Re:やはり俺の異世界生活は間違っている?   作:サクソウ

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完結させると言ったな、あれは真だ。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……


17.つつがなく、物語は進む。

 ふと気づくと俺はベッドに横たわっていた。いつぶりかの頭痛を伴い、脳は思考を停止する。暗闇の中、繰り返される阿鼻叫喚。たちこめる瘴気。血塗られた壁面。

 

「おっはよー、調子はどう? 元気?」

 

 諸々吹き飛ばすような陽気な声。ありとあらゆる地獄絵図が五感全てに訴えかけてくる。これは、何なのか。……え、陽気?

 とてつもない場違い感を伴っているが、むしろ現状こちらの方が場違いなのだろう。突如訪れた獣人は耳をピクつかせながら様子をうかがっている。

 

「おはようございます……。フェリさん、朝から元気っすね」

 

「君に生気がないだけにゃ。まったく、こんな遅くまでよく眠れるにゃ」

 

 呆れ眼で的確に痛いところをついてくるこの御方、他でもない、フェリックス・アーガイル様である。ってか生気って言いました? 的確な毒舌なんだけどそれ。

 さて、こんな遅くと言われても時間がわからない。はて、といった様子を察したのかフェリさんは時計らしきものを見せてくる。むむ、なるほど、それが分からんっての。

 

「お・ひ・る・ま・え! にゃ! スバルきゅんと付き添いはとっくに買い出しに出てるにゃ」

 

 そろそろ時計の読み方を覚えなければならないようだ。もっとも、覚えずともそれがお昼前を指していることは明確なのだが……。八幡さんすうにがて。

 

「スバルとレムが?」

 

「にゃ。他に誰がいるってんにゃ。ほら、ボサっとしてないで起きるにゃ!!」

 

 そう急き立てられて……訂正、胴体ごと投げ捨てられて、掛け布団から追い出される。それを確認したフェリさんは満足げに鼻をふんとならすと、上品さを漂わせて部屋を出て行った。起こし方に上品さの欠片もないっての……。

 そんなフェリさんに圧倒されてすっかり記憶から消えてしまった何かを思考する。いや待て、そんなことより……スバルってなんだ。どういうことだ。彼がここにいるわけがないのだ。”いてはならない”人物なのだ。

 考えずともその答えは簡単に導ける。―死に戻り、だ。正直、状況はあまりよくない。俺がまったく関与していないところでスバルに死が訪れた。ただ、それに関してはさほど心配しなくてもよいだろう。スバルに話を聞けば解決する話だ。早く帰ってこい、スバル。

 

***

 

「これはもうお手上げっていうしかにゃいかなぁー……」

 

 さいっっっあくである。

 フェリさんは無理だーというようにため息をつき、ベッドに横たわる彼の姿を見る。目は開いてこそいるが……反応はない。

 帰ってきたスバルは正気を失ってしまっていた。

 何があったか、何を見てしまったのか。情報源は皆無であり、状況もまた無に帰している。

 

「スバルに、何があったんだ?」

 

「分かりません……。果物屋の前でふと固まったかと思うと急に……」

 

 気落ちしたレムは弱弱し気に答えた。わかるわけがないのだ、この世界の話ではないのだから。本当にただの気休め、それにも至らない問いかけだった。思考材料が足りなさすぎる。フェリさんやクルシュさんがあれやこれやと議論しているが、答えはでない。

 前回の世界で……何かがあったのだ。スバルがこの屋敷を離れてから……あるものは、なんだ。

 

「ここからエミリ……ロズワール邸までに何がありますか?」

 

「ほとんど何も、だろう。村々はあるもののそれといった施設はない。何かあったか?」

 

「いえ。ではロズワール邸までに、脅威はありますか?」

 

 質問を受けたクルシュさんはピクリと眉を動かした。

 

「……いや。ただ、ロズワール邸付近のことは私には分からない」

 

 少し言葉を濁すような言い方だった。あまり言いたくないようなことなのだろうか。それともクルシュさんなりの配慮なのか。どちらにせよこれ以上踏みこむのは不躾のような気がした。

 

「……ありがとうございます」

 

「よく分からんが、それはともかく、フェリスでどうにもならないのであれば、当家に治癒を施せる者はいない。すまない」

 

「いいえ、こちらこそ寛大な処置に言葉もありません」

 

 レムが丁寧にお辞儀を返す。俺も彼女に倣い礼をする。これだけの処置を施してもらったのだ、情報は得られなくとも、十分すぎる恩を受けた。素直に感謝しかない。

 

***

 

 明け方、フェリさんの提案で一行はロズワール邸に戻ることとなった。その際の契約うんたらかんたらはクルシュさんが取り計らってくれた上、所用で使われる予定だった長距離用竜車も貸してくれるという。本当に敵対陣営なのかと驚くほどの高待遇である。

 さて、すこーしだけ問題があるとすれば、その竜車、御者台が一人用なのだ。少し広めなとはいえ、何とか乗れても二人までである。むろん、スバルはそこに乗らねばならないし、レムしか手綱を握れないので彼女も御者台だ。となると、俺の行動は自動的に、かつオートマチックに決まってくる。

 

「では、ヒキガヤくん、また迎えに来ますから」

 

 まぁ、そういうことである。頑張ってこいよーとばかりにお見送りである。なんてこったい、なにこの異世界のび太。

 などと冗談を言っている場合ではなく、本当にまずい。情報が得られない。ということは、ループが余計に増えてしまう気しかしない。一方で、無理に乗るというのも無理な話。静かに見送るしか取る手がないのだ。さらに気になるのは、前回と今回、俺が同行しないという選択肢をとったにも関わらず、”あの吐き気”は襲ってこない。発動条件がいまいち理解できないのも悩ましいものだ。

 

「ヒッキー、いつまで突っ立ってるにゃ。どんだけ寂しがりやにゃ」

 

「フェリス、そういってやるな。彼にも一つや二つ思うところがあるのだろう。そっとしておいてやれ」

 

「そうは言ってもですね、クルシュ様。教える立場から考えてみてください。あにゃいふにゃふにゃなやつに教えても張り合いというものが」

 

「何勝手に勘違いしてるんですか……」

 

「ほれ見ろ。お前がそのようなことを言うから生気を失ってしまったではないか」

 

「いや今完全に目見ましたよね? 違うから、元々だから」

 

「そーですにゃ。こやつは元々歪んでおりますにゃ」

 

「意味変わってんじゃねーか」

 

 なんなのこいつら。もう敵陣営とか関係なく一発殴ってやろうか。この二人が俺に殴られる図がまったく想像できないのが悔しいものである。めちゃめちゃ強そうだし。

 ってかクルシュさんもノリノリじゃねーか。なにこの人、平塚先生っぽさある。平塚味、あると思います。独身女性というものはかくも強くなるものなのか。

 

「冗談はさておき、だ。卿の処遇を考えねばなるまいな。調理場の小間使いを続けてもらえるというなら有難い。むろん、手伝いとしてもてなすのでもよい。どちらがいい?」

 

 相も変わらず、クルシュさんは寛大な処置をしてくれる。……あれ、選択肢なくね?

 

***

 

 さてさて、夜も更けたところでフェリさんの魔法講座、第二弾!である。実際は昨日の続きのようなもので、結局は実践あるのみだという。割とこき使われた体にはなかなかくるものがある。だが、ここで生きなければどうにもならないのだ。少しでも、少しでも、戦力を上げておく必要がある。

 

「ほらほらー精度落ちてきてるにゃ、より正確に、より素早く、より清らかに!」

 

 彼は、さながら鬼コーチのようにノリノリである。俺も何とかこの苦行についていかんと体に力を込める。しかし、不思議なことにまだそこまで回数をこなしていないのに俺の体は音を上げていた。無理やりねじ込まれた何かに拒絶反応を起こしているみたいだ。

 

「んー、練度は上がってきているのに、にゃーぜか適性が下がってきてるにゃ。そんなことあるわけにゃいんだけど」

 

「適性が下がってる?」

 

「フェリちゃんもよく分かんないんだけど、ゲートの状態云々というよりそもそもゲートが……」

 

 なんだろう、まずいのだろうか。まずいのか。まずいんだよねその雰囲気!?

 まったく嬉しくもないドギマギを体験しつつ、フェリさんの様子をうかがう。彼は顎に手を当てて何やら神妙な様子で考え込んでいた。十数秒後、うんっと頷くと結論を出した。

 

「ま、問題はにゃいし、続行するにゃ!」

 

「いいのかそれで……」

 

「最悪壊れるのは君だけだしねー、フェリちゃんにゃー関係にゃい!」

 

 うおいっ! この人、人としてどうなの。正確に言えば人ではないのだろうが……。

 

「ところでにゃ、フェリちゃん、近々少し忙しくなるのにゃ。だから、とりあえず今日で一区切りにゃ」

 

「へぇ、忙しく、っすか」

 

 前回の時もこういうことを言われた。なんやらがどうとか何とか……。大して興味もなかったので深くは問い詰めなかったが、確かその時も言葉を濁して……。

 

「ちょっと待て!! それ! 何するんだ!?」

 

「え、にゃに、どしたの急に」

 

 あまりにも鬼気迫る勢いで聞いてしまったため、少し引き気味のフェリさん。だが構ってはいられない。スバルがループに陥った原因かもしれないのだ。少しの情報源でも今はありがたかった。

 

「頼む、教えてほしい」

 

「にゃー……。確かに、フェリちゃんは個人的にヒッキーのことは気に入っているつもりにゃ。ただ、それとこれとは話は別。クルシュ様の沽券に関わる問題なのにゃ」

 

「クルシュさんの……沽券?」

 

「口は禍の元。おしゃべりはこのくらいにするにゃ」

 

 そう言ってフェリさんは再び教官モードに戻ろうとしていた。しかし、こちらとておいそれと引き下がるわけにはいかない。何としてでも情報をつかんでおかなければならないのだ。それが、彼女との間に交わした『契約』だ。

 姿勢を正し、フェリさんに向かって深々と頭を下げた。

 

「お願い、します。どうしても、知らなくてはいけないんです」

 

「もう。ダメなものはダメにゃの」

 

 どうにもフェリさんは首を縦にふらない。やはりクルシュさんのこととなると、彼は一味も二味も強い確固たる意志をもつ。しかし、分かったことはある。『沽券』ということから、おそらく王選絡み、しかもクルシュ陣営にとってそこそこ大きな切り札なのだろう。だが、こちらには現在切れるカードはない。手詰まりだ。

 

「……分かったよ。興奮して悪かった。続きを頼む」

 

「まったく……。君のそういう察しのいいとこは嫌いじゃないよ。お互い、言えないこともあるにゃ。よし、じゃあ続けよっか」

 

 この後、鬼教官と化したフェリさんの特訓は深夜と限界を軽く超えるに至った。

 

***

 

 翌日、きちんと目は覚めたもののどうにも体が言うことをきかない。ピキピキと音がなりそうなほど、動かすたびに鋭い痛みが走る。昨日の特訓は少しやりすぎたようだ。まぁ、今夜からはできないという話なので有難いといえば有難いのだが。

 そんなこんなで料理長サントルさんに休暇をいただき、リハビリとして王都をめぐることにした。ぶっちゃけた話、ただの情報収集だ。昨日の会話から何となくであるが、筋は見えてきた。それを結わいて確かな紡糸にしなければならない。

 

「あ? お前さんまた来たのか、って今日は一人か」

 

 さてさて情報屋、もとい果物屋のおじさまである。おじさまって雰囲気でもないけどね、この人。兄貴とでも呼んだ方がまだ違和感は少ない。

 

「まぁ、今日は世間話ってところだ。王選が始まったみたいでどうも活気づいてるしな」

 

「町は盛んでも店先は閑古鳥ってな……余計なお世話だこの野郎」

 

 いや知らねーよ。どういう流れだ。

 

「あんまり売れてないみたいだが、確かに人は多いな。この辺には魔物とかそーゆーのっていないのか?」

 

「バカいえ、魔獣なんぞ街中にうろついてみろ。店ごと売らにゃーならんくなる」

 

「いやそういう話してんじゃねーよ。王都周囲の話だ」

 

「そりゃお前、いねぇとこに作るもんだからな、街ってのは。この辺りで凶悪なのはほとんど聞いたことがねえ」

 

「ほとんど?」

 

「まぁいないことはないって話だ。なんでも商人の間では結構有名で、時々現れては商隊丸ごと消しちまうってな。都市伝説レベルの眉唾物だがな、実際遭遇したってやつを俺は見たことがねぇ。名前は、白……なんつったかな。白いなんかだったはず……白兎?」

 

 そりゃただの獣だ。この男の雑さには呆れたものである。だが、ビンゴだ。

 昨日の反応から得たキーワード。それは、脅威、沽券、王選。クルシュさんとフェリさんの言葉が繋がってることが大前提であるが、それらからある程度の推測はできる。

 王選のカードとしての脅威の排除、または撃退。そりゃ仮にも敵陣営にこのことは話せまい。これでフェリさんの反応にもひとまずの納得はいく。裏付けはまだまだ足りないが、警戒に足る情報だろう。都市伝説でないことを願うばかりだ。

 しかし、白……ね。それだけだと図書館で探そうにもどうにも説明できない。まいったな。『魔獣大百科!これで君も魔獣博士!』とかねーかな。どう考えても淡すぎる期待である。

 

「雲は……白くて大きいな」

 

「お、それだ! 白鯨だ! なんだお前知ってたのか」

 

 ……偶然って怖い。ここまで偶然でやってきたようなものだし今更感はあるが。兎にも角にもこれで情報は揃った。あとは精査と対策、裏確認。……『白鯨』、か。ここがロズワール邸なら、ベアトリス大百科にgoogle検索できただろうに。ベアトリスにgoogle検索ってなんだよ。

 残念ながらベア先生はいないわけで、地道に図書館で調べるしかない。とはいえ、司書なら大方知っているだろうから苦労はあまり変わらない気がする。千里の道もショートカット。便利なものは有効活用していこう。

 

「あーちょっと用事思い出したわ。じゃあな、ありがとさん」

 

「おい待て! せめて買っていけ!!」

 

 後ろから聞こえる売り文句には耳を貸さない。お金置いてきたし、リンガもらったし。

 目指すのは図書館だ。にしても、王都という割には図書館らしきものが見当たらない。はて、そういう世界線なのだろうか。この人口あって図書館あらず、か。思えば千葉駅周辺、もっと言うなれば渋谷周辺に図書館があろうものなら違和感のオンパレードである。渋谷で図書館デートですか、ないわー。(他意を含む)

 さてさて、そう結論付け本屋に乗り込んだものの、本屋にその手の本が置いてあるわけがない。わずかな希望を失いつつ、次の本屋を目指そうと舵を切ったところで、声をかけられたような気がした。無視する。しかし声の主は構わずこちらに歩み寄ってきた。

 

「うちの呼びかけに応えんとは、なかなかいけずやなぁ」

 

 王選立候補者の一人、アナスタシア・ホーシン。厄介を3Dプリントしたような候補者の中でも他とは違った異彩を放つ人物だ。その深緑の目の奥に何があるかなど知りたくもない。その圧力だけなら、正直クルシュさんをも上回るのではないだろうか。

 

「アナスタシア様、失礼いたしました。あまり耳の聞こえが良くないもので」

 

「うちを見くびってもらっては困るよ。君とうちの仲やないの、表層での関わりやのうて腹割って話そうや。堅苦しいのは好かんしね」

 

 誰と誰との仲ですか。ほぼ初対面じゃねーか。彼女は強制的に何らかの交渉に持ち込もうとしている。しかも、向こうは腹を割る気なんざ更々ないであろうことは容易にわかる。なんちゅーたちの悪さ。もはやヤクザだろこれ。

 

「さっそくのお誘いですが、こちらも暇じゃないんすよ」

 

 そうやって距離を置いてその場を何とか離れようとした。しかし、アナスタシアはにこっと笑ってその行く手を遮る。

 

「……探し物、やろ? うちに任せ―な、街で何か探すんならうちを置いて他におらんちゅーのはヒキガヤ君もよう知っとるやろ」

 

 名前、知られてたんですね。どこで仕入れたのほんとに。

 

「いや意味わかんないんですけど。別に探し物なんてないっすよ、ただリハビリついで街をほっつき回ってるだけの浮浪者です」

 

「見くびってもろたら困る言うたやろ。そんだけキョロキョロお店の中を覗き込んでたらいやでも何か探してる思うやん?」

 

 見られてたのか……。とんだ失態である。いや、そんな脅威備えられるかいっての。しかし、探し物といえばこの人、というのはどういうことなのだろうか。探偵か何か? ダテメガネかけちゃうの? 見た目は子供頭脳は大人とか言っちゃうの?

 

「うちはホーシン商会取りまとめ役なんよ。名は結構通っとる思っとったけど、うちもまだまだやなぁ。あ、ちょうどいいところに食事処があるやないの。お昼、まだやろ? うちらもやからちょっと付き合うてな」

 

「わーい、ごはんだごはんだ!」

 

 巻き込まれ案件。昼飯がまだなのもお見通しですかそうですか。完全に逃げ場を失い、彼女と対談せざるを得なくなってしまった。まぁ、ネコミミちびっ子がピョンピョン喜んでるのでよしとしますか……。

 

***

 

「カララギも負けてはおらんけど、ルグニカの食事はなかなか味わい深いものやねぇ。特にこの調味料なんて、うちで売ってもよう売れるんよ」

 

「はぁ、そうっすね」

 

 いきなり本題に入るつもりはないらしい。俺としてはさっさとトンズラしたいので直入していただきたいものなのだが。何とも言い難い雰囲気の中、目の前に置かれたパスタらしきものを胃に流し込む。

 

「つれへんなぁ。女の子にそない冷たくしとったらモテへんよ」

 

 余計なお世話である。

 

「そちらこそこんな大衆食堂なんかに来たらモテて仕方ないんじゃないですか」

 

「面白いこと言いはるなぁ。モテるのは財産だけで十分や」

 

 面白いこと、ね。こちらは非常に面白くない。なんたって候補者がこんなところにいて騒ぎにならないわけがないのだ。

 

「ふーん、ボーっとしとるだけでもないみたいやね。察しが良いのは悪いことやないよ。ただ、自分の身に合う程度やないとなぁ」

 

 のんびりと言う彼女からはピリピリとした気配が感じられた。この場で何かアクションを仕掛けるほど不用心ではないはずだ。圧か、脅しか。いずれにしてもこちらの精神に揺さぶりをかけるには十分すぎる威圧感だった。

 逃げ出したいのは山々であるが、逃げ出すほど危機が迫っているわけでもない。おとなしく交渉に乗るのが吉というものだろう。

 

「なんならこの半生、人を見ることしかしてないですから。言うなら、神様からの賜い物、身に余るもんっすよ」

 

 そりゃ、俺だってそこそこ人と関わる人生を夢見てた時期もありましたよ、ええ。あれ? 賜い物っておかしくね。ただの呪いじゃね、これ。

 

「知ってますか? 太陽を欲し、近づきすぎた故にロウで固めた翼をもがれて地に落とされる愚か者の話」

 

「その愚か者と違って、君は身をわきまえてるってことでええんかな。うちに挑戦かけるのはまだまだ早いよ、なー? ミミ」

 

「お嬢に挑むならミミをやっつけてからだよ! さーかかってこい!」

 

 挑戦という言葉を文字通り受け取ったミミっ子は、やるぞとばかりに気合たっぷりだ。どうにもこの子にも勝てる気がしない。異世界ってのは本当に恐ろしいものだ。

 

「勘弁してください、んなつもり毛頭ないっすよ」

 

「そうやねー、そこが君の長所でもあり、短所でもある。多少の無茶もしな得られんものもある。リスクが怖くて商界を生き抜こうなんて甘すぎる考えや」

 

「いや何さらっと商人の道に引き込もうとしてんすか」

 

「バレてもうたか。あはは。でもな、うちらの世界の話だけでのうて、君は少し慎重がすぎるような気がするんや。大切なもの、見つかったんやろ?」

 

 この人は果たしてどこまで知っているのだろうか。もはや個人情報の域である。完全にプライベート情報である。珍しくこちらが若干引き気味に彼女を見た。

 

「あ、いやなぁ、別に監視しとったわけちゃうで? 堪忍な。ただ、あの場にいた時と少し雰囲気が違うくなっとるからすぐ分かるんよ」

 

「さいですか……」

 

「何をなすべきか、決まっとるのに。お互い、欲しいのは情報や。失うものなんてありゃせんよ。ヒキガヤ君の探し物はなんや?」

 

 彼女が浮かべる笑みには不思議な魔力を帯びていた。やはり底が知れない人だと改めて認識する。相手は相手なりにこちらに土俵を合わせ、それでいて無理やり向こうの土俵に引き込もうという思惑だろう。恐ろしいものである。

 

「名前を聞くときはまず己からって相場が決まってんですよ」

 

「ほんとにいけずやなぁ。それともうちが本当に君の欲しいものを持ってるか疑うてはるんか。それについては心配いらへんよ、ちゃーんと知っとる。……魔獣の本なんてあそこにしかあらへん」

 

「……本当に情報が欲しいんですかね、どこまで知ってんだ……」

 

「誉め言葉やなぁ。ま、単なる当てずっぽうやから誇れるもんやないけどね」

 

「発破かよ。そこまで的確ならもはや予知じゃないすか」

 

「いいやぁ、うちとて未来は分からん。だから欲しいんや、確かな情報が。君もそうやろ?」

 

「はは……参りました」

 

 素直に負けを認めざるを得ない。彼女は本物の化け物だ。まだ抗える余地はなくもないのだが、どこを進んでもどう選択しても待っているのは敗北でしかない。将棋の世界では中盤、早けりゃ序盤で投了ということがしばしば起こるらしい。俺も同じ、ここで投了だ。

 

「よう言うたよ。さて、うちが欲しいのは、たった一つ。ヒキガヤ君が調べようとしている魔獣について、や。何を調べとるん?」

 

 これは、答えられる質問なのだろうか。ここでそれを話すことは、どこまでの介入を許してしまうのだろうか。

 ……いや、選択肢はない。負けを認めた以上、はっきりと決まった上下関係は、”答えること”ではなく”話さなければならないこと”であることを示している。

 

「……『白鯨』です」

 

「なるほど、『白鯨』か。あれにはうちらも被害を受けてるけどなぁ。ヒキガヤ君、それを調べてどないするつもりなん?」

 

「ただの興味本位っすよ。あまりこの世界に詳しくないもんで、一般教養ってやつです」

 

「君ってほんま、面白い人やなぁ。君みたいに策を講じて相手に負けんとする姿勢、そういうのをぜーんぶうちの策で看破するのがめっちゃ好きやねん」

 

「性格最悪じゃないですか……」

 

「欲しいもんは手に入れる、それがアナスタシア・ホーシンたるものや」

 

 にっと笑って彼女はこっちをまっすぐ見据えると、ミミっ子の分の食器も軽くまとめ立ち上がった。

 

「しかしまぁ、今日はこれでおいとまさせてもらおうかな。これが君が欲しいもんが置いてある本屋とその位置や。ありがとうな、また会えるのを楽しみにしてるよ」

 

 そう言って彼女はメモ用紙を残すと、ミミっ子を連れて店を出て行った。同時に、店内にいた十人弱の客も立ちあがり彼女のあとを追う。ほれ見たことか。最初っから逃げ切るルートなんて残されちゃいなかった。どこまで読んでいたのだろうか。恐ろしいまでの彼女の威圧に今更ながらブルっと震える。

 あれが、王候補。最たる威厳に何者をも看破する知略をもつ存在。”王”選とはよく言ったものだ。国の王どころか生物の王を決める闘いじゃねーか。

 さて、そうまでして手に入れた貴重な情報をこれ以上無下にはできない。俺は数分前出て行った彼女と同様、店を出て目的地を目指した。何とか店は見つかり、亭主と多少の問答はあったものの、やっとのことで目当ての本を手に入れた。

 とはいえ、あまり遅くなるといけない。まずクルシュ邸に戻ることを優先し、料理長の手伝いをこなし、魔法特訓がないこの時間。ここまで引き延ばしたんだ、大層有益なんだろうなこの本は。

 かじった程度の異世界文字を読み進め、ようやく目的のページにたどり着いた。

 

『白鯨―別名《霧隠れの悪夢》。その名が冠する通り、透き通るほど白い体表であると伝えられている。霧に住まう魔獣として知られており、大樹をも凌駕するその巨体は常に霧に包まれている。発現は400年ほど前と言われているが、かつて霧に触れたものはなく、いまだに未知である。接触を試みた人物は数多いたものの、実際に接触したものはいない。それもまた彼の魔獣が有する謎である。加えて、咆哮には強い魔力が込められており、聞くものおおよその精神を犯す。……』

 

 霧……。この文面、少し違和感がある。誰もこの鯨の霧に触れたことがない? そんなことがあるのだろうか。『触れようとして帰ってきたものはいない』なら分かる、そして恐らくこの著者もその違和感は覚えたのだろう。何とも歯切れの悪い解説だ。

 当たり前だが、その程度の情報しか載っていなかった。そりゃそうだ、弱点はここですよーなんて書いてあれば誰も苦労しない。ここまでやってなんだが、白鯨のことは気に留めておく程度がいいのかもしれない。

 少し早いが眠りにつこう。どうも……なん……か……眠気………。

 

 繰り返される阿鼻叫喚。たちこめる瘴気。血塗られた壁面。煤けた肌を外気が舐める。狂気が渦巻く世界で、吹雪の中、倒壊する館を眺める。全身の感覚が、一秒、また一秒と失われていく。最後に残った耳元で、誰かがポツリと囁いた。

 

―もう、用済み。

 




お読みいただきありがとうございました。

この文を書くのもいつぶりでしょうか。お久しぶりです!
……とはいえ、今投稿して読んでいただけているのかすごい疑問ですね笑
大変お待たせして本当に申し訳ございません。数人でも読んでいただけると信じております。
さて、大学生活にようやく少し余裕が出てきまして、これからあまり早くはないですが、比企谷の物語をきちんと完結まで描き切りたいと思います。
原作(俺ガイル)に先越されちゃったぜ、あちゃー。
実家に積読してあるのを消費しなければなりませんね。お前ら絶対ネタバレすんなよ!!! 絶対だかんな!!! 約束だかんな!!! 橋本かーん(殴

では次回もよろしくお願いします。(よろしくネ)

※あ、白鯨の記述は良い資料が無かったので自作です。矛盾はないようにしているつもりですが、別段触れないであげてください。

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