「しっかし、その腐った眼で見られた僕の心情も考えてよ」
いや何かがおかしい。
「下心が見え見えよ」
確かにおかしい。
「まさか比企谷にそんな趣味があったとはなぁ」
絶対おかしい。
あれ? 確か『フェルト』ってやつをとっちめに行くんだよな? んでなんで俺の精神削る会になっちゃってんの? ばかなの? 呑気なの? 少なくとも後者ではあるようだ。
俺はどういうわけかこの銀髪少女の徽章を取り返すのを手伝わされていた。スラム街というところに行くらしいが……これまたどういうわけか俺は嘲笑の対象になっていた。
多少イラッとしたので一応反論しておく。多少ですよ、ええ。
「待て、モフモフがいたらモフモフしたくなるのが人間ってもんだろう」
「私ハーフエルフだから分からないわ」
彼女は少し首をかしげて言った。
うわ、なんだこいつ可愛げねぇな! 『はーふえるふ』とか知らんわ! もういいじゃねえか人間で! 八幡知ってる! そういうの『あげあしとり』って言うんだよ!!
「ハーフってことは人間の血入ってんだろうが…」
「それは分かるぞ! 素敵な毛ナミストとしてモフモフは絶対領域であり、神の領域だ!」
「訳が分からん」「ちょっおま!?」
いや知らねぇよ。なんだよ毛ナミストって。それなんか別の意味になってると思うんです。毛の霧みたいで少し想像したくないから止めてもらえませんかね?
「いいか比企谷!」「ていうか俺お前の名前知らないんだけど」
「比企谷…お前はもうちょっと人の話を聞こうぜ……?」
俺の肩に手を置き、諭すように言った。
スバルって予想通りめんどくさいな。ま、多分俺の方がめんどくさいが。うわ、俺ってめんどくさい!
「そういや自己紹介とかしてなかったな、こちらの美少女はサテラ。んでこっちの腐眼が比企谷だ。そして俺は……」
「比企谷だ、まぁなんだ、よろしく。ていうか二つ名みたいに言わないで、俺そろそろ泣いちゃう」
「エ……サテラよ。よろしく」
何、俺今一瞬引かれたの?
それともあれかしら? 『え…いや仲間とか止めてほしいわ』ってのを飲み込んだのかしら? 若干傷つくんだけど、それ。
泣きそうになる目をなんとか抑えていると、スバルが地団太を踏んで言った。
「ちょっと!! 俺の自己紹介まだ済んでないけど!?」
「あなたは大丈夫よ」「お前は要らん」
「ちょっと待ってお供二人の風当たりがきつすぎるんですけど……。パックーーー!! 慰めてくれーーーー!!」
「あいにく僕もうそろそろ閉店なんだよ」
「おい、なんで俺がお前の連れになってんだ。俺はその他大勢の中でも一人になれる逸材だぞ。つまり、ここでの立ち位置は『スバル』+『お供』+『一人』だ、間違えるな」
「あら、もうそんな時間? おやすみパック、お疲れさま」
「うん、おやすみ。気を付けてよ? そこのバカ二人に振り回されないでね」
「おいこらバカとはなんだ、バカとは! あ! 逃げやがったな!! 今度会ったら覚えてろ――!」
まぁ、なんというかいつも通りというか華麗なスルーを披露していただきました。君たち打ち合わせでもしてんの?
にしても、あの妖精っぽいのはどこに消えたのだろうか。
夢の国に帰ったのかしら? やだあそこ怖い。
なにより、夢の国にネズミがいることが怖い。
ついでに、俺が異世界にいる方が数百倍怖い。
「パックは9時から5時までの契約なの。それ以外の時間はこの宝石の中で休養してるのよ」
なんか普通のサラリーマンかよ。やだ社畜怖い。落ち着け俺! 主夫意識を高く持つんだ!
俺は主夫意識を高く持ち、ふと浮かんだ疑問を口に出した。
「ていうかあいつモフモフ要素以外何かやってたのか?」
「おいおい。見かけで判断するなよ? あいつ俺の命の恩人なんだぜ? こう何というか氷がバーンって!」
「なんでスバルが自慢気なのよ。パックは精霊なの、すごく強力な魔法で私の……簡単に言えばアシストしてくれているのよ」
なるほど分からん。ま、それはここで暮らしているうちになんとか分かるでしょう。やだ! 俺の順応性高すぎっ!?
俺の顔を見て彼女は一層呆れたようだった。
「今はそんなに重要なことでもないけど、あなたたち、この世界のこと知らなさすぎない?」
『異世界から来たもので~』なんて言える訳がない。
言ったところでどうということはない。が、最悪刑務所行もありうるわけだ。『Prison in another world』なるものが始まってしまう。なにそれどこの何とかスクール?
「実は俺……記憶喪失なんだ」
「記憶喪失者がそんなに腐ってるわけないでしょ」
「おい待てそれ外見の話じゃねーか」「全体的によ」
「なぁ、ところで『フェルト』ってのどうやって見つけるんだ?」
ナイスバル!
もうマジ俺泣いちゃうとこだった! 転生したんだけど世間が俺に厳しすぎるってなにそれどこのラノベ。タイトルでオチ分かってんじゃねーか。
そんなありふれた脳内会議を行っている俺の傍らで、二人のリアルコミュニケーションは続く。
「微精霊に聞いてみる」
「微精霊?」
「まだ精霊になる前の存在の事よ。成長していくことでパックみたいな立派な精霊になるの」
そう言うと彼女は小さく何かをつぶやいた。すると、彼女の体を淡く青い光が包み込む。チラチラと点滅しながら漂う小さな光源が何十と彼女に纏っているのだ。
不覚にも見とれてしまうほど妖艶な景色だった。ふと横を見るとスバルもボーっと似たようなアホ面で目の前の光景を眺めていた。
数秒後、光は消え、辺りはまたオレンジ色に染まった。同時に魔法が解けたような様子のスバルはまだ恍惚としながらポツリとつぶやいた。
「……蛍?」
「なにそれ?この子たちが微精霊よ。あっちの方に行ったらしいわ。行きましょう」
「お、おう…」
***
随分と人気のない場所にきた。
あ、なんかホームグラウンドのような気がするのは気のせいかしら? 気のせいであって欲しいとただひたすら願うばかりだ。
そんな呑気な俺の周りは確実に暗く、そして寂しくなっていく。それに不安を抱いたのか、スバルが息をのみながら誰ともなく問いかけた。
「……ほんとにこっちであってるのか?」
「スバル、お前ゲームやってたなら分かるだろ?こういうイベントは人気のない場所で起きるもんなんだよ」
「そういうもんかね……?」
「何の話をしているのかは分からないけど、見て、あの家。大きいし、人が住んでる気配がするわ」
ごくっとスバルが生唾を飲む。
すると、反対側の家の前に座っていた男が話しかけてきた。どうしてこの世界の人間はやたらとコミュニケーション適性値が高いのかしら? 教えて! おじいさん!!
「よぉ兄ちゃんら、あんたら何か買いに来たのか?」
もちろん俺は『ますたー・おぶ・ぼっち』故、沈黙を貫く。これ平仮名表記するとすごく弱そうだね! 事実弱いからね!!
つまり、このイベントを乗り切る人物はスバルを置いて誰がいるだろうか? いやいない(小並感)
潜在的にコミュ力が高そうなスバルは軽く返答した。
「よぉ兄弟。俺らは盗られたもんを取り返しにきただけなんだ」
「そりゃついてねぇな。まぁ頑張りな、その家の爺さん、ロム爺ってんだが、なかなか高値つけてきやがるからな」
「そりゃどうも」
「ははは! 強く生きろよ!」
男が去って行った。そういえばさっきも強く生きろと言われた気がする。俺ってどんだけ弱々しい雑草みたいなのん? 俺なんて存在すら認知されない雑草だぞ! 雑草は否定しないのかよ。
「……だそうだ」
「どうでもいいが、お前コミュ力高いな……」
「ま! その辺はこのゲーマーに任せなって! とりあえず俺が行ってくるわ、比企谷はあんまり交渉得意そうじゃないしな」
「分かったわ」
「比企谷、サテラを頼んだぞ」
「あぁ、気を付けろよ」
「サテラ、比企谷に気をつけろよ」
いや、おい! どういうことだ。そして、そっちの小娘。真に受けんな。……え、いやほんとに真に受けないでもらえます?
「一応言っとくけど、私魔法使えるからね?」
「そんな度胸あったら今頃ここにいないっての……。とにかくだ、マジで気を付けろ。嫌な予感がする。ちなみに俺の嫌な予感はよく当たる、巷で有名なレベルだ」
「おいおい止めろよ、どんどんメンタルがへし折れてってんですけど!? いや、お前が有名ってのは嘘くさいな、安心した」「ほっとけ」
「そんじゃ行ってくるわ、遅くなっても声かけるまで入ってくるんじゃねーぞ?」
「うん、頑張ってね」
「おしっ! やる気出た!」
やってやるとばかりにスバルは意気揚々と中に入っていった。その背中はギィと音を立てて閉まる扉に遮られた。
本当に、嫌な予感はよく当たるんだ……。自らの危機察知能力に忌々しさすら感じる。あいつなら何とかなるだろうと楽観的に述べたところで、その側には気味の悪さがこびりつく。これを不穏と呼ばず何と言えばよいのだろうか。
彼女もそんな不穏さを感じたのか、不思議な話題で会話を始めた。
「ヒキガヤはさ、スバルの事どう思う?」
「そうだな…めんどくさい奴。お人好しで、お節介ってとこか。」
「そうね。……損する生き方」
「それをお前が言うのもどうかと思うけどな。何があったか知らんが、あいつの命の恩人なんだろ」
「別にあれは賊の可能性があったから情報を聞き出すためよ! あなたも人の事言えないわ、だって連れてこられたとはいえ不満一つ言わず私たちに付き合ってくれてるもの」
「むしろ不満しかねーけどな」
「どうかしら……?」
「ッ!?」
気持ち悪さが全身を巡り、身の毛もよだつような悪寒が走った。なんだ、今の……? どうにもこうにもなく、何かが建物の中で起こったに違いない。
感じるが早いか、俺は扉を開けて彼のあとを追おうとしていた。
「ちょ、ちょっと! どこ行くのよ!」
「お前はここにいろ。中の様子がおかしい」
「それなら私も行く。だってあなた魔法も何も使えないじゃない」
「ならせめて俺の後ろにいとけ」
「分かった」
慎重に中を進んでいく。スバルが持って入った明かりが見えない。
……やはり何かあったようだ。
「あらら。二人追加なんてついてないわぁ。私は別に弱いものを殺すのが趣味なのではないのだけれど」
お、おい……嘘だろ……。スバル……!
スバルは仰向けに倒れており、脇腹からは、ひどく濁った液体がとめどなく流れていた。暗闇の中で色までは判断がつかないが、恐らく……赤……なのだろう。
しかし、彼はまだ息があるようで必死に俺らの方へ何かを伝えようとした。
「……に……逃げ、ろ……」
彼が絞り出した声を聞く早いか、俺は……斬られていた。
その切れ味はすさまじく、俺の後ろにいた少女も巻き添えを喰らう。
「おいおい……マジかよ……」
少女とスバルが視界に入った。
ふざけんな……。 こいつらが殺されていい道理……なんて……あるわけがない……。
ふざ……け……んな……。
「おいあんたら変わった服着てるな、旅人か?」
………は?
お読みいただきありがとうございました。
あらら…死に戻りをこの話でしてしまおうと思ったのに…
ちょっと比企谷をいじるのが楽しすぎた、仕方ないね!
だってヒッキーとかマジヒッキーじゃん?
では次回もよろしくお願いします。
※2016/06/17 多少の編集を加えました。