Z/Xの世界に転移 〜この世界で幸せを見つける〜   作:黒曜【蒼煌華】

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皆様…明けましておめでとう御座います(*´ω`*)
新年早々に体調を崩し、漸く落ち着いてきた作者で御座います(苦笑)
今回もかなり久方振りの投稿となってしまいました…。
現在では自分自身のしたい事を他に見つけ、其方に趣を置きつつも…細々とマイペースに書き続けさせて頂いております。
続きを期待して下さる御声も頂き、個人的に書き続けたいという思いも御座いますので…一年以上空いてしまった更新となりますが、此れからも何卒この小説を宜しく御願い致しますm(_ _)m

他にも絵を描かせて頂いておりますけれど、新年のご挨拶という事も含めきさらちゃんの挿絵をご一緒に(*´꒳`*)
あづみさんやリゲルさんの挿絵もあわよくば…(笑)

【挿絵表示】



第六十八話: 想いと覚悟☆

…真白の世界。

ㅤ辺り一面、全てが白。

ㅤ何処をどう見渡そうと、何も無い景色が永遠と続いている、

 

ㅤ此処は…何処だ。

ㅤ俺は、何をしていたんだ…?

ㅤあの少女の声は…。

 

ㅤ唯只管に、何も無い真白の空間に一人。

ㅤ俺はその場に立ち尽くし、考え込む。

 

ㅤ何故、俺は此処に居る…?

 

『………だい、すけ…?』

 

ㅤふと、聞き覚えの有る少女の声が辺りに響き渡る。

ㅤとても可愛らしい、俺の、大好きな声。

ㅤ何処か懐かしさを感じさせる、そんな声。

 

ㅤその声に惹かれる様に、俺はその場でゆっくりと顔を上げた。

ㅤすると其処に立っていたのは…。

 

「………………きさらちゃん」

『…だいすけ…うゅ…………だいすけっ』

 

ㅤお互いの名前を呼び合い、確かめる。

ㅤ其処に立っているのは本物の自分か、彼女か。

ㅤだが、俺は『間違いない』……そう直感した。

ㅤ間違い無く、彼女だと。

 

ㅤそれは彼女も気付いたのか、何度も俺の名前を口にする。

ㅤ更には小走りで此方に近寄り、思い切り抱きついてきたではないか。

ㅤそんな彼女に戸惑いながらも。

ㅤ俺は…きさらちゃんを抱き締めた。

ㅤ彼女の小さな体を、包み込む様に。

 

「…きさらちゃん……良かった、本当に………」

 

ㅤ彼女は生きている。

ㅤこうして、彼女を抱き締めている。

ㅤ見た所、傷一つ無く、傷付けられたという痕跡も見当たらない。

ㅤその事実に、俺は安堵の言葉が口に出る。

 

ㅤ対して、きさらちゃんは。

ㅤ俺の胸元で沢山の涙を流し、必死に此方の体を抱き締めていた。

ㅤ何とも、可愛らしい力で。

ㅤそれでも、離したくないという気持ちが俺にも伝わって来る。

ㅤ逆も又然り…俺も彼女を離すまいと抱き締めている訳だが。

 

『………きぃ、もう、はなぇたくない…ずっと、いっしぉ…………』

「うん…俺も、きさらちゃんを…離したくない…」

『うゅ…だいすけ、だいしき』

 

ㅤ相変わらず、愛おしい位の片言で、彼女は素直な想いを伝えてくれた。

ㅤ何処か…懐かしさ、そして温かさを感じさせる様な…。

ㅤ彼女をぎゅっと抱き締めていると、不思議とそういった感情が湧き出ずる。

ㅤやはり…きさらちゃんの口にしていた言葉通り、俺と彼女は昔何処かで知り合って…?

 

…この世界に転移してからと言うもの、如何せん、記憶があやふやになってしまっている。

ㅤこれでも大分思い出してきた方では有るが、重要な記憶は欠落したままだ。

ㅤこの世界…Z/Xの世界に転移した際に、記憶を全て無くした。

ㅤ或いは前世の記憶を全て受け継いで、というのは良く有る話で理解も出来る。

ㅤ何故にこうも中途半端な…。

 

『…みゅ……ぁたたかい…」

 

ㅤと、俺が自身の問題に手を付けたのだが。

ㅤきさらちゃんが俺の胸元に顔を当て、すりすりと頬擦り。

ㅤ思わず、そんなきさらちゃんを見て和もうとした俺だが…はっと。

ㅤ可愛い彼女を見て思い出す。

ㅤ現状の問題解決の方が優先的だと。

ㅤ終始、癒しの空間に浸っていた自分がいた。

 

「…と、きさらちゃん」

 

ㅤ周りを見渡し、ふと、彼女に声を掛ける。

 

『ぅゅ?』

「…きさらちゃんは、此処が何処なのか…知ってたりするかな。情け無くも俺にはさっぱりでね…」

 

ㅤあはは、と苦笑いを浮かべる俺。

ㅤ知っている、笑い事では無いと。

ㅤただ本当に、何も分からない。

ㅤが故に出てしまった苦笑いなのだが…どうやら。

 

『…きぃも、しあなぃ』

「だよね…」

 

ㅤ彼女にもさっぱりな様子だ。

ㅤともなれば、自分達で明確にしていく他無いのだが…あまりにも手掛かりが無さ過ぎる。

ㅤ先ずもって、此処は何処なのか。

ㅤ次に、どうやって此処に来たのか。

ㅤ一番の疑問点と言えば、何故…俺ときさらちゃんがこの空間に居るのか。

 

ㅤリゲルさんなら未だしも…意思の共有、というバトルドレス同士なら考えられそうな道も有ったが…。

 

ㅤきさらちゃん。

ㅤ彼女に、何か特別な…。

ㅤ今まで彼女と過ごして来た時間の中で、彼女自身が何か特別な物を持ち得ている…とは考え難い。

ㅤ先ずはきさらちゃんと俺が、何故この空間に居るのか…その問題を解決しよう。

ㅤ彼女と俺に、何か共通点が有る筈だ。

ㅤそうでも無ければ、きさらちゃんか俺、或いはお互いに何か引き起こした、としか…。

ㅤその何か、というのすら分からないが…。

 

「…現状考えるべきは、其処では無い、か……」

『…?』

 

ㅤ兎にも角にも、事の始まり…元凶を突き詰めるべきか。

ㅤ今此処に居る理由。

ㅤそして、この真白な世界に転移させられる前の出来事。

ㅤ先ずは其処からだ。

 

「思い出せ………俺は、何を…」

『…………っ………』

 

ㅤふと、独り言を呟く俺に、何やら悲壮感を含めた瞳を此方へ向けるきさらちゃん。

ㅤ物言いたげな表情を浮かべ、ふっと、また俺の胸元に顔を埋めて。

ㅤ丸で…言葉が喉で引っ掛かっている様子だ。

ㅤそれを誤魔化そうと、俺には言わず、伝えず。

 

ㅤきさらちゃん…やはり、何か知っているのだろうか…?

ㅤ抑、この真白な世界に転移する前…きさらちゃんは…。

 

…そうだ。

ㅤきさらちゃんは、その後どうなってしまったのか。

ㅤ俺自身、オリジナルXIIIとの激戦後の記憶が曖昧だ。

 

ㅤあづみさん、きさらちゃん、A–zちゃん。

ㅤこの三人を逃すべく、リゲルさんと共に勝機の見えない無謀な戦いを繰り広げ。

ㅤそれでも、きさらちゃんだけはその戦いの中へ戻ってきてしまい…。

ㅤ最終的に…俺は、全てを守りたい一心で。

 

ㅤオリジナルXIII達に敗北した。

 

ㅤあぁ…其処までは覚えが有る。

ㅤそして、オリジナルXIIIに敗北し『アドミニストレーター ベガ』に好き勝手された事も。

 

ㅤだが。

ㅤそれ以降の記憶が…消し飛んでいる。

ㅤアドミニストレーターとの邂逅、その後のリゲルさんはどうなってしまったのか…?

ㅤ一緒に捕らえられた筈のきさらちゃんは、何処に居るのか…?

ㅤあづみさんとA–zちゃんは、無事にヴェスパローゼさんの元へ逃げる事が出来たのか。

 

ㅤ謎に不安…そして不思議と、虚無感が重なった。

ㅤ今まで、俺のしてきた事とは一体。

ㅤ彼女達と一緒に歩んできたこの道は、果たして本当に正解だったのか…彼女達が幸せで自由に暮らせる世界に、少しでも近付けたのか…?

 

ㅤ否、それは遠ざかるばかりだろう。

ㅤリゲルさんは現状、あづみさんと自由になりたいという理由で謀反を起こした事で…ベガに手を出されているかもしれない。

 

ㅤで、有るならば。

ㅤ尚更、一刻も早くこの世界から抜け出さねば。

 

「うだうだしてはいられない、か…」

 

ㅤ俺はそう言い、胸元に埋まるきさらちゃんをお姫様抱っこしながら、その場で立ち上がる。

 

ㅤふと、周囲の現状を確認しようとするものの…。

ㅤ周りは見渡す限りの『白』で埋め尽くされたこの世界から、抜け出す方法なんて有るのか。

ㅤそんな思いが頭を過る。

 

ㅤ抑、何故が故にこの世界は生まれたのか。

ㅤ俺が『世界』と例えているだけで、一時的に発生した空間…というのが本来正しい例え、なのだろうけれど。

ㅤだが、今重要なのは其処ではない。

ㅤどうすればこの空間から、抜け出せるかだ。

ㅤ何かしらの理由が有ってこの空間に飛ばされたので有れば、抜け出せる方法も存在する筈。

ㅤ問題は…その理由、だが…。

 

『…うゅ………だい、すけ』

「…?如何かしたの、きさちゃん?」

『………はなれゆの…やっ』

「離れる…?」

 

ㅤ相も変わらず、可愛らしい力で此方に抱き着く彼女。

ㅤそんなきさらちゃんの言葉に、何か…引っ掛かる、違和感を感じる。

ㅤ彼女がこうして、ずっと俺から離れまいと、其処までする理由。

ㅤ言葉の意味。

ㅤ俺は直ぐ様、察した。

 

「…きさらちゃん…」

『だいすけ…いくの、やっ…』

 

ㅤそうか。

ㅤきさらちゃんが口にした、『行くな』という言葉の意味が…理解出来た。

 

「…まさか、俺は…」

 

…あぁ、初めてヴェスパローゼさんと対峙した時の事を思い出すな。

ㅤ悉く悲惨な目に合った物だ。

 

ㅤ死に掛けていた筈の俺の心に、謎の声が響き。

ㅤ自我を失い、負傷した身体で、本能のままに破壊の限りを尽くし。

ㅤそしてヴェスパローゼさんに捕縛された。

 

ㅤそう…あの時の自分を思い出す。

ㅤ破壊の衝動に呑まれ、只管に目に付く物全てを『壊したい』の一点張りで…意識も何も無く。

ㅤまさか、今の現実世界での俺は…又あの様な狂った暴走列車の様になっていると…?

 

ㅤそしてそれを止めるべくして、きさらちゃんはこうして俺の意識をそのまま違う世界へ持って来たと。

ㅤ全く以って疑問点は尽きないが…一番有り得る可能性としては、十分だろう。

ㅤそれ以外に考えられない、というのも一つの理由だが。

 

『…だいすけ、いたぃって…でも、まもりたぃって…』

「俺が…痛い、守りたい…?」

 

…ふと。

ㅤ思い返せば簡単な話だった。

ㅤ何故、きさらちゃんとこうして…離れ離れとなっていても対話が出来るのか。

 

ㅤ抑の前提として、間違っていたのだ。

ㅤ彼女自身が何か特別な物を持ち得ているとは考え難い、という思考其の物が。

ㅤ寧ろその逆…彼女は他の誰とも違う、特別な存在だ。

ㅤそれは何故か…?

 

ㅤ彼女は…きさらちゃんは生まれつき、【物】との対話が出来る摩訶不思議な少女だ。

ㅤヴェスパローゼさんの従えている蜂兵達と意思疎通が取れているのも、そのお陰で有ろう。

ㅤ一概に【物】と言っても、例の蜂兵…虫や動物等、普通に考えたら人が対話する事は不可能で有る存在との対話を可能にする。

ㅤきさらちゃんが誰とも違う、特別な存在というのは…此れが理由だ。

 

ㅤそして先程、彼女が放った言葉の意味。

ㅤ俺が『痛い』と『守りたい』と…繋がりの見えない何かを挟み、俺の感情をきさらちゃんが知り得た、と。

 

ㅤこの『痛い』『守りたい』という二つの言葉に俺は直様、察しがついた。

 

ㅤ何れ程地面に這い蹲る事になっても、自らの体が痛みつけられようと…彼女達を守る為ならば。

ㅤという二つの言葉が混ざり合っているのだろう。

ㅤ何より、『破壊』という文字が出てこない辺りを察するに…以前の様な暴走列車では無いと気付ける。

 

ㅤ其れならば、現実の俺はどうなっているのだ。

ㅤ『破壊』という概念も無しに、自身の意識も無く…既に尽きた命という事なのか…?

 

ㅤいや…若しそうで有るならば、こうしてきさらちゃんと対話をしている時点で辻褄が合わない。

ㅤきさらちゃんが…命を失っていない限りは。

 

ㅤ只…この空間が死後の世界とも、考え難い。

ㅤだからと言って、じゃあ此処が何の様な空間なのだと言われてしまえば…返答のしようが無いのも事実。

ㅤ丸で迷宮の様に絡み合う蜘蛛の巣の様だ。

ㅤ疑問に疑問が重なり、更に疑問が生まれる。

ㅤ無限ループというのも…一つの正しい例えだ。

 

「………痛い…守りたい…」

 

ㅤヒントが有るとするならば、きさらちゃんが言い放ったこの二言だ。

ㅤ如何して彼女は…俺の感情を知り得る事が出来たのか。

ㅤ何故、意識其の物を別世界へと隔離出来たのか。

ㅤ物との対話が可能なきさらちゃんが…何をしたのか。

 

「………………ん……?」

 

ㅤ物との対話…。

ㅤ何度も繰り返していたこの言葉に、ふと違和感を抱く。

ㅤ俺ときさらちゃんを繋いだ…見えない何か。

ㅤ物。

ㅤ自分の記憶に有る、最後の瞬間…。

ㅤあの時の自分には有り、今の自分には無い物。

 

ㅤ答えは一瞬だ。

 

「……きさらちゃん…………」

『…うゅ?』

「今の俺から、何か…感じるかな」

 

ㅤ伝えるには少しばかり、難しいが…それでも。

 

『…ぅぅん………だいすけ、ぁんしん…してゆ…♪』

 

ㅤ彼女には…伝わっている様だ。

 

『こわぃ…いたい、ない…♪』

「………怖い…やっぱり、か…」

 

ㅤどうやら…彼女には、怖いと思われていた様だ。

ㅤ無理も無いだろう。

ㅤ今、現実の世界で暴れている俺は…相手に恐怖を与える力を手にしているのだろう。

ㅤ無慈悲で、残忍で…感情の無い。

ㅤ邪魔をする者は全員殺す。

ㅤ相手の何もかもを[奪う]。

ㅤそんな力を…制御出来ずに、本能のままに振り回しているのだろうな。

 

「…ありがとね、きさらちゃん」

『うゅ…♪』

 

…俺はきさらちゃんの頭を、優しく撫でる。

 

ㅤ漸く、一番の疑問が晴れたな。

ㅤまさか此処迄…世話になるとは思わなんだ。

ㅤ最初から、ずっと…俺の事を支えてきてくれた存在。

 

ㅤ物との対話を可能にする、そんなきさらちゃんと…俺を繋いだ何か。

ㅤそれは[バトルドレス]以外に他ならないだろう。

 

ㅤ飽くまで仮説にしか過ぎないが…若し、バトルドレス[其の物]に意思が有るとするならば。

ㅤ其れがきさらちゃんの想いと繋がり、俺の意識だけでもと…動作してくれたのなら。

ㅤ俄かには信じ難いが…それを可能にさせるバトルドレスが有る事を、俺は知っている。

ㅤどんな相手とも『対話』を可能とさせるバトルドレス。

 

「…………決して、今使える訳では…無いか…」

 

ㅤ右手を握り締め、そのバトルドレスを扱えるかどうかの確認をする。

ㅤ当たり前では有るが…手応え等一切無い。

ㅤ抑の話、バトルドレスは青の世界の管理下に有り…俺がバトルドレスを起動させる事その物を封じられてしまっている現状、先ず以って有り得る話では無い。

 

ㅤだとするならば。

 

ㅤ俺が立てた仮説が正しければ…刹那、ほんの僅かなその一瞬のタイミングでのみバトルドレスが起動したのだろう。

ㅤ何の一瞬のタイミングかは分からないが。

ㅤだが…それはきっと、きさらちゃんの想いの強さが要因となり、バトルドレスを動かしたのだろうな。

 

ㅤ人の想い…人の意志の強さは、無限大…か。

ㅤ実体験でもある話だ。

 

『…♪』

「……ふふっ」

 

…気付くと彼女は、すりすりと…俺の手に頬擦りをしていた。

ㅤマシュマロの様に柔らかく、ふにふにとした感触が伝わってくる。

ㅤ何度可愛らしいと言っても足りないな。

 

ㅤそんなきさらちゃんの頬に手を添えながら、再度…辺りを見回す。

 

ㅤ真白の空間…本当に何も見当たらない、唯一俺ときさらちゃんだけが存在する世界。

ㅤこの空間が何故創り出されたのか。

ㅤ何故、俺ときさらちゃんだけがこの空間に存在するのか。

ㅤその説明も今ならば容易だ。

ㅤ結論から言ってしまえば、きさらちゃんの想いが届き…起動したバトルドレスが生み出した世界。

ㅤ端的に【きさらちゃんの想いが生み出した世界】、と簡略化してしまっても差異は無いだろう。

 

ㅤ彼女と俺が…対話する為に創り出された空間。

 

ㅤ無論、俺の立てた仮説が間違いで有るならこの全てが間違いだが。

ㅤ他に考えられもしない。

ㅤそれに加え…事実、人知を超え対話を可能とさせるバトルドレスを…その存在を知っているから。

ㅤ俺には未だ扱えもせず、扱った事すら無いけれど。

 

『…………ぅゅ…』

「……?きさらちゃん…?」

 

ㅤふと…先程までにこにこと笑顔を浮かべていた彼女が、顔を下に向け俯いている。

ㅤぎゅっ、と…俺の右手を小さな可愛らしい両手で握りながら。

 

「…不安、だよね」

 

ㅤどうかした?

ㅤ大丈夫?

ㅤそんな言葉も思い浮かんだ。

ㅤだが…それを言う必要等無い。

ㅤこの現状でどうかした、なんて聞く方が間違っている。

ㅤ大丈夫?

ㅤそんな訳が無い。

 

ㅤ俺は左手で、彼女の身体をそっと抱き寄せる。

ㅤするときさらちゃんも…身を委ねるかの様にして俺の胸元へ寄り添ってきた。

 

…思えば彼女は未だ7歳。

ㅤその幼さで此れまで、どんなに辛い思いを味わったか。

ㅤきさらちゃんの過去は未だ知り得ていない…が、彼女と出会ってから今迄に過ごしてきた時間の中だけでも、壮絶過ぎる体験が多々彼女を襲ってきた。

ㅤそれでもきさらちゃんは折れなかったのだ。

 

ㅤ大切な人の側に、大好きな人の側に居たい。

ㅤ健気過ぎる位の想い…純粋無垢な彼女の心。

ㅤ折れず、しっかりとした軸の持ち主。

ㅤ彼女もまた、あづみさんやリゲルさんと同じ…計り知れない芯の強さを持っている女性だ。

 

…か、故に…なのだろうな。

 

『…………………………た……ぃ……』

「…?」

 

ㅤ微かに聞こえる彼女の声。

 

『…………きぃ………こぉこ、はなえたく…なぃ…』

「…………………」

 

…その言葉に、俺は………黙り込んでしまった。

ㅤ言葉が頭に浮かんでこない。

ㅤきっと、理由等…無い。

 

『…ずっと…ここで、だいすけと………ぃっしょ…』

「きさら…ちゃん……」

『いたいのも、くぅしいのも…はなぇばなぇも、ない』

 

ㅤ痛い…苦しい。

ㅤ離れ離れ。

ㅤ最初の二言は今までの事から…だが、最後の一言は…。

 

『ずっと……きぃと、だいすけ……いっ、しょ…』

 

ㅤきさらちゃんは泣きながら…そう、言葉を口にした。

ㅤ柔らかなその頰を伝い、綺麗な滴が落ちていく。

 

…若しかすれば…最後の一言は、俺と彼女の過去に何か関わりが有るのかもしれないな。

 

ㅤ俺は抱き寄せたきさらちゃんの身体を、優しく抱きしめる。

ㅤ胸元からは彼女の泣く声が聞こえ…。

ㅤ幼い身体は震え、時折小さく跳ねる様な反応を示していた。

 

『ぅ………ゅ…っ……ひぅっ…』

 

ㅤ彼女の握ってくれている右手を、そっと離し…逆に彼女の左手を握る。

ㅤきさらちゃんは空いた右手を…俺の胸元へと添えてくれていた。

 

「大丈夫………大丈夫だよ……」

 

ㅤ何が大丈夫なのかなんて、自分でも分からない。

ㅤ兎に角…彼女を安心させてあげたかったのだ。

 

『…だぃ…すけ………?』

「うん…?」

『きぃと、だいすけ…はなればなえ、ならなぃ…?』

「………あぁ」

『ぅゅ…』

「君の事は…絶対に、俺が守るから」

『…!』

 

ㅤ人は同じ過ちを繰り返す。

ㅤ守る守ると言って…俺は何度、守り抜く事が出来なかったか。

ㅤだが…そんな自分にはもうウンザリだ。

ㅤ口約束と言われようと。

ㅤ口先だけの言葉と言われてしまっても。

 

ㅤ俺の意志は変わらない。

ㅤ想いの強さも、今まで以上に。

ㅤ俺の使命は…彼女達を、大切な人達を命に代えてでも守る事なのだから。

ㅤこれが綺麗事だと言われてしまうので有れば。

ㅤ俺は必ず実現させてみせよう。

ㅤ綺麗事だと謳われる、この言葉を。

 

ㅤ彼女達が笑顔で…自由で、幸せな毎日を過ごせる世界を。

ㅤ築き上げてみせるさ。

 

「…今更こんな事、ごめんね」

 

ㅤと、きさらちゃんの涙を拭ってあげながらも…咄嗟にそんな言葉が口に出てしまう。

 

『…ぅゅ…♪』

 

…だが、彼女の表情には笑みが溢れていた。

 

『だいすけ、きぃのこと、まもってくえゆ…♪』

「…うん…必ず、ね」

『うえしい…♪』

「嬉しい、の…?」

『ぅゅ…?』

「いや……俺はーー」

『だって、だいすけ…きぃのこと、まもってくえゆ…ずっと、ぃっしょ♪』

「…っ」

 

ㅤ「俺はきさらちゃんの事を守り切れずに」

ㅤそう口にしてしまう前に彼女の言葉に遮られ。

ㅤそんなきさらちゃんの一言に…一段と決心を強くして貰えた自分がいた。

 

「…そうだね」

『…?』

「ずっと、一緒だよ」

『ぅぃっ♪』

「ふふっ」

 

ㅤ相も変わらず純粋無垢なきさらちゃんの笑顔。

ㅤこの笑顔を守る為にも、新たなる未来を切り拓いていかねば。

ㅤ立ち止まる訳にはいかない。

ㅤだが…今は少し、ゆっくりさせてくれ。

ㅤこの世界に居る間…時間が止まってくれているので有れば。

ㅤ一歩、踏み出す為に。

 

…そう想い乍ら俺ときさらちゃんは、少しの間この世界で2人の時間を過ごす事にした。

ㅤきさらちゃん本人もそれを望んでくれて。

ㅤ何をする訳でも無い…彼女との時間を、少しだけ。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「…さて」

 

ㅤほんの数十分。

ㅤされど数十分。

ㅤ俺はきさらちゃんとの時間を過ごした後、改めて顔を上げる。

ㅤ何分、何時間経ったのかも分かりはしないが…相も変わらず何の変化も無い真っ白な空間だ。

 

ㅤだが…一つだけ変わった事が有る。

 

ㅤ膝の上にちょこんと座り、笑顔を浮かべるきさらちゃん。

ㅤそんな彼女の事をお姫様抱っこの様に抱き抱え、深呼吸。

ㅤその際、俺の事を見つめていたきさらちゃんも動きを真似、同じ様に深呼吸をする。

ㅤ何とも可愛らしい。

ㅤ何度可愛い、可愛らしいと心で思っているのか分からないが…事実だ。

ㅤ否定はさせない。

 

…と、それはさて置き。

ㅤ俺ときさらちゃん…お互い深呼吸をした後、見つめ合う様に目を合わせる。

 

「………ふふっ」

『ふゅ…♪』

 

…不意に表情に出してしまった笑顔、そんな笑顔にも…彼女は「ふにゃ」とした柔らかな笑みを返してくれて。

ㅤそんな彼女の反応に、つい…俺はきさらちゃんの体を抱きしめる。

ㅤもう二度と…絶対に。

ㅤ悲しませない、苦しませないと。

ㅤ必ず彼女をこの蜘蛛の巣から助け出して見せる、と。

 

ㅤその使命をきさらちゃんに誓い。

 

ㅤふと…俺のこの想いを察してくれたのか、彼女は俺の首に手を回し抱きついてきた。

ㅤ小さなその体で、精一杯の力で。

 

ㅤ例えこの空間に何の変化が無くとも。

ㅤ俺ときさらちゃんの心には変化が生まれた。

ㅤ何も見えず、ただ不安を抱いてばかりだった心に…希望の光が。

ㅤ互いを信じ。

ㅤ互いにその光に向かって、歩む為に。

ㅤその先に有る幸せを掴み取る為にも。

 

ㅤ何が何でも、誰が立ちはだかろうとも邪魔はさせない。

ㅤ目の前の障害は全て排除する。

ㅤきさらちゃんを含めた、彼女達との未来を求めて。

 

…改めてそう決意を固めた俺は、瞑っていた目を開けきさらちゃんと視線を重ねる。

 

「………じゃあ、行こうか」

 

ㅤそう、きさらちゃんの事を安心させる様に彼女に微笑む。

ㅤすると彼女も。

 

『うぃっ!』

 

ㅤ何時もの様な、無邪気で素直な笑みを見せてくれた。

ㅤ意識が戻れば…辛く苦しい現実が待っている。

ㅤそれでもきさらちゃんは、こうして笑ってくれるのだ。

ㅤ彼女が何処に居るのか。

ㅤ青の世界の連中に何をされているのかは未だ俺には分からない。

 

ㅤそれでも…彼女の笑顔に応える為に、俺はまた一歩踏み出す。

ㅤ歩みを止めてはならないから。

ㅤ彼女達に本当の幸せが訪れる、その日まで。

 

「俺は…止まらないから」

 

ーーー


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