く、遠く。
雑踏に紛れて消えていく。
「…?」
「あ、わ、私!飲み物買ってくるね!」
逃げなきゃいけない。
逃げないと私が潰れてしまいそうだから。
私は近くの自動販売機を探し、そこへ行こうと踵を返す。
その場を離れるために足を踏み出した。
踏み出した時……。
「海老名さん…」
「ひ、比企谷くん?」
彼が私の腕を遠慮気味に掴んだ。
「…一応、今日も海老名さんの分を用意してる」
「へ?」
彼はいつもと同じ声で、いつもと同じ様子で、いつものジュースを私に手渡した。
それはとても甘いコーヒーで、黄色と黒が特徴的な缶。
「…ふふ。…うん。ありがと」
「ん。今日も噛み締めて飲みたまえ」
✳︎
「よーし!全員集まったし中へ行こー!」
結衣の号令と共に、雪ノ下さん、一色さん、優美子、隼人くん、戸部っちがそれに続く。
ゆるりと、一歩遅れて付いてくる比企谷くんに目を向けると、彼はスマホのカメラでディスティニーランドのゲートを連写していた。
い、意外だなぁ…。
「っべー!っべー!海老名さんはどれから乗りたい?」
「え?え、えぇっと…」
「…。ほら、戸部。あんたアホなんだから隼人にしっかり付いて行きな」
はしゃぐ戸部っちの首根っこを優美子が引っ張る。
優美子はちらりと振り返ると、心配そうな瞳で私と比企谷くんをチラチラと見つめた。
…本当に、優美子は母性本能の塊だね。
「せんぱーい!私あっちの絶叫系に乗りたいで…、痛いっ!?」
「あんたもこっち!」
「な、なんで蹴るんですか三浦先輩!」
「うるせ!ぽっとでゆるふわバカ!」
「なんですと!?」
戸部っちと同様に、一色さんも優美子によって引きずられていく。
なんか、面白いコだなぁ…。
「あ、あはは。比企谷くん、好かれてるんだね」
「…利用されてるだけだろ」
ファンタジー色溢れる園内にそぐわない態度で、彼は面倒臭そうに腰を曲げて歩いていた。
にも関わらず、右手に握ったスマホで時折写真を撮っている姿は少し笑える。
「…ん。そろそろ身を隠すかな」
ふと、彼が小さく呟き気配を消し始めた。
ステルスヒッキーを発動させるとはこの事か、彼の姿は徐々に薄くなり、園内の来客者に紛れて消えていく。
ま、まずい…。
私も彼を見失ってしまう!
「ま、待って比企谷くん」
「?」
「私まで、君を見失っちゃうから…、その…」
「…?」
「手を…、繋ぎましょう…」
「…」
「手を…。」
冬の寒空にも関わらず、お腹の底から汗をかくほどの熱が湧き上がる。
差し出した手の平が空を彷徨い、いつかの雨の日に繋ぐことの出来なかった記憶が蘇った。
幸せは近くて遠く。
胸の高鳴りが不安と緊張をごちゃごちゃに混ぜてしまうみたい。
「…手を繋がなくても迷子にはならんだろ」
「あぅ…」
「…。裾、勝手に掴め」
「…っ!…うん!」
彼は私から目を反らす。
差し出されたのは手ではなく服の裾をだったけど、私はそれをチョビっと握り、彼との距離をしっかりと詰めた。
ほのかに漂う甘い香りが彼の物だと気がつくのに確認は要らなかった。
いつもの美術室で感じる彼の香り。
彼は気まぐれで可愛らしい猫
そんな彼が帰ってくるのをまだかまだかと待っている私は寂しがりやの子猫みたい。
目前に見えるディスティニー城で、私は彼に全てを伝える。
彼に振り向いてもらえないとしても。
この気持ちを隠すことはもう出来ないから。