Re:やはり俺の異世界生活は間違っている?   作:サクソウ

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15.されども、簡単に失ってしまうものもある。

「エミリアたん……そろそろ、これ放していい……?」

 

「首都にいる間はぜっっったいダメ!!」

 

 まだ続いてたのか……。呆れ眼で前方を見る。竜車でのスバルのおふざけに懲りたエミリアは二度と放すまいとばかりに手を握っていた。

 スバルはまだ恥じらいが残っているのか、先ほどから結構しつこく手をほどいてもらえるよう説得している。そろそろ諦めてその幸せを握りしめていればいいものを……。くっそ、なんだか無性に腹が立ってきた。

 

 とまぁ、そんないかにも冴えない男子高校生らしい嫉妬心は置いておいて、そろそろ目的地についてもいい頃だ。この辺りは見覚えがある。

 そんな俺の思考を読んだかのように、中高年の男が話しかけてきた。

 

「おいおい、あんまり店先でイチャイチャするもんじゃねーぞ」

 

「おっ、なんか久しぶりって感じだな! 俺のこと待ちわびていたんじゃねーの?」

 

「久しぶり? バカ言え、まだ一週間ぐらいだろうが。ま、少なくとも無一文じゃない奴は大歓迎だがな」

 

 相も変わらずスバルはすらすらと言葉を紡ぐ。コミュ力が高いのはどこ行っても健在だな。こいつほんとにヒキニートしていたのだろうか……。ふとそんな疑問が浮かんだ。

 少し感心している俺の横で、『約束』のリンガが受け渡しされていた。スバルはポケットから小銭を出す、もちろん、ギザ十ではない。

 その時、果物屋の目がこちらに向いたので、一応軽く会釈をした。

 

「お、お前もこいつの感覚で言うと久しぶりってことになんのか? 元気そうで何より……だ?」

 

「いやなんで疑問形なんだよ」

 

 思わず突っ込んでしまった。

 男はガハハと笑いながら、返答する。

 

「悪い悪い。どうもお前さんの目に生気が宿ってないもんでな。確かに、目の前でこんな奴らにイチャイチャされりゃたまんねーわな。お前さんにもいつかきっと多分良い相手が見つかるさ!」

 

 ねえねえお兄さん!! なんでそんなに確立低いの!?

 ていうか俺そこまで酷い目してましたかね……? 自覚がないってほんとに怖いわねぇ……。

 

「さて、んじゃ俺らはもう行くわ。また世話になるぜ!」

 

「チンピラ共がその辺うろちょろしてるっぽいから気ぃ付けろよ!」

 

「おう、あんがとな!」

 

 スバルが区切りをつけて、俺らはその場から離れた。チンピラというのは路地裏での三人組のことだろうか。うん、あいつらも懐かしいな、絶対会いたくねえけど。

 ところで、この二人はまだ帰るつもりはないらしい。なるほど、でも俺はそろそろ帰りたい。さっきの果物屋が言っていた通り、この景色を見るのもいい加減うんざりしてきたのだ。い、いや、べべ別に羨ましいとかじゃねーよ?

 

「悪い、俺は先に戻っててもいいか?」

 

「ん? ラインハルトに会わねえの?」

 

 それが第二の目的というわけか。悩ましいところだな。しかし、今提案した際、あの吐き気を催す現象は起こっていないわけだから、ここでスバルについて行く必要はない。俺の推測が正しければ……だが。

 まぁ、俺がついていったところで、結局スバルに丸投げしてしまう未来が容易に想像できるのでここは退いておこう。

 

「会いたくないわけじゃないが、そんな高貴な場所に俺が行くのはお門違いだからな。礼は街でフラっと出会ったときにでもしておく」

 

「んーまぁそうか。分かった、んじゃまた後でな」

 

「気を付けてね、ここって結構変な人多いから」

 

 スバルさん、自分で言ってなんだけど、何納得してるんですか。

 エミリアの忠告は嬉しいのだが、変な人ってなんだ。エミリアの言う変な人とはどのラインだ。忠告は警戒心を高めるものであるべきなのに、彼女の言葉は俺を悩ませ、むしろ周りに注意が行かないようになってしまった。

 

 そのせいか、はたまた俺はもともと方向音痴だったのか定かではないが、異世界に来てから二度目の迷子である。解せぬ。

 さーてどうしたものかと辺りを見渡していると、何やらすごく目を引くものがある。そこそこ背の高い異世界人と比較しても頭一つ出るほどの巨体。俺が出会ったのはただ一人だ。

 俺が声を掛けようとする前に、あちらは俺に気づいたらしく、声を掛けてきた。

 

「おう、お前さんも来てたのか」

 

「ロムさん、相変わらず目立ちますね……」

 

 俺がばったり出くわしたのは、屋敷での一週間の前、盗品蔵で出会ったロムさんだ。

 いや待て、ロムさんってなんかおかしくないか? いや間違ってないと思うけど……そこんとこどうなの? ロムさん?

 

「そう呼ばれるのはなんかむず痒いな、ロム爺とでも呼んでくれ。それはさておき、お前さんこんなところで何してる?」

 

「俺はただ道に迷ってるだけですけど……ロズワール公爵が泊まってそうな場所知ってますか?」

 

「ロズワール? さぁ……? だが、あっちの方にそんな感じの別荘みたいなのがあったぞ。そこの路地を曲がってすぐだ」

 

「ども」

 

「じゃあ今度はわしが。フェルトの奴、どこに行ったか知らんか?」

 

「フェルト?」

 

「あの小娘じゃよ。お前さんたちとドンパチやってから『剣聖』に連れてかれたらしんだな」

 

 はて……? 俺は目が覚めたらもうお布団の中でしたからそんなこと全く知らなかった。というかあの兄さん、ロリコンなの? マジか。

 無意識に首をかしげるとロム爺は察したらしく、言葉を続けた。

 

「まぁ知らないのも無理はない。んじゃまたな、迷子にはなるもんじゃねーぞ」

 

「はぁ……」

 

 別に好きでなってる訳じゃないですけどね……。フェルトが行方不明というのは気になるところだが、とりあえず彼がくれた情報を頼りに宿に戻ることを優先しよう。

 さすがはロム爺と言ったところか、彼の言った通り路地を曲がると屋敷があり、そこは俺らが滞在している場所だった。改めてみると宿というかほんとに別荘だな……。というか軽く俺の家より広いしな……。

 スケールの大きさに驚きながら、俺は門を通って玄関口へと向かった。

 すると俺が扉を開く前に、すっと勝手に開いたので、すこし驚く。

 

「スバルく……あ、ヒキガヤ君ですか」

 

 え、何、俺今がっかりされた……? 帰ってきて早々彼女から傷つけられることになるとは思わなかった。この子ナチュラルドSの才能ある。

 俺は少し肩をすくめているレムに、とりあえず声を掛けた。

 

「スバルじゃなくて悪かったな、あと、そこどいて欲しいんだが……」

 

「あっいえ、そういう意味では……ごめんなさい。そうではなく、スバル君にもしものことがないとも限りませんから……」

 

 彼女の顔を心配という名の不安がよぎった。

 俺は思わず目を逸らし、レムの横をそっと通り抜けて、自分に割り当てられた部屋へと向かった。

 

 ベッドに横たわり、俺はふと手を伸ばし考える。

 何が、彼を、彼女を、そこまで沸き立てるのだろうか。少し前まで分かっていたつもりだった。まがいなりにも理解しようとしていたはずだった。手が届きそうだった。

 だが結局、分からない。求めるものはいつだって手中をかいくぐり、暗闇の中で見え隠れする。光っては消え、消えては光り、手を伸ばせばまた残るのはただの沈黙だけ。

 そうして、また原点へと誘われる。なぜ自分はここにいるのだ、と。

 

 いくらか時間がたったころ、トントンという軽いノック音と共に入ってきたのはエミリアだった。

 

***

 

 あくる朝、さてどうしたものか。珍しく昨晩俺の部屋にやってきたエミリアと、ロズワールに連れられて俺は屋敷を出た。

 昨夜、スバルとエミリアの壮絶な説得合戦があったのは記憶に新しい。王都に来る時と全く同じ、まさにデジャヴを見ている気分だった。スバルが連れてけと言い、エミリアが大人しくしとけと言う。結局、今回はエミリアの健気な上目遣いに軍配が上がった。

 ま、確かに、あんな顔で『信じさせて』と言われて図々しく粘る醜男はいまい。それでスバルはようやく矛を収めたのだが……その後、俺は彼女に強制招集を喰らった。

 『お願いだからついてきて』……か。あの時の彼女は俺を見てはいなかった。俺をそんな場違いなとこへ連れていく理由、語るまでもない。スバルのためだ。彼女が口にすることはなかったが、恐らく彼は何としてでも乗り込んでくるだろう。

 はぁ……。とんだとばっちりだ。俺にあいつをどうしろってんだ、このお嬢様は……。

 

「ん? どうしたの?」

 

 竜車の中、隣に腰かけていたエミリアが問う。

 

「なんでもねえよ。それよか、俺はどういう扱いになるんだ? どっかに縄で繋がれるのか?」

 

「それでもいいかもねぇえ」

 

 おいおい、マジかよ……。のんびりと答えたロズワールを訝しげな目で見る。冗談で言ったこっちにも非があるが、ペット扱いはマジで泣くぞ。

 

「君は一応エミリア様の使用人代表ってぇ扱いになるのかぁな。使用人は、主人の権威を表す最たるもの。しっかりしてないと彼女の沽券に関わるからねぇえ、よろしくね」

 

「そんな重責負わせんなよ……。そもそも今日は何の集会だ」

 

「集会なんて生ぬるいものじゃないわ。宣戦布告よ」

 

 また物騒な言葉が出てきた。誰に布告するのか、という問いはなんとなく前に聞いた単語でかき消される。

 ―王選。

 読んで字のごとく、それはこの国の王を決める一大イベント。正確に言えば、女王を決めるものらしいが、細かいことはレムに聞きそびれていた。

 

「穏やかじゃないな……」

 

 堅苦しくそびえた城の前で、竜車は止まる。

 

***

 

 あー……っと……。早速、こりゃあまずい、まずすぎる。

 この毅然とした輝かしい城にしては不穏な空気があまりにも充満しすぎていた。それもそのはず、『王選』という巨大な闘技場の上ではその輝きさえ土にまみれ、泥臭くなってしまうものであるからだ。

 候補者はそれぞれの信念……いや、信条を貫き通す。それが違えぬ平行線ならこんな闘いなど起こりようもない。中途半端に思惑が混じり合い、真っ向から差し違えることのないそれらに形式じみた対談が成立できるだろうか。もちろん、出来るわけがない。

 

 彼がここにやってきたのは、まぁ想像の範囲内だ。目が合ったとき『殺してやる』とでもいうように睨みつけられたのも含め……。

 ただ、この環境が彼に合わなさすぎた。

 プリシラ嬢のエミリアや5人目の候補者として登場したフェルトに対する態度……。賢人会と呼ばれる老輩のエミリアに対する態度……。エミリアに対する周りの視線……。

 つまりは、一方的にエミリアが糾弾されていると捉えて特に問題はないだろう。というか恐らくスバルはそうとしか捉えていない。時間を重ねるごとに、彼の不満が増幅しているのは火を見るよりも明らかだ。

 いつ彼の爆弾が着火するか分からない。というかもうすでに着火はされているのかもしれない。

 

 あー……。やだなぁ……。マジでスバル耐えてくんねーかな……。ていうか耐えろ。ここに来た時点でエミリアの拘束力が意味を成すかは疑わしい。極端な話、スバルが一発やらかすと、俺が止めに入るか、大勢いる騎士に囲まれ首チョンパの二択しかないのだ。いや待て、俺が止められる可能性は薄いから実質二人仲良く首チョンパしかないな。

 そんな胃が痛くなるようなことを考えている俺の前で、ギスギスとした儀式は進められている。エミリアの宣言の後、誰ともなく会場がざわついた。

 

「銀髪ハーフエルフである半魔を祀り上げようなど愚の骨頂! おのれの身分を弁えぬ愚か者め」

 

 場の雰囲気に急き立てられるように、エミリアを蔑むことを前提としたロズワールをも貶める言葉が賢人会の一人から放たれる。

 ほんの一瞬だけ、空気が凍ったような気がした。いや、実際凍り付いたのかもしれない。冷え冷えとした大広間が、暖を求めるように彼の気持ちを揺さぶった。彼に薪をくべた。

 そして、とうとう……。

 

「ふざけんじゃねえええぇぇぇ!!」

 

 だだっ広い空間にスバルの言葉が響き渡った。

 




お読みいただきありがとうございました。

……半年かかった割になんかしょぼい。
はいすいませんでしたサボってました!
どうも最近やることがほんとに多くて(言い訳)考えがまとまらずタイプが全く進まなかったんです(言い訳)
さて、前回言いました通り、この話をもって長期休載とさせていただきます。といっても、(問題なく受かれば)あと半年ちょっとで投稿できるので長期でもないかなぁって感じですね。
とりあえず完結はさせるよ!

では次回もよろしくお願いします。

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