「よろしくおねがいしまぁす、閃道くん」
「お、おう…」
「どうしたんですかあ?」
「い、いや、なんでも、ない」
「もー、おかしいですよぉ〜?」
幸先よく野球部員一人目を確保した翌日のお昼休み、光は購買前の近くの二階へと続く階段の踊り場にいた。一緒にいるのは昨日捕まえた曽我部翔真と、長いピンク色の髪の女子生徒。眠たそうな目つきと整った顔立ち、その豊満な体つきは世の男性たちを虜にしてしまう魅力がある。
(おいおいこんなやつだなんて聞いてないぞ!?)
(だからいやだったんだよ…)
「うふふふ」
光は自分が想像していたイメージとはかけ離れた彼女を見て驚愕の色を隠せずにいた。
どうやらこの女子生徒は翔真が呼び出したらしい。ではこの生徒は何者なのだろうか。とまあここで解説するのも面倒なので、ここは流れに逆らわずに回想シーンに入るとしよう。
それは昨日の昼休みにさかのぼる…。
「おいおいさすがに喜びすぎだろうが。さすがに周りの目が痛いぞ」
「あ、あぁ、すまない」
翔真の入部が決まって喜んでいた光はいったん心を落ち着かせる。どうも野球のことになると光は熱くなりやすいようだ。
「でもまさかさっそく一人目をゲットできるなんて思ってもなかったからな。それにかなり戦力になりそうだしな」
「そうか?俺野球未経験どころかルールもよくわかんないんだけど」
「まあそういうのはおいおい覚えていってくれればいいさ。まあ、戦力ってのはいずれわかる」
「いずれわかるってなんだよー」
光の「曽我部は戦力になる」というのはあらがち嘘ではない。今の時点ではド素人だが、2年後には恋恋高校の主力選手にもなれる可能性を秘めている。
「あ、そういえば…いや、やっぱなんでもない」
何かを言おうとしていた翔真が口ごもる。だがそれを光は聞き逃さない。
「なんだよ?途中で言い終わるのが一番気になるだろ?」
言いたくなさそうな翔真だったが、数秒唸った後、ついには口を開いた。
「…野球部ってマネージャーも必要だよな」
「必要必要、めっちゃ必要」
「俺、一応マネージャーをやってくれそうなやつを知ってるぜ。同じ中学の女子だけど」
「マジか!」
野球部マネージャー。ユニフォームの洗濯から部室の掃除、スコア付けやボール縫いなど、一言にマネージャーといってもかなりの仕事量がある。生半可な心がけではまっとうできない大切な役職だ。そんなコンパに出れるよ的なノリで大丈夫なのだろうか。
「大丈夫大丈夫そいつ何でもできるから」
「そいつは中学何してたんだ?」
「えーっと確か四つぐらいの部活のマネージャーを兼任してたと思うんだが…」
「よ、四つ!?」
翔真の言葉は光を驚かせるには十分だった。曽我部が通っていたのは普通の公立の中学校。中学でマネージャーがいる部活はそう多くはない。しかも公立の中学校。にもかかわらずそこまで多くの部活のマネージャーをしていたということは…。
「超世話好きとか?」
「んなわけあるか」
「デスヨねー」
一瞬で否定される。まあそんな世話好きなやつはいないか。となると理由は…。
「マネージャーとしての能力を買われたってことか」
「ああ、しかもそれだけじゃない。あいつには圧倒的な情報収集能力がある」
「情報収集だと?」
「ああ。あいつは敵のチームの得意不得意のプレーとかを見極めて、それをもとにうちのチームは勝ってきたらしい。サッカー部のことなんだが、全国への出場をかけた試合で、前半は3対1で負けていたらしいんだが、そいつが相手の弱点を見つけて、3対4で逆転勝利したそうだ」
どうやらそのマネージャーはかなり敏腕なようだ。話を聞く限りでは、ぜひとも野球部にスカウトしたい。
「よし、さっそくスカウトしに行くか!」
「ええ、行くの?」
「なんだよ、最初に言ったのは曽我部だぞ?」
「それはお前が頼むから言ったんだ…」
なぜか翔真は乗り気ではない。だがここでそのマネージャーを確保できれば、目標の甲子園にグッと近づく。この手を逃すまいと、光は翔真に詰め寄る。
「なんでそんなにいやなんだよ」
「いや、別にいやとかそういうわけではないんだが…」
「だったらいいだろ?別に嫌いとかそういうわけじゃないんだろ?」
「ま、まあそうだが」
言いくるめられていく翔真だが、そう簡単に首を縦に振らない。よほど大きな事情でもあるのだろうか。
だが結局、最後には光の太陽のような眼の輝きに根負けして、
「わ、わかったぜ。お前がそんな眼をしちゃ断れねえよ」
「お、おお、やった!」
「でも今日はそんな時間もないから明日な!」
「おう!」
元気よく返事をする光の姿は、まるでえさを前にして眼を輝かせている柴犬のそれだった。
そして次の日の昼休み、曽我部と一緒に行った階段にいたその彼女とであったというわけだ。
「私は“
(キラキラネームきたぁあ!!)
思わずそのキラキラネームに面を食らう光だったが、口に出さない。それがマナーというものだ。
「話はしょーくんからきいたよぉ。マネージャーやってもいいよぉ」
「おお、ありがとう!…ん、しょうくん?ってまさか」
「翔真くんのことですよお」
「だあああああ!!」
頭を抱え絶叫するしょーくん、もとい翔真。近くにいた生徒たちの視線が集まる。だがそんな事はお構い無しだ。
「だからいいかげんしょーくんって呼ぶなよ新谷!」
「もう、新谷なんて他人行儀だよお。幼馴染なんだから、昔みたいにりしるちゃんって呼んでくれともいいのにぃ、」
「え、しょーくんってりしるちゃんと幼馴染なんだ笑」
「ぐぁぁぁぁああ!!しょーくんってよぶなああああ!!」
翔真はしょーくんと呼ばれろのがずいぶんといやならしい。顔を真っ赤に染めて苺にやめろよと言っている。苺のほうはニヤニヤ笑っていて、どうやら呼び方を変えるつもりはないようだ。
光は自分紹介を簡潔に済ませると、苺は、
「ほんとにまだ二人しかいないんだあ」
「う、まあ」
ストレートに言ってくる。まあ事実なのだが。
すると苺は手をぽんとたたいて、
「それじゃあ私、だれが野球経験者か調べますよぉ?未経験者じゃあんまり戦力にならないでしょぉ?」
「そんなことできるの!?」
「はい、まかせてくださぁい」
「おお、新谷様…あなたはまさしく野球部の女神や…」
「何言ってんだ…」
翔真のつっこみがはいる。どうやら苺がいると翔真はつっこみに回るようだ。
「つってもよ」
「なんだ?」
苺とわかれて教室に戻ってきた二人。光は翔真に問いかける。
「新谷がすごいってことはわかったんだが、明日までに野球経験者を調べるとかできるのか?」
苺は調べるといった後、明日それをまとめた紙を渡すといってきた。しかも今は一時過ぎ。学校にいる時間はあと二時間ぐらいだ。いくら苺がすごいからってそんなことできるのだろうか。
「あいつを普通の女子高校生と思っちゃいけないぜ?あいつは特別だ」
「へえ、えらく評価してるな」
「まあな、なんせあいつはこの高校の首席だからな。俺より勉強してなかったのに」
「マジか!」
無論嘘ではない。計ったことがないため周りの人や本人も知らないが、じつは彼女はIQ軽く180を超えている。では何故彼女がこの高校に通っているか、この小説を読んでいる賢明な読者諸君ならばもう感づいているだろうとは思うが、ここはあえて語らないでおこう。
「まじまじ、あいつならあかつき高校の特進クラスの首席も余裕だろ」
「俺とは関係がまるでない世界だな…」
光は感嘆の声を漏らす。
場所はまた変わって、ここは光るが住んでいる家。光は高校生になってから親戚のおじ、おばの家にすんでいる。実家より近いというのもあるが、一番の理由というのは父が派遣していて、家に誰もいないからである。
光は自分の部屋の窓から外の景色を眺めていた。ここ数年でこのあたりも開発がすすんで、ビルなどが建ち、星は見えない。だがその代わりに街は昼とは違う、夜の妖艶な顔をのぞかせている。
窓から冷たい風が入ってくる。まだ四月の半ば。体には相当しみこむはずだ。だが光は気にしていない。そして昨日今日のことを考える。
(まさかこんなにはやく部員とマネージャーをゲットできるなんてな)
光は翔真と苺の顔を思い浮かべる。二人ともいいやつそうだったし、何より今後大きな戦力になる。それに明日は苺が野球経験者を調べたリストを持ってきてくれるらしい。事がうまく進みすぎて逆に怖いぐらいだ、と光は思い、思わず顔がにやける。そしてそれと同時に違う表情も浮かべる。悲しみ、憎しみ、どれとも形容しがたい表情だ。
「これはあの約束を果たすのもまんざら夢じゃないかもな…母さん」
そうつぶやいて光は自分の右肩をぎゅっと握り締めた。
「おおお!すげえええ!」
「おい光、周りの視線」
翌日、光は昨日と同じ階段で雄たけびにも似た声を上げていた。
「どうですかぁ?」
理由は単純、苺のもってきたリストには10人をこえる野球経験者の名前、クラス、ポジションなどがこと細かく書いてあったからである。
光はんーっと体を震わせてから、
「よし、スカウトしに行くぞ!!」
こう宣言した。
おまけ
光「そういえば新谷」
苺「なんですかぁ?」
光「よく漫画とかで見る『将来は結婚しよう!』『うん!』的なイベントはあったのか?」
翔「おい光!」
苺「そんなべたなことないですよぉ」
光「なんだないのかあ」
翔「ほっ…」
苺「でも将来子どもは三人欲しいねってのはありましたぁ」
光「しょーくん意外とがんばるねえ」
翔「ぐあああああああああ!」
\(^o^)/