実が早川あおいの息子だという衝撃の事実を明かした、といっても知らなかったのは二人だけだったが、そのあと音梨が正式に野球部(仮)に参加することが決まった。
「よし、それじゃあやっと俺の自己紹介の番だな」
「いる?」
「いる!俺の名前は早川実。右投右打のピッチャーだ。ご存知の通り、俺の両親は元野球選手だ。二人とも色々と有名だからもしかしたらテレビとかで騒がれるかもしれないけど、俺はみんなと一緒に自分の力で甲子園優勝したい!そんなわけで、みんなよろしくな!」
実の自己紹介を聞いて、みんなが拍手をする。実はその拍手を聞いてドヤ顔になっている。
(色々と有名、か)
実の両親がプロ野球選手だったことを今さっき知った光は両選手のことを思い出していた。
父親は伝説とまで言われる男、母親はプロ野球史上初の女選手。二人とも光が物心着く前にはすでに野球選手ではなかったが、それでも光は二人のすごさを十分に知っていた。そんな二人の息子の早川実。いったいどれだけの可能性がつまっているのだろうか。
「何ニヤニヤしてるんだ?」
翔真が光の顔を見てそう言う。
「いや、ちょっと楽しみでな。みんなで甲子園に乗り込むのがな。じつは前までは無謀すぎることだと思うこともあったけど、みんなと会って、絶対にいけるんじゃないかと思ってきた」
「当たり前だろ!俺がいてみんながいれば、そんなの朝飯前だ!」
光の言葉を聞いて、実がそう言い張った。その目はぎらぎらと輝いている。その瞳には少しも不安などというものは見受けられなかった。
「まずは9人そろえなきゃ話にならないけどな」
白木がボソッとつぶやく。実は、
「それは今言わない約束でしょ…」
と唇を尖らせた。
その後、野球部立ち上げのための諸確認、残りのメンバーを集めることなどを話し合った。そして時刻は5時。
「んじゃ、だいたい話したし、今日はここまでいいな」
「おう、いいぜ。顧問の件は俺と苺に任せろ」
「がんばろ、しょーくん」
顧問探し、および創部のための準備は翔真と苺が受け持つことになった。何だかんだで仲がよいものである。
「他のやつも、クラスで暇そうなやつがいたら声をかけといてくれ。さっきみせたリストの人がいたら積極的に勧誘してくれ」
了解、と皆が口々に言う。全員クラスがちょうどいい具合にバラけているため、部員はおもったより簡単に集まりそうな雰囲気だ。
「実君、私君との対決あきらめてないよ!こんど真剣勝負しよう」
話し合いが終了し、実と光が一緒に教室を出ようとしたとき、音梨が話しかけてきた。
「望むところだ。ぱっと見た感じ、音梨が一番バッティングがうまそうだからな。勘だけど」
「絶対ね?それじゃあ二人とも、また明日ね」
「おう、じゃあな」
そして音梨は玄関の方まで走っていった。まったく小学生のような人である。
「よし、俺らも帰るか」
「おう。ところで実、もしかしてグローブ持ってきてる」
「持ちのろん!ってなんで知ってんだ?」
「実の性格を考えたらいつでも野球できるように持ってきてるんじゃないかなって」
「そうかそうか。でも、まだ出来そうにはねえよな」
「ちなみに、俺も持ってきてる」
「マジ!?」
野球バカ二人がグローブを持ってきている。そうなればやることはただ一つだろう。
「「キャッチボールしようぜ!」」
そして二人は河川敷に来た。辺りはだいぶ暗くなっていて、近くに人はいなかった。街頭が二人を照らすだけである。
「よっしゃ、さっそくやろうぜ」
「はいはい」
二人のキャッチボールが始まる。まずは5メートルぐらいから。光がキャッチして実にかえす。そして実がとって光に投げる。二人は無言でそれを繰り返す。だんだんと距離が伸びていく。遠くから子どもたちの声や、車の音が聞こえる。それ以外はミットの乾いた音しか聞こえない、二人だけの世界。
「そろそろ強めに投げていいか?」
実はそう言う。その時の二人の距離はおよそ20メートル弱。ちょうどピッチャマウンドとホームベースほどの距離であった。
「いいよ。俺もちょっと捕ってみたかった」
そう言って光はミットを二回叩く。ピッチャーとキャッチャー、出会って間もない二人だが、お互いが考えることはまったく同じのようだ。
実がゆったりと腕を上げる。そして
「…!」
実が投げたその球は、光が構えた所にドンぴしゃりと投げ込まれた。それ以上に光はその球威に驚かされた。
(単純に速い。だがそれに以上に…重い!)
しっかりと踏み込めたわけでもなく、そもそも制服の状態で、これほどの球を投げれる高校生がいると、光は予想だにしていなかった。
驚いたと同時に、光はあきれた。
「っておい、まだ座ってないのに強めに投げやがったな。俺じゃなかったら怪我してたぞ」
「へへ、守備はもう一位の自信あんだろ?捕れるって信じてたぜ」
「確かにそういったけど、よ!」
光はちょっと強めに返球する。実はニコニコしながらボールを捕る。悪びれる様子もない。ほんとにすごいやつだなと光は心のそこかろそう思った。
それからまた同じようにキャッチボールが続く。実がゆったりとしたフォームで投げて、光はそれを一球一球かみ締めるように捕っていく。
何回それを繰り返しただろうか。辺りは先ほどよりかなり暗くなっていた。
「あれ、もうこんな時間か。そろそろ終わりにしとかないとな」
「そうだな。まだ投げたりないけどな」
実は残念がりながらそう言う。その様子を見た光は、不敵な笑みを浮かべながらこう言う。
「よし、じゃあ最後は座るか」
「!いいねえ、そう来なくっちゃ」
それを聞いた実もおもわずにやける。生粋の野球バカ二人の思考は本当にそっくりのようだ。
光はその場にしゃがみこみ、実は足でそのあたりの土をならす。その二人の表情は、まさに子どものような、楽しみを待ちきれないような顔をしていた。
「こっちは準備オッケーだぜ」
「こっちもだ。言っとくが時間的にこれが最後だからな」
「わかってるって。ど真ん中ストレートでびしっと締めてやる」
光はミットを真ん中に構える。わずかな沈黙な時間が流れる。この世界に光と実しかいないかのような、それほどまでに静寂になる。
実が先ほどよりも格段にゆったりと腕を上げる。そして全身に力をこめて左足を踏み込んだ。
「どらぁ!」
実の掛け声とともにボールが放たれる。
ピストルで撃ち抜かれたような音が河川敷に響き渡る。
実の渾身のボールは一瞬で光のミットに突き刺さった。
「…すげえ」
光は驚きのあまりそれしか口に出すことが出来なかった。その球は今までに捕ったことのない、力がこもった球だった。目測だが、光の眼にはそれが140キロ近く出ているんじゃないかと見えた。こんな投げずらいところで。それに実はまだ100%の力で投げていないようにも見えた。
(想像以上だ…実とだったら!)
思わず笑みがこぼれる光。実のほうを見てみると、彼も満面の笑みを浮かべていた。
キャッチボールを終えた二人は一緒に駅の方まで向かっていた。実はチャリを押しながら。
「二人乗りしながら行けば一発なのに」
「いや、一応違反だからな」
「初日は後ろ乗ったくせに」
「ぐうぅ」
光は実と一緒にチャリに乗って登校した入学式の朝を思い出す。あの日は迷子で大変だったのだ。
「それにしても、今日のキャッチボールは楽しかったなあ。久しぶりにキャッチャーにむかって投げた」
「たしかに、俺も楽しかった。こんなにわくわくしたのは初めてだった」
「おれ、こうやって帰り道河川敷とかで投げるのあこがれてたんだよ」
実のその言葉を光は疑問に思う。
「なんでまたそんなシチュエーションを?」
「じつは母さんから昔聞いた話があるんだよ」
「母さん…早川あおいから?」
「そうそう、俺が小学校4年生ぐらいの時かな」
「お母さん、なに笑ってるの?」
その日実の学校は授業参観。その日実は母、早川あおいと二人で帰っていた。その途中、あおいが河川敷でキャッチボールをしていた、高校生らしき人たちを見て笑っていた。あおいは照れながら、
「昔僕もこんな河川敷でキャッチボールしたことがあるんだよ」
「へえ。もしかしてお父さんと!?」
「はは、お父さんともしたよ。それよりも記憶に残ってるのは、恋恋高校で一緒に野球してた女の子のキャッチャーとの対決かな」
「対決?」
「うん。その子はもともと野球部に入りたがってなかったんだけど、お父さんと僕がもうアタックして、入部をかけて彼女に向かって投げたんだよ」
「投げただけ?」
「そう、それだけ。そして僕の球に納得してくれたその子は入部して、僕とバッテリーを組んだんだよ」
「へー!」
「チームのことを第一に考えてくれてすごい頼もしかったんだよ。その分厳しかったんだけどね」
あおいはそう言って微笑んだ。実は何となくその笑みが寂しそうにも見えたのだった。
「ということがあってな」
「へ、へえ。そうなんだ」
「対決じゃなかったにせよ、俺も光に捕ってもらって嬉しかったぜ」
「ははは…」
「お、もう駅に着いちまったな。じゃあまた明日な」
「おう、じゃあな」
そして実は自転車に乗って行ってしまった。
駅に残された光はさっきの話の早川あおいの言葉を思い出していた。
『はは、お父さんともしたよ。それよりも記憶に残ってるのは、恋恋高校で一緒に野球してた女の子のキャッチャーとの対決かな』
光は息を大きくすって、そして一人で苦笑いをして、こうつぶやいた。
「運命って、怖い」