Re:やはり俺の異世界生活は間違っている?   作:サクソウ

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09.一般的に、彼らは男である。

―時間遡行。

 ラノベの世界で自由に行えるなら、それは素晴らしい能力になりうるだろう。しかし理不尽な形で発動されるそれは、非常に厄介な能力になる。

 

「どうされたのですか、お客様方…?」

「体調が悪いなら早く言いなさい、お客様方」

 

 あの四日間を過ごしたレムはいない。毒を吐きながらも俺を評価してくれたレムはもういない。それが…時間遡行の代償。決して大きい代償ではない、むしろ小さすぎるのではないかとさえ思っていた。人間関係なんていつだって不安定でいつ壊れるか分からない、それは痛いほど知っていたはずだった。

 しかし理解はしていなかった。分かろうとしなかった。そんな関係を保ったことなど一度もないのだから。

 

 絶望…というよりは憔悴に近かった。スバルの顔は朝日に照らされてなお、暗い影に覆われていた。俺も似たような表情なのだろう。彼女らの反応を見るとそう思う。

 しかしうじうじはしていられない。ループが始まった以上、四日目あたりに何かしらのアクションがあり、それを乗り越えなければならないのだ。

 先ほどのメイドの問いに、スバルはそっと答えた。

 

「…大丈夫だ、少し…混乱しただけ。ちょっと…トイレ行ってくるわ…」

 

 そう言って彼はベッドから飛び降り、ゆっくりと扉から外へ出ていく。エミリアのところだろうか。特に追いかける意味も理由もない。あいつとは後でじっくり話し合えばいい。そう…後ででいい…今は、落ち着きたい。

 

 俺も椅子からゆっくり立ち上がると、自分の部屋を目指し、扉へと足を進めた。いや…自室というのもおこがましいか。俺は今客人の立場なのだから。

 一歩一歩踏みしめながら歩いていく。そうしなければ途中で崩れてしまいそうだった。しかし、ふっと手に何かが触れ、俺の行動は抑止された。…小さなレムの手。

 

「…もう一度聞きます、どうかされたのですか、お客様?」

 

 レムの声音にはからかいの欠片も、ましてや悪意の欠片もない、純粋な心配しか含まれていなかった。だがそれは余計に俺の心中を狂わせる。

 そっとレムの手を振り払い、付け加えるように言った。

 

「昨日は散々な一日だったからな。まぁここに来て疲れが…な…」

 

 尻すぼみな言葉はむしろ疲れていることを示唆出来たのかもしれない。メイド達は納得した様子で、それを見て俺は部屋を退出した。

 あてがわれた部屋に入り、ベッドに腰かける。時間遡行を行ったのは異世界生活五日目の夜中。しかしセーブポイントの変更により、屋敷での一日目…あの状況から判断するに、ベアトリスと会った後に戻された。

 時間遡行…条件が視えてこない。これが視えなければ俺たちは一生このループから抜け出すことは出来ないだろう。第一優先は条件を見極めること。そのために何をすべきか…。答えは簡単で、明確だ。

 

「よっ、比企谷、調子はどうよ?」

 

 なんぞと思い、扉の方を向く。スバルは肩の荷が下りた様子だった。呆れるほど立ち直り速いな。扉の淵によりかかったままスバルは言う。

 

「さて、比企谷さん。ここで問題です。俺らがすべきことはなーんだ?正解は…」

 

「「前回と同じ道をたどること」」

 

 スバルの声に合わせて言うと、彼はニヤっと笑った。もう俺が大丈夫なことを確信したらしい。こりゃまた随分と過大評価されてますね。

 道化師の如く、振る舞ってやろうじゃないですか。

 

***

 

 俺とスバルは二人で決めた通り、しっかりと前回を模倣して過ごしていた。気がするのだが…スバルの方は、とんだ誤算があったようだ。めんどくさいから詳しくは聞かんが…。

 時間遡行が行われて、四日が経過した。つまり、今日の夜、何かが起こる。

 湯船につかる彼は時間遡行の精神的疲労も相まって、相当体にきているみたいだった。

 

「ごぼ…ごぼぼぼぼぼぶぶ…」

 

 スバルは湯に顔をつけながら、何かを言った。彼の言葉はごぼごぼと泡に紛れて消えていく。…いやそうじゃなくてちゃんと喋れやこら。

 

「その…なんか疲れたなってな」

 

「おや? そぉれはいけないことだねぇえ? 浴槽というものは疲れをとぉるためにあるのだから。それともあれかい? 私に体中をマッサージをしてもらいたいってぇことかな? よろこぉんで受け付けるよ! スバル君?」

 

 そう答えるのは変人の極み。屋敷の主ロズワールだ、おいこの屋敷大丈夫かよ…。というかなんで俺はこの二人と風呂に入らなきゃならん。純粋に嫌なんだけど…。

 しかしこの変人と二人っきりになるのが耐えられないのか、スバルは俺を風呂から出させてくれない。何それ、惚れられちゃうの? 告られちゃうの? え、なんですかくどいてるんですかそういう趣味はないのでごめんなさい。

 

「なぁんで好き好んでおっさんのマッサージ受けなきゃいけないんだよ!」

 

 若干の違和感を覚える。あぁそうか、スバルの言葉遣いがロズワールに似てきているからだ。そういやエミリアもたまにロズワールみたいな喋り方するな…ロズワール、恐ろしい子っ!!

 俺はそっとロズワールから距離を置いた。べ、別に避けてるわけじゃないんだからねっ! しかしロズワールはめざとく俺の行為を見つけると、距離を置いた分近づいてきた。おいおい…意味ねぇジャン。

 

「あぁらら。これは随分と嫌われちゃったかぁな?」

 

「いや別に嫌いじゃねぇよ。…ただ距離を置きたいだけだ」

 

「それ…一緒じゃなぁい? まぁそれはいいとして、レムから聞いてるよ? 君の働きぶりは。なぁかなか助かってるって話だぁよ?」

 

「そりゃどうも…」

 

「あんまり嬉しそうな顔しないねぇえ? あぁんな可愛い子が君をほめてるんだよ? もう少し喜んだらどぉだい?」

 

「いやそれ褒められてねぇから、絶対馬鹿にされてるだけだから」

 

「ふふふ…ほんとにそうかい? 君は周りをきちんと見ているし…周りも君の事をきちんと見ているもんだぁよ?」

 

 ロズワールの二色の眼は俺をじっと見据える。少々気まずくなって俺は目を背けた。俺を見ている…か。

 俺が無言を貫いていると彼は少し微笑みながら言葉を紡いだ。

 

「分からないならそれでいいさ。いずれ分かるようになぁるよ。ところで…ほんとに私のマッサージ受けないのかぁい? スバル君?」

 

「おまっ! なんか良い話だったのに唐突にこっちに話を振るな!! また噛むぞ!」

 

「そぉれは手厳しいぃねぇ」

 

***

 

 …のぼせた…。ふざけんなあの野郎ども…。いつもどんだけ長湯してんだ…。しかも最後の方なんてあいつらの話が全く耳に入らなかったからな…。ゲートやらなんやら…やっべ、すげぇ重要そうじゃん。

 ぱたぱたと顔を仰ぐ。ダメだ…当分は寝れそうにない。

 俺が果たすべきイベントは全部こなしたかね…。まぁよくやった方だ、ゲームにおいて単純作業は嫌いじゃないが、周回作業はあまりやらない。そんな俺が二週目を無事終わらせそうだからな、グッジョブ俺! ていうかこのままゴールインしちゃいたいんですが…。

 

 コンコン。乾いた音が部屋に鳴り響く。最近はキツツキが扉をつつくようになっちゃったのかしら? 何それ超迷惑!

 まぁそんな戯言は置いといて、俺は扉を開けた。あどけない顔つきのレムがこちらを見上げていた。しかしすぐさま俺から距離を置く。えー…。

 

「何ですか、興奮して襲ってきてもレムは戦えますから無意味ですよ」

 

「いや違うから、のぼせてるだけだから。ていうかレムこそ何なんだよ…」

 

「姉さまと相談して、スバル君とヒキガエル君に文字を教授して差し上げようということになったんです。まぁレムは嫌…忙しかったので本日からですが」

 

「本音漏れてるよー」

 

「とにかく、ヒキガエル君はスバル君に後れをとった状態なわけです。今日はみっちり四日分やってもらいます」

 

 俺の都合でもないのに、振替補習ときたもんだ。鬼畜! レムはテクテクと机に歩いていきドサッと持っていた本を置く。ふーっとため息をつくと、彼女は椅子に座った。そして、手招きでこっちへ来いと言っている。まじすか…。渋々レムの方へ歩いていき、隣の椅子に座った。

 

「それで、どこから分からないのでしょうか?」

 

「全部だ。何もかもとも言う」

 

「バカなのですね。敬遠します」

 

「おいおい尊敬するふりしながら実はめっちゃ引いてるってまさにレムにぴったりな単語じゃん…」

 

 よく考えたら、もはや尊敬する『ふり』さえしていないので単純に引いてるだけじゃねーか。

 

「なるほど…語彙力は問題なし、エミリア様より…いえこれは言うべきではないですね。とにかく、この国の文字の基本はイ文字です。これを死ぬ気で覚えてください。実際死んでもらってもレムは構わないのですが明日の作業に支障をきたすため、一応死なないでください」

 

 一枚の紙を渡される。記号で埋め尽くされているのを見ると、これはイ文字とやらの一覧なのだろう。ていうかレムさん今基本って言った? マジかよ…これ以上あんのかよ…。って日本語と同じか。

 最後の一文はなかったことにする。マジで俺超紳士! じぇんとるまんの鑑だね☆

 

「これは…あいうえお…となっていたり?」

 

「えぇ、そうです。見たことあるのですか?」

 

「いや、俺らのとこと同じだ。なるほど、分かりやすい」

 

 そう言って、俺は写経を始める。写経と言うと聞こえが悪いのはなぜだろうか…。夏休みの宿題は写経すんなよ! 写経なんかせず真面目にやって苦しんで死んでしまえばいい。

 若干黒い感情が垣間見えてしまう。なんとか自制して単純作業に没頭した。大事なことなので二回言うが、俺は単純作業が嫌いじゃない。…何が大事なのだろうか?

 

 やいやいやいやいっとばかりに白紙を埋めていく。もはや狂気の沙汰だろう。キチガイだろう。こんな変な記号を羅列している変人なんて俺でさえ近寄りたくない。さえってのはおかしいか…。

 

「そろそろ覚えましたか?」

 

 レムがずいっと俺の紙を覗きながら言った。近い近い! ほっほら、俺一応男子高校生だからっ!! ねっ!?

 戦闘能力によほど自身があるのか、全く警戒心というものを感じない。あぁ…こういう時に材木座がいれば…あいつの慌てふためく様子を見てこっちが落ち着けるのに…。おい俺どんな落ち着き方してんだ。

 

「ヒキガヤ君? どうかしましたか?」

 

「い、いや、なんでもない…。まぁ大体覚えたと思うが」

 

「ではテストしましょう。この記号は?」

 

「す」

 

「それじゃこれ」

 

「み」

 

 なんだよ『好き』じゃないのかよ。べべべべ別に期待なんかしてねーし? というかその状況だと俺がレムに告っちゃうことになっちゃうんだけど…、おだやかじゃないね。

 

「最後の問題です」

 

「分からん」

 

「正解です、レムにもわかりません。適当に書いたので」

 

「おいおい…」

 

「とりあえずイ文字の習得は大丈夫そうですね。四日分お疲れ様でした」

 

「早いな、これで四日分か」

 

「レムはもう眠いのです…。姉さまはスバル君の部屋で寝るという何とも可愛らしい行いをしたそうですが、レムはこんな男の部屋で寝るなんてそんなバカな真…可愛いことは似合わないので自分の部屋で寝ます」

 

「変なところで言い直した結果、ラムを馬鹿にしてしまったな。策士、策に溺れるとはこのこ…」「何か?」

 

 いたってシンプルな一言は俺を震撼させる。目が…目がぁ…。例えるなら、そう、ウサギを狩る直前の狼! 魚を喰らう直前の鮫! 草をむさぼる直前のバッタ! …ん?

 何にしろ、あの目は俺の異論反論抗議質問口答えその他一切を認めないといった目だ。

 やだわぁ…。どっかの未婚…ミスコン教師みたいでやだわぁ…。なんか生命の危機を持ち前の国語力で回避した気がするぜ…。

 レ、レムらんはどうぞお幸せに結婚してくださいね…? ていうか誰だよレムらん。

 

「では、おやすみなさい」

 

「おう、おやすみ」

 

 レムが扉から出ていく…と同時にスバルが入ってきた。おい。

 

「おっと? 何々? レムりんと秘密のお時間ですかぁ?」

 

「帰れ」

 

「っと冗談はこのくらいにして…本題に入ろうじゃないか」

 

 何こいつ、今の俺の「帰れ」って一言も冗談に含めてる? 本音だ、帰れ。

 しかしまぁ、本題に入るというのは嘘ではないようだ。

 

「大体一回目通りに過ごした(大分違ったが)から、今回もタイムリープは起こる(と信じてる)。つまりだ、何が言いたいかというと、お前にトリガーを見極めてほしいんだ(マジ怖いんです一緒にいて!)。お願いできるか…?」

 

 いやなんか本音がすげぇよく見えるんだけど…。

 トリガーを見極める。その点で言うと、もちろん俺とスバルが一緒にいることが重要なのはよく分かる。だけど認めたくない…。こんなやつと一緒に過ごしたくない。ひどく素直な感想が頭をよぎった。

 ほらだって、なんか首押さえてひゅーひゅー言ってるやつだよ? まだレムのこと…。

 

「ひ、比企谷…!! こ、これ…どうにか…!!」

 

 違うのかよ!!

 

「緊急事態なら早く言えバカ!!」

 

 スバルが下呂を吐いた。しかしそんなこと気にしてはいられない。どうする…どうする…エミリアだ。彼女なら何とかしてくれるかもしれない。急がなくては…スバルは長く持ちそうにない。スバルに肩を貸し、部屋を出ようとする。

 

「お、おい…どこに行く…?」

 

「エミリアんとこだ、ほら何とか歩け」

 

「む、無理だ…俺みたいな超紳士が女性の手を借りるなど…ゲボッ」

 

「分かった、口を開くな、中で押さえてろ」

 

 つまりスバルは、こんな下呂吐いてる惨めな姿を見られたくないわけだ。男のプライド…下らないながらも、俺だってそれだけは持っていたい。だからこそ、俺はこいつをエミリアの元に連れていく。

 

「良いこと教えてやる、スバル。プライドを捨てるべき時は迷わず捨てる、それが俺のプライドだ」

 

「へっ…なんだそりゃ…。サンキュー比企谷…エミリアのところへ…連れてってくれ…」

 

「…出来たらな」

 

「んんー…任せろって…言ってくれるとこだと…思ったんだがな…?」

 

 出来たら…その言葉は言い得て妙だった。目の前には、得体の知れない…何かがいたからだ。ジャラ…ジャラ…と鎖の音は近づいてくる。この気迫は…ダメだ。俺の第六感覚「アホ毛」がそう言っている。

 

「ひ…比企谷…」

 

 スバルが喋るのと同時に…俺の体は…重圧から、解放された。スバルが…消えた。いや、冷静になり、周りを見渡すとスバルは血だらけで廊下に倒れていた。かろうじてまだ息はある。しかし、この襲撃者を何とかしない限り、エミリアのとこへ行くことは不可能だろう。どうする…? スバルが動けるなら、俺が囮になるという手もあるだろう。しかしあの状態では立つことすら困難だ。どうする…? どうする…? どうするどうするどうするどうするどうする…!

 

「残念ながら、あなた方、特にスバル君は危険人物であると認定されました」

 

 …おい…嘘だろ…。月の光が、窓から差し込んだ。「彼女」には当たっていない…が、薄明るくなったこの廊下では…はっきりと姿をとらえることが出来た。

 白く透き通った肌に…吸い込まれるような青い髪。見間違うはずもない。

 

「…レムは…本当に、少し、残念です」

 

 彼女が持っている鉄球は見事な放物線を描き、俺の後ろで微かに動いていたそれを押しつぶした。

 

 ―俺は…生まれて初めて…人が…潰れる音を聞いた。

 




お読みいただきありがとうございます。

タイトルが謎。自分でもよく分からないです。
これホモ話と思われるのだけは嫌だなぁ…。
あとね…夏休みってほんとに存在するのでしょうか…?

では次回もよろしくお願いします。

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