「ふあぁぁ…」
黒髪の少年、閃道光は大きなあくびをかみ締めた。
今、光がいるのは恋々高校の第一体育館。そして入学式の真っ最中でもあった。
登校中に起こった事件は、無事同じ恋恋高校新入生、早川実と出会ったことで解決し、彼の自転車で爆走して何とか時間前には門をくぐることに成功した。が、結局自分がどこのクラスかわからなくて結局遅刻したのはまた別のお話である。ちなみに光が四組、実が八組だった。
(眠い…)
それはともかく、光は今、ある強敵と戦っていた。それは校長の子守唄…もとい新入生への挨拶というかなりハードなものだった。さらに太陽の日差しが光にあたって、ほどよい眠気を演出している。現に今光の頭は小型ボートに乗り込んで大海原へ出向しようとしている最中だ。
と、ついに眠気が頂点に達し、果てしない大航海へ出向しようとしたその時。
「ふぅぅ」
「っ!!!」
光の耳に隣から生暖かい風が吹き込んできて、光は変な声を上げそうになるが、その声を必死にこらえて、その犯人を確認する。見ると、いかにもイタズラ好きそうな童顔の少年がにしにしと笑っている。どうやら彼が光を夢の世界から釣り上げてくれたらしい。…もっといい起こし方はなかったのかよ、そう光が顔で念を送ると、彼は笑いながらすまんすまんと右手を立てた。
(ヤロー、わざとこの方法を選びやがったな…)
光は心の中で悪態をつく。そんな光の心情をよそに、
「…という彼の言葉にはあらゆる希望、夢、恐れ、そういうさまざまなものが渦巻いていて…」
校長の話はまだまだ続く。
「Zzz…」
「お、おい、おきろ!」
「もううまか棒は食えねえ…Zzz」
そんな校長の話をよそに、早川実は熟睡していた。
「いやあ、わりいわりい、眠たそうにしてたから起こしてやんなきゃとおもってなあ」
「もっといい方法があったんじゃないのか?さすがに耳にふぅはないだろ、声出すとこだったわ!」
長い長い入学式が終わって、光は自分の教室に戻ってきていた。今は休憩時間の真っ只中で、同じ中学の人や、席が近いもの同士が楽しく談笑している。
「つってももしあのまま寝てたら確実に先生方にめぇつけられてたぜ?お前、朝も遅刻してたしな」
「ぐうぅ…」
光がしゃべっているのは後ろの席の少年、
「てか今日は何で遅刻したんだ?」
「…道に迷った」
「…ぷぷっ」
「わ、笑うなあ!」
ついさっき会ったばかりの彼らだが、もう仲良くなって、まるで昔からの馴染みのような雰囲気すら出ている。おそらくこれは翔真の人当たりのよさなどが影響しているのだろう。実際問題、光にはこんなにも早く初対面の人と親交を深めるなんて出来たものじゃない。
「ははは、まあいいじゃねえか、失敗なんて誰でもするんだから、その失敗を面白いことにしなくちゃもったいないだろ?」
「確かに一理…ない!だませれんぞ!」
「あり、ばれちった」
なんて談笑をしていると、光はふと翔真に疑問を吹っかける。
「なあ、ところで曽我部は中学何部だったんだ?」
光は翔真と話している間で気になっていることがあった。それは曽我部の体格について。小柄な体型ではあるが、しっかりとした体つきに、炎天下の下で走り回っていなければ出来ないような日焼けをした皮膚。そして何より体の軸が安定している。イスに座っている様子からでもそれがわかるほどに。しかししっかりとしたトレーニングをしたようには見えなかった。それは翔真が季節はずれにも腕をまくっていてその腕を見ればわかる。
「部活?特になんもやってなかったぜ、帰宅部だ」
「っ、本当か?」
「まじまじ、しかも帰宅部エースだったぜ」
「帰宅部にエースはいない…ちなみに高校では何部に入るつもりだ?」
翔真の答えをきいて、光は少しわくわくしながら尋ねた。何故わくわくしているか、それは光は翔真の性格、体つきにある可能性を見出していたからだ。そしてもし高校でも部活に入る気がないのなら、光がやろうとしているあることに誘おうとしていたからである。
それに対し、翔真の答えは、
「うーん、多分サッカー部かな?中学んとき友達とよくやったしな」
というものだった。残念、とおもいつつも光はそれを表に出さずに、へえ、と相槌を打つ。確かに翔真がいてくれればかなり目標には近づくが、無理に誘うというのは横暴というものだしな。
「で、お前は中学の時は何をやってたんだ?」
翔真が質問を返してきた。光はほんのわずかだけ、翔真に気づかれない程度に困惑の表情を浮かべ、
「野球、かな」
と答えた。
「野球かあ。何年位やってるんだ?」
「実質七年、ぐらいかな?」
「うお、結構長い」
翔真はそれを聞いて驚嘆する。いま自分たちは十五歳だから、八歳からかあ…。そんなことを考えていると、
「そうでもないぞ?同い年でも八、九年やってるやつもざらにいるさ」
「へえぇ」
そんなことをきいて、翔真の驚きは少し収まる。だがここで一つ疑問が生じた。
「ってあれ?ここって野球部なかったよな?確か三、四年前に部員が足りなくて潰れたって聞いたけど。あ、でも昔優勝したことがあるらしいな」
「ん、ああ、知ってるさ」
恋恋高校野球部…今から十何年前、一度だけ夏の甲子園優勝を飾ったことがある高校だ。しかも共学になったのは3年前からという異色の経緯があった。その原動力は女子選手初の甲子園出場にして初のプロ野球選手、早川あおいだろう。そのアンダースーから放たれる切れ味抜群な変化球は甲子園のバッターたちを翻弄し、決勝では九回をわずか二安打に抑え、チームを勝ちに導いた。
そしてもう一人の原動力は恋恋高校四番にして早川あおいの妻の男。夏の甲子園では七本塁打の大活躍、プロ入り後も数々の記録を打ちたて、本塁打、連続試合ホームラン、満塁ホームラン、四死球のシーズン記録、その他一試合5打席連続ホームラン、サイクルヒット三回、三年連続トリプルスリーなどといった記録も持ち、日本球界最高の逸材として後世にに語り継がれている。
だが、それは遠い昔の話。今じゃその栄光もすっかり途絶えて部員不足によって四年前に廃部になってしまっていた。
「てことはなんか違う部活でもやんのか?」
なぜ光この学校を選んだか、その疑問に対して翔真はこの結論に達する。おそらく続けられない事情があるのだろうと。まあそれが常識的な考えだし、誰がきいてもそう思うだろう。だが光の答えは翔真の予想を裏切った。
「いや、野球はやめない」
「どういうことだ?」
「どうゆうことって…つくるんだよ、一から」
「つくるぅ?どうやって」
「んー、ひたすら誘う?」
なんと光は新しい野球部をつくるらしい。確かに、共学になってから数十年たって、男子生徒の数も今じゃ全体の約半分を占める。だが、誘うといったって無理があるというもの。それに中学のころ野球をやっていた人なんて全体の一割にも満たないだろうし、野球を続ける気があるならそもそもこの高校に来たりなんかしないし、未経験のやつを誘ってもそんなのたかが知れている。
ますます翔真は気になって、
「いやいやさそうっつってもさすがに無理があるだろ。そもそもなんでそんなことをするんだ?」
と続けざまにきく。光は、その質問に対して、すこし遠くを見ながら、それでもなお真っ直ぐな瞳でこう言い放つ。
「なんで、か…。それは俺にもわかんねえ。でも一ついえるのは夢かな」
「夢…?」
「そうだ。曽我部も昔、恋恋高校が甲子園で優勝したのは知ってるだろ?話によると、もともと野球部はキャプテンが一からつくったらしい。だから俺もそれぐらい大きいことをやってみたいんだよ。多分、というかかなり難しい挑戦だとは思うけど、俺は生粋の野球少年としてこの夢を叶えたいんだ。どんなに茨の道でもな」
すべてを言いおえて、光はのどを潤うため鞄の中の水筒に手を伸ばそうとする。すると、翔真がこちらを見ていることに気がつく。しかも大きな感銘を受けたようで、光をまっすぐに見つめている。
「ど、どうした?」
「か、か、かっこいい…」
翔真は言葉をつまらせながらそういった。えらく感動しているようだ。
「かっこいい、かっこいいぜ閃道!」
翔真がつばを飛ばしながらそう光るに言い寄る。その眼はギンギラギンに輝いていた。
「そ、そうか?」
「ああそうだぜ、お前ほどかっこいい男は今まで見たことないぜ。…よし、閃道、頼みがある!」
「なんだ?」
「おれも野球部に入れてくれないか?未経験だけどそこはやる気とガッツでカバーするからさ!」
「ほ、本当か!?」
光は驚きのあまり、声を荒げ立ち上がった。周りの視線がすこし痛いが気にせずいこう。
「ああ本当だ、男に二言はねえ!」
「曽我部ぇ…」
光は心の中で大きくガッツポーズする。よし、初日から有望な選手を誘えたぞ。これで二人目。あと七人だ。
言ってませんでしたが、この小説は光と実のダブル主人公体制です。まあ、タイトルを見ればわかると思います。