柳緑の閃光   作:れっどhope

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セクション4 善は急げ

「273、74,75,76…」

 

かつて近所の子どもたちが元気はつらつに遊んでいたこの公園には、いまや散歩の途中に休憩がてらに寄った老人と近くのゴミステーションを根城としているカラスが数羽いるだけである。そんな閑散としただだ広い公園に,

バットが空を切る音と、光の声だけがしずかに響いている。

今日は土曜日。光は入学一ヶ月前から休日はこの公園で野球のトレーニングをするのを習慣としている。この時期はまだ涼しくて自主トレには最適なのだ。

 

「96,97,98,99,300…!」

 

ノルマの三百回の素振りを終えて光はその場で一息つき、ふう、と息を吐いたあと、バットを近くのベンチにかけてあったバットケースにしまいに行った。バットをしまいながら光は昨日のことを思い出す。

 

苺がリストアップした人数は12人。全員の名前、出身中学、ポジション、プレースタイル、その他色々なことが事細かに書いてあった。あまりの情報量に驚愕した光だったが、苺はまるで当然のことだといわんばかりの反応だ。翔真の言っていたことは本当だったらしい。

その膨大な情報量を前に光は舞い上がってさっそく勧誘しに行こうとしたが、今日は午後から新入生の学校めぐりやら大切な学活があるから無理だと翔真に諭され、しぶしぶ勧誘をあきらめたのだった。

そして、それじゃあまた明日!と鼻息を荒くした光だったが、今日が金曜日だと気づいたのは帰路についてからだった。

 

その自分のわんぱくさとおっちょこちょいなすがたをを思い出して光は思わず苦笑いを浮かべた。

 

あっち(・・・)の生活がながかったから、俺の性格も変わっちまったのかな…」

 

光は5、6年前の自分を頭に思い描く。昔の自分は今とは違いもっと冷静でクールで何にも動じなかっタはずだ。これは自惚れでもなんでもない。周囲の大人も自分のことを「気味が悪いくらいに落ち着いている子ども」と思っていたはずだ。もっとも、それを口に出す人は誰一人いなかったが。

 

 

『お前みたいなやつは、チームに要らないんだよ!』

 

 

「―っ!」

 

突如光の脳裏にそんな言葉が響く。そして光はその場に体勢を崩して倒れそうになる。だがそれをすんでのところでとめて、光は手にもちかけていたバットケースを肩にかける。顔には冷や汗がだらだらと流れている。息のペースも乱れている。

どうやら昔の自分を想像したと同時に、自らのトラウマも思い出してしまったようだ。光はいったん深呼吸して呼吸を整えた。

 

「はあ、帰るか…」

 

そうつぶやいて公園の出入り口まで歩き出す光。その足取りは重く、どうやらさっきのトラウマは彼にはかなりの苦痛のようだ。だが今そのトラウマがなんなのかは知る術はない。

 

 

 

 

 

翌週の月曜日の昼休み。光はいつもの階段の踊り場に向かった。そこにつくと、翔真と苺は先に到着していた。だがその二人の顔は何か嬉しそうに見えた。

 

「…どうしたんだ二人とも、えらく健やかな顔だな。宝くじでも当たったのか?」

「んなわけないだろ。今のお前にとってはそれよりも嬉しいことだぜ」

「同じクラスの子から聞いたんですけど、閃道くん以外にも野球部員を探している人がいるらしいんですよぉ」

「だにぃ!?まじか!!」

 

光はまた大きな声を発する。三度光に視線が集まる。同じ四組の人たちからはまた閃道か…みたいな視線が送られてくる。どうやらさっそく同じクラスの人からはちょっと変わった人だとおもわれてしまっているようだ。

 

「ったくお前は…。いい加減その大声を発するのを止めたらどうだ?」

「まあいいじゃねえか。で、そいつはどんなやつなんだ?」

「それがその友達も他のクラスの子から聞いたみたいなんですけどぉ、教室に入るなり『野球経験者、もしくは野球がしたいってやつはいるかー!』って叫んだらしいんですよ」

「ええぇ、ずいぶんと古風なやり方だな…」

「見た目はよくわかりませんが、結構イケメンだったらしいですよぉ」

「その情報はいらん」

 

翔真がつっこむ。苺はニコニコしたまんまだが。

 

「まあ、そいつとはいずれ会える…よな?」

「大丈夫か?部長争いでもめたりしねえか?」

「まあそんときゃそんときだ。野球好きに悪いやつはいないしな!」

「その自信はどこから…」

 

 

なんてやりとりを交わした三人は、さっそく行動に移る。

苺が光に渡したリストに乗っているのは、1,2,3,5,7組の生徒だけだった。なので三人は順当に一組から勧誘しに行くことにした。のだが…

 

「で、来てみたはいいものの…」

 

三人は一組の教室の前、正確に言うとギリギリ教室の中が確認できる、あまり目立たない場所に固まっていた。

 

「めちゃくちゃ入りずれぇよ…」

 

何故そんなところにいるかは明白、そう、例の“他のクラスの教室に入りづらい症候群”、略して“他教室症(ほかきょうしつしょう)(他クラス症候群)”に陥っていた。あんなに部員を欲していた光も、おもわずたじろいでしまっている。

そんな光に翔真は、

 

「おいおい大丈夫かよ光、そんなことじゃ先が思いやられるぜ?」

「こう見えても俺は小心者なんだよ、ピュアなんだよ!」

「教室で叫びまくってるやつを小心者とは言わんぜ」

 

相変らず楽観的だ。さすがはリア充、言うことが違うのである。

 

「それにこんなとこで緊張なんかしてたら甲子園じゃ失神しちまうぜ?」

「う、そ、そうだよな」

「閃道くん、頑張ってくださいねぇ」

「よーし…」

 

鼻息を荒くして教室のドアにむかう光。その姿はさながら闘技場にいざなう屈強な男のようだった。

 

「いや、あんなに怖かったら来るもんもこないだろ…」

「そうだね…」

 

今回のターゲットは二人。一人は“白木(しらき) 純平(じゅんぺい)”。ポジションファースト。右投右打、中学時代は主に5番を打っていて、勝負強い打撃が得意だということ。弾道3、ミートD、パワーC、走力E、肩力E、守備力E、捕球D。…この能力値、まあ、パワプロ好きの皆様なら察していただける所だが、この数値は苺の独断と偏見によりつけられた数値だ。なんでそんなことまで出来るかって?そんなの自分で考えやがれ、である。

もう一人は“東凪(とうなぎ) 上介(じょうすけ)”。右投左打の外野手。中学が弱かったため活躍は出来なかったが、走攻守そろったプレーヤーで、三組に双子の弟がいて、彼も野球をやっている。弾道2、ミートB、パワーE、走力C、肩力C、守備力C、捕球D。

 

光は教室に入って二人を探す。数名の視線が光に集中するが、かまわず探していると、いた。それも二人で一緒にしゃべっている。光がその二人に近づくと、二人とも光に気づいたようで、不思議な目で光を見つめる。

 

「あのー、すいません、白木君と東凪君、だよな?」

「え、まあ俺が白木ですけど…」

「なんか用か?てか誰?一年?」

「あぁ、俺は閃道 光、同じ一年生だ。じつは君たちに頼みがあるんだ…」

 

 

 

~廊下~

 

「うーん、こっからじゃあんまわかんないな」

「だねぇ」

 

廊下では、翔真と苺が教室内の光の様子を窺っている。光は大げさなジェスチャーで二人に野球部勧誘を促しているようだ。しばらくして、光が廊下にいる二人を指差して、何かを言っている。が、二人はなかなか首を縦に振る様子はない。

 

「…なんか苦戦してるみたいだけど大丈夫なのかなぁ?」

「大丈夫。あいつはこんな所で折れる男じゃない」

 

出会って数日でそう断言する翔真。一方光は廊下の二人むけて、こっちに来いと、手のひらで二人を招くのジェスチャーを送っている。

 

「なんかこいこいってやってるけどぉ…」

「いや、あれは来いじゃなくてあっち行けってジェスチャーだ。あのやろう、こんな状況でも一人でやろうってのか。さすがだぜ…」

 

悪びれることなくそう言う。苺は…

 

「うーん…しょーくんが言うならそうかもねぇ!」

 

翔真のことをまるっきり信用している。さすが幼馴染、こういうときは相性抜群だ。

 

「いや、そこは真に受けるなよ……ん?」

 

そんなやりとりをしていると、翔真は、向こうの方から人が近づいてきたことに気づいた。その少年は、綺麗な緑色の髪をしていて、前髪を赤いゴムで適当にしばったような髪形をしている。そして一番目を引くのが澄んだ青色の瞳。まるで宝石のようなその目はどんな人でもひきつけてしまうほどの魅力がある。

その少年は早歩きで翔真と苺がいる一組まで近づいてきて、そしてどかどかと教室の中に入っていく。翔真がその少年は一組の生徒か、と思ったその時、

 

「そこの二人!!野球部にはいってくれ!!」

 

教室内にそんな大声が鳴り響いた。

彼の名は早川 実。翔真たちが彼の名を知るのはまだ先のことである。

 




長らく更新されてませんでしたが、復活します。

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