「ん?なんだよ兄ちゃんら、あんまり金持ってそうにねぇなぁ」
こちらのことは全く覚えてない…か。
木製の椅子にちょこんと座っている少女は首をかしげている。
確かに俺は人の記憶にあまり残らない方だが…ごめんちょっと泣けてきた。
スバル程とは言わんが俺だって十分異質な恰好をしている。寧ろ俺の制服の方が酷いかもしれない。
ただぶつかっただけとは言え、普通なら俺の印象は少なからず残っているはずだ。
やはり…時間が戻された…のか。
ということはつまり、この屋敷でまた大虐殺が起こらないとは限らない。
「おい、早くしねぇと時間が…」
そっとスバルを急かす、それぐらいしか出来ることがない。
「お、おう!そうだな!んでだ、取引ってのは、ずばり!徽章のことなんだ」
「徽章?なんで兄ちゃんがそれを知ってんだ?」
「色々な事情はすっ飛ばしてくれ!はげるぞ!
とにかく、そうだな…これとかどうだ?」
「あたしは聖金貨しか…ってなんだそりゃ」
スバルが取り出したのは携帯電話だった。
持ってても仕方ないものだからか、それともそれ以外のものを持っていないのか。
いずれにせよ何かしらの考えがあるようなので俺は黙って任された大木の役を演じる。
「ふっふっふ…これはこの世界にはないだろ?こうやって…」
パシャ…!
「時間を凍結させる道具だ!」
彼は得意げに今撮った写真を見せた。
おう、リアルにいたら絶対痛い人認定されてたよぉ…良かったな、異世界で。
俺は静かにスバルを慰める。
「ふぅーん、ロム爺、どう思う?」
「こりゃそんじょそこらじゃお目にかかれんだろうな
わしも初めて見たわい。
聖金貨20枚…もしくはそれ以上…とにかくそれなりの価値がある」
「それって…どうなんだ、フェルト?」
「兄ちゃん何も知らねぇのかよ。聖金貨20枚なら取引には応じる」
「おっしゃあ!それじゃ取引成立ってことで!!」
「けど、あたしの依頼主の意見も聞いてからだ」
「なっ!!どうして!?」
「あたしは別に依頼主だろうがそうじゃなかろうが高い方に売るだけだ。
報酬金額は確かにそのミーティアの価値に劣る、けどまだ高くなる可能性があるからな」
高くなるなら限界まで高めてやろうって算段だな。
なんとまぁこんなに小さいのに商業慣れしていらっしゃる。
「ちなみに言っとくけど、あたしは多分そっちの兄ちゃんとあんまり年変わんねぇぞ」
フェルトはこちらを睨んでそう言った。
あら、顔に出てた?そりゃ申し訳ない、と心の中でつぶやく。こういうのは顔に出ないから俺って不思議だよね。
恐らくその取引相手ってのが俺らの敵。俺らを惨殺した張本人。
すごく漠然とした不確定要素だが、この世界なら何でもありな気がする。
あまり時間がないな…俺も加勢するか。
「今ここで取引を決めないなら俺らはすぐに立ち去る。
交渉相手がいくら出すのかは知らんがこっちは聖金貨20枚以上の破格。
手を出して後悔するような額じゃないはずだ。
5分以内に決めてくれ」
「比企谷、お前この世界のレート知ってんのかよ」
「知る訳ねぇだろ、少しでもこっちの株あげとくんだよ」
スバルの囁きに囁きで返す。
少し怪しまれてる気がするが知ったこっちゃない。
時間が…時間が惜しい…。
トントン。
唐突に扉が叩かれた。
もう…来たのか…?
初対面でいきなり挽肉出荷されることはないだろうが…引きこもりだけに挽肉ってか?うるせぇ!そもそも俺は引きこもりじゃないし、専業主婦だし。
「ん?あたしの客か?」
トトトトとフェルトは出入り口に駆けていく。
「お、おい、待ってくれ!」
スバルが止めようとするが彼女は止まらない。
そのまま、扉を開けた。
「うひゃあぁぁ、な、なんであんたがここに!?」
フェルトが尻餅をつく。
そんなことには気にも留めず来訪者は中に入ってきた。
白いローブ、銀髪の髪、まさしく前回俺らと行動を共にしたあの少女だ。
「なんでって、もちろん私の徽章を返してもらうためよ。
…あなたね、ラインハルトに伝言したのって」
少女はジッと俺を見つめた。
まずいな…ちょっとこれはこれでめんどくさいことになった。
「どういうこと?あなたは一体何を知ってるの?」
「何も知らない、寧ろ俺が教えて欲しいまである」
自慢気に言い放った俺に彼女は冷たい視線を向けた。
何かキャラ違いませんか?
そんなにSっ気のある子だったかなぁ…。
「パック!!防げ!!!」
スバルが突然叫ぶ。
と同時に氷の盾が彼女を斬撃から守った。
「よく気付いたね~ナイスタイミングだよ」
猫モドキが彼女の髪からひょこっと顔を出した。
ついこないだ会ったばっかなのにすげぇ昔のような気がする。
会いたかったよマイハニーとでも叫んでしまいそうだ。
「あらあら、防がれてしまったわね。
なぜあなたがここにいるのかしら?それに…さっき会った坊やたちじゃない」
ついでにこのこの人ともさっき会ったばっかなのにすげぇ昔のような(ry
どうしたものか…結局対面することになってしまった。
ていうか敵だったのね、うわ俺さっき敵に醜態さらしたのかよ。
「お前…あたしの依頼主じゃねーか、どういうことだ!」
「どうもこうも、持ち主が現れてしまってはどうしようもないわ。
ここにいる全員殺しちゃえば私には何のリスクもなく目的が達成できる、ただそれだけよ」
なんともぶっ飛んだ発想だ。
むろん少なくとも俺は素直に死んでやる気はない。
目は死んでるらしいけどね!
「たわけ小娘!わしの店で暴れようってんなら容赦しねぇぞ!」
ロム爺が大きな棍棒を取り出す。
おいおい、暴れる気満々じゃねーか。
ってか小娘って…どう見ても立派にお年を召していらっしゃ…。
ヒュン!!パリン!
耳元を何かがかする。
わざわざ確認せずとも刃物が飛んできたということは分かった。
あぁ、やだなぁもう、こんな状況前にもあった気がする。
とある女教師に結婚の話をしてこうなったんだったな…。もうほんと誰か貰ったげて!!
「あら?今何か好からぬことを考えたのかしら?命を縮めることにならないといいけど」
「よそ見してっとお前さんが命を縮めることになるぜ!」
「あらあら、あなたが暴れるなと言ったのではなくて?」
黒服の女性は何度も振り下ろされる棍棒をヒラリ躱す。
「丸腰のお前さんが敵うほどわしは甘くないぞ!」
さっき俺にナイフを投げつけたからか。
案外役に立つもんだな。俺の利用価値それだけかよ!
「そろそろ僕も行かせてもらうよ!」
パックが無数の氷塊を作り出した。
「僕の名前はパック、冥土の土産に覚えて逝ってね!」
「巨人族に精霊…いい!素晴らしいわ!もっと私を楽しませて!」
さてと、異世界のバトルすぎて絶賛ついていけてない俺です…。
だが一方的な攻撃は都合よく続いたりはしない。
一瞬の判断ミスと過信が死を招く…そんなアニメのような光景が今まさに繰り広げられようとしていた。
「ちょこまかと動きおって!これで終わりだぁ!!」
ロム爺が渾身の一撃を振りぬく。
ゲームでもリアルでも大きなモーションはどうしても反動が大きい。
もちろん、その分相手に隙を与えることになる。
「あらら…もう終わりね、残念だわ」
懐から二本目のナイフを取り出す。
あのやろ…隠し持ってたのか。
人は目の前で他人が今にも殺されそうになったらどうするか。
・恐怖で動けなくなる。
・自分が身代わりになって攻撃を受ける。
愚者になるか英雄になるか。
俺は…。
「ロム爺っ!!」
フェルトが叫ぶのが聞こえる。
異世界ってのはどうも俺をやる気にさせるのがうまいらしい。
ガツン!!
鈍い音を立てて、彼女の反撃は俺が投げた椅子によって防がれた。
俺は、愚者でも英雄でもない、一番の臆病者になってやる!
「腐った小僧!助かったわい」
「あらあら、端の方からようやく出てきたかと思えばやっぱり怖いのかしら?」
「他人のために死ぬのなんて御免だ、俺は生きて帰ってカマクラを愛でる!」
「それは矛盾してないかしら?私は今標的をあなたに変えたわ、生きていられるかし…ッ!?」
「僕もいるんだけど?忘れないでもらえるかな?」
「パック、ちょっとここ頼んでいいか?」
「え!?いきなり戦線離脱?もう、君はほんと不思議な子だね」
「悪いな」
俺はスバル達がいる方へ戻る。
「スバル、フェルトをここから逃がしたいんだが」
「あ、あぁもちろんだ!」
「なッ!あたしは逃げる気なんて毛頭ねぇよ!!
ロム爺がまだ戦ってんだ!あたしも加勢する!!」
「んなこと言ってる場合か!!いいかフェルト!この中でお前は一番年下だ!
こういう時は年上を引き立ててくれ!!俺らにお前を逃げさせてくれよ!」
スバルの奴、なんつー無茶苦茶な理論だ。
必死さは伝わったようだがフェルトは了承してくれない。
「ごめん、リア、僕…もうそろそろ限界…」
「大丈夫よパック、ゆっくり休んでね」
「いざとなったらオドを絞り出してでも僕を呼び出すんだよ?」
パックは消えた。
すると戦況は劣勢へと切り替わった。
精霊がいないと攻撃と防御を両立させることが難しいらしく、防戦になってしまう。
―長くは持たない。
「フェルト、お前は誰か頼りになりそうな奴を連れてきてくれ。
お前がここで戦ったところで戦況は変わらない、全滅だ。
でもお前が助っ人を呼んでくれるなら話は別。
俺はまだ死にたくない」
「腐った兄ちゃんって根性まで腐ってんのかよ…」「うるせぇ」
俺の最後の一言が効いたのかフェルトは静かに立ち上がる。
「分かった、絶対、誰か連れてくるからな!それまで死ぬんじゃねーぞ!!」
「それを私が許すと思うのかしら?」
斬撃が彼女を襲う。
「おぉ!俺って結構すげぇ!!」
スバルが投げた空き瓶は間一髪のところで彼女を守った。
彼女は少しこちらを振り返ってそのまま駆けていく。
「比企谷、お前意外と良い奴だよな」
「は、んなことねぇよ。
小学校の演劇で正義役どころか悪役さえ割り振られなかったしな」
「俺はお前みたいなの結構好きだけどな」
「俺もこんな俺が大好きだ、なんでモテないか疑問に思っちゃうまである」
「うん、比企谷はモテねえな」「おいそこは同意してくれよ」
「あらあら、何やら平和そうね?
私は獲物をまんまと取り逃がしてしまって少し腹が立っているのだけれど」
おっとすっかり忘れてたぜ!
スバルの刃が思ったより心にダメージ与えてて気づかなかった!
「比企谷、お前どのくらい戦える?」
「無理に決まってんだろ、一撃喰らっただけで軽く瀕死」「おい」
「キャストのランクは落ちたけど、私をがっかりさせないで頂戴ね」
4対1…数だけで言えばもちろん俺らが優勢だ。
だが、相手の格が違いすぎる。
なんか良い案でも思いつきゃいいんだが…。
あ、俺そもそも集団戦なんてやったことないから無理だわ、うん。
やったね八幡!結論が出た!
「マジ無理ゲー」
「ちょちょちょ比企谷さん!?まだ何もやってないですよ!?」
「足だけは引っ張んなよ小僧」
「戦えないんだったら引っ込んでてよね、すごーく迷惑だから」
「ふふふ、本当に面白い子…それじゃあ、第二ラウンドと行きましょうか」
お読みいただきありがとうございました。
テストの意義を…誰かテストの意義を…。
受験なんてするから競争意識が生まれ、労働意識が生まれてしまうんだ…。
ていうか何なんですか、子供が張り合うならまだしも親が張り合ってどうすんですか。
あれだけは見ていて吐き気がします。
では次回もよろしくお願いします。(結局なんの話だ)
P.S.ご指摘いただいた通り、少し状況説明を多くしてみました。