「「は?」」
俺とスバルは同時にひょうきんな声を出した。
明るさからして、時刻は昼。目の前にいる果物屋の男が俺らを不思議そうに見つめている。
「なんだ。俺の顔に何かついてんのか? 幽霊でも見たような顔してんぞ」
「い……いや、何でもない。悪かったな」
どういうことだ。俺は確かにあの時死にかけていた、どころか仏様に召されていたはずなのだ。スバルも……おそらく、あの少女も……。
兎にも角にも今は状況を整理しないと。こういう時もう一人いるってのは有り難いものである。しかし、肝心のもう一人は何も言えずただただ混乱していた。
そんな彼を俺は少し強引に路地裏に引っ張っていく。
「お、おい! なんだよ比企谷!」
「あの場所で何があった?」
「何があったってお前……俺は……。そうだ、サテラは!?」
「……分からん……」
「は!? どういうことだよ!?」
「それが聞きたいのはこっちの方だ。あの人だけじゃない、俺も、お前も死にかけてた。とにかく状況を把握する必要がある、あの家で何があった?」
「……家に入ったら人気がなくて……奥に入っていくと……人が……倒れてた……何かやたらでかいやつだったな。そ、それで……後ろから声が聞こえたかと思うと急に……。隣で……お前や、サテラが倒れるのも……見た……」
「……そうか」
つまり、あの状況から何故か俺らは生きている。まさに起死回生。アンデッドかよ。
この世界で起こりそうなことで簡単に考えたら『何らかの力で復活した』と結論づけられるだろう。だがこの仮説にはいくつかの疑問が残る。
一つに、なぜ二人とも生き返ったのか。
一人生き返らせるのにもかなりの力を消費するはずなのに、わざわざ二人も生き返らせるだろうか?
二つに、なぜこの場所なんだ? 誰かが運んだのか? それならあの果物屋の反応は不自然だ。
三つ、なぜあの果物屋は同じ質問をした?
結局結論を出すことはできない。何かが足りない、決定的な何かが足りないのだ。その何かを見つけることが今一番すべきことなのだろう。
頭を抱えて、この状況を整理していた時、目の前に人影を感じた。ヒトカゲじゃないよ。
「へいへい兄ちゃんら。こんな場所にいてると怖い怖-いおいはぎに色々持ってかれんぞー?」
「なっ!! お前ら! ほんとしつけぇな! サテラにボコられたくせに!」
ザ・追い剝ぎといった三人組、どうやらスバルには面識があるようだ。しかし、彼らはその言葉に対し、キョトンとした表情で応える。
「あ? お前なんか見たことねぇよ」
さてさて、これはどういう状況でしょうか。自分は覚えてるのに相手には認知すらされてないという状況でしょうか。さすがにこんな相手に黒歴史を作るのは可哀想なんだけど。
「スバル、知り合いか?」
「こいつら昨日もここで俺に喧嘩ふっかけてきたんだよ!」
そこまで言われても相手はほんとに思い出せないようだった。一日程度でこんなジャージ姿の印象深すぎる男を忘れられるだろうか?
そんなあり得ない状況に筋を通すあり得ない考えが頭に浮かんだ。こういう異世界ものラノベを読んでいると自然と状況把握が出来るようになる。
マジラノベ最高! ついでに千葉も最高!
「あぁ? あんたら何話してんだ? とにかく置いてけるもんは全部置いてけや!」
「てめぇらふざけ…」「いや、ここは逃げた方がいい」
「逃げようたってそうはいかねぇぜ?」
そう言うと彼らはナイフを取り出した。ふ、ふえぇぇぇぇナイフ術なんて心得ないよぉ……。
情けない声を脳内再生しながら思考をめぐらすが、どうにもうまくいかない。八方塞がり、なのだろうか。
「え、衛兵ーーーーーーー!!」「は?」
スバルが何か叫びだした。なるほど、だがその裏声は止めていただけませんか?
こっちが恥ずかしくなってくる。
「び、ビビらせんじゃねーよ」「ほ、ほんの少しだけ驚いちまったじゃねーか」
「そこまでだ」
赤髪の青年がいつの間にか背後に立っていた。な……なんだこの溢れ出る爽やかさとイケメンオーラは!
うちの学校にもいた気がするな、確か、はや……早見さん? それ声優さんや。
「ま、まさか……ラインハルト、剣聖ラインハルトか!?」
え、何? 剣聖? おったまげ。なんか強そうなの来てくれた! 正直身代わりになるような普通の衛兵が来てくれれば……いやこれ以上は止めておこう。
にしてもこのイケメンには俺を苛立たせるような雰囲気はなく、寧ろ居心地の良ささえ感じた。
「僕が相手になれるのであれば、喜んで引き受けるよ」
「じょ、冗談じゃねぇ!」「撤収だ!!」「覚えとけ! アホ面二人!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていく。おいアホ面ってなんだよ、確かにスバルはかなりポケーッとしてるが俺はいつも通りのポーカーフェイスだぞこら。
友達がいないことを除けば基本高スペックなんだよ!
スバルがビシッとお辞儀をしながら言った。
「ききき貴殿のおおおお心遣いに感謝つかまつりまつる!!」
「何言ってんのこいつ…。悪い、マジで助かった、ありがとう」
「こんな僕がお役に立てたなら嬉しい限りだよ。それより、不思議な恰好してるね。どこの国?」
「いやまぁ、遠いとこ…って感じだな」
「色々大変だっただろう。僕はラインハルト・ヴァン・アストレア。いつでも君たちの力になるよ」
なんだこいつ…イケメンか! いやイケメンだ。
あとさらっと自己紹介を入れるな、俺が名前を言わなきゃいけない雰囲気になっちゃうだろ。そもそもこんな怪しい世界で簡単に名乗る奴は怪しいって相場が決まってんだよ。
「俺は比企谷だ、まぁなんだ、よろしく」
おいおいおいおい俺何簡単に名乗っちゃってんの!? 何かボッチとして超えてはいけない一線を越えてしまった気がする。
ついでに俺も怪しい認定されちゃったまである。グッバイ俺。
「不思議な名前だね、そちらの人は?」
「あ、あぁ俺はナツキスバルだ。スバルって呼んでくれ」
「また会えることを楽しみにしてるよ、スバルに比企谷」
いや確かに本名なのだが、なんだこの違和感。スバル、ラインハルト、パック…比企谷。
異色すぎる。なんかこう、プリンにジェラートにアイスに…卵かけご飯…みたいな。
今度から永久欠神『名も無き神』とでも名乗ろうかしら? 名が無いのに名乗っちゃうのかしら?もう訳分かんねぇな! 少なくとも卵かけご飯よりはマシだろう。
やだ俺の名前って価値低すぎっ!?
緊張が解けたのか、スバルは再度普通に礼を言った。
「おう、またな、助けてくれてマジありがとう!」
「親切ついでにちょっと伝言してくれないか?」
「伝言?」
「あぁ、白いローブで銀髪、なんかモフモフの猫っぽいの連れた女子に『盗品蔵には近づくな』って言ってもらえるか?」
「…会えるか分からないけど承知したよ、じゃあね」
ラインハルトは俺の頼みに一瞬顔を強張らせた。しかしすぐに笑顔を取り戻し別れを言う。
「おい比企谷…今のどういうことだ!?」
「落ち着けよスバル…」
そう言って俺はさっき思いついた仮説をスバルに話した。
俺らは生き返ったのではなく…時間を戻されたのだ。
異世界にしても突拍子のないこの考えはある程度的を射ている。今のところこの考えに対する矛盾はない。強いて言うなら誰がこんなことを仕掛けたか…だが、これは情報が少なすぎる。今考えるべきではないだろう。
「なるほど…タイムリープ…か。確かにそれなら合点がいくな…」
「トリガーはよく分からんけどな」
「俺が死んだら…とかな? んなわけねぇか」
「簡単に確かめる方法ならあるぞ?」
「おいおいさらっと暗殺宣言しないでくださいな。天涯孤独の無一文な俺を殺したところで意味はないぜ?」
「どや顔で言うな、あと天涯孤独は俺の専売特許だ。誰にも譲らん」
「さぁ比企谷! あの家に行くぞ!」
「話聞けって…。はぁ…、今度は暗くなる前に行かねぇと。また斬られるのは死んでもごめんだ」
「いや斬られたら死ぬけどな」
***
草木も眠る丑三つ時…ではないがこの辺りは本当に不気味だ。
幸いにも、ここはさっき俺のホームグラウンド認定してしまったのでさほど怖くない。意味が分からん。ついでに言うとこんな場所ホームグラウンドにしたくない。
「比企谷ー?確かこっちだったよな?」
「あぁそうだな、そこの角を曲がって…」
「イテッ!」
スバルが出合い頭に誰かとぶつかった。
「あらあらごめんなさいね。大丈夫かしら?」
「あぁ基本こいつのせいなんで気にしなくても…ッ!?」
なんだこいつ…。黒服を身に纏った女性は明らかに雰囲気が違った。強いて言うならば数多の戦場を生き抜いてきたような風格だ。
威厳、気迫、殺気、何もかもが桁違い。
「あら? どうしたの? そんなに怖がらなくても何もしないのだけれど?」
「…俺は常日頃から警戒心むき出しだからな、悪く思わないでくれ」
「ふふふ、隠したところで何の意味もないのよ?」
「隠すつもりは毛頭ない。寧ろオープンすぎて俺の周りは常に誰もいないまである」
「面白い子。でもごめんなさいね、もう少しお話ししたいのだけれど時間が惜しいの。
この辺でお暇させていただくわ…いづれにせよ、あなたたちにはまた会う気がする…」
独り言のようなことを言って彼女は去って行った。止めろよ、それ完全にフラグじゃねーか、俺はもう二度と会いたくねぇよ。
「大丈夫か、スバル?」
「あぁ、悪い。しっかし…さっきの美人…」
「そうかもな、あんまり考えたくはねぇが…」
「急いだ方が良さそうだな」
***
前回より相当早い時間に着いた。ひとまず第一目標は達成だ。一応前回の反省を生かして二人で入ることにした。
「ちわーっす」
「あぁ?誰だてめぇら! 冷やかしなら出ていきな!」
「おいおい…入って早速退出願いはねえだろ、俺らは取引に来ただけだ」
「そっちの腐った眼の野郎は大丈夫なのか」
見知らぬ親父にまで腐ってるって言われた。酷い! 親父にも腐ってるって言われたことないのに! 死んでるとはよく言われるが…。
親父の野郎いつも死にそうになって帰ってくるからな、死んでるのどっちだよ。マジ社畜なりたくねぇ。
「こいつのことは大木程度にスルーしといてくれ」
「大木ならスルー出来ねぇよ!」
「まぁまぁ、それは置いとけって。それより…」
スバルが口をつぐむ。その理由はスバルの向こうにいる人物を見てすぐ分かった。金髪の、よう…少女がそこに座っていた。
「フェルト!?」
「ん?なんだよ兄ちゃんら、あんまり金持ってそうにねぇなぁ」
お読みいただきありがとうございました。
「テストとは、時間の流れを忘れさせるものである。」
では次回もよろしくお願いします。