Re:やはり俺の異世界生活は間違っている?   作:サクソウ

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第三章
14.概して、王都は明るく振る舞う。


 朝は良い。特にこの季節の朝なんかは快適な温度・湿度にくわえ、素晴らしいまでの陽気を放つ太陽。普通なら学校という謎の集団生活を強要される場所に行かなくてはならないのだが、どういうわけか行かなくてもいいときた。なんと素晴らしいことか。

 加えて、大抵トラブルを引き込んでくるスバルは最近恒例のラジオ体操ならぬスバル体操に身を入れているため、今は留守だ。ちなみに割と人気らしい(本人談)。なんでも、一回行くごとにスタンプが一個貰えて、何個か集めるとどうたらこうたら……。詰まるところ、スバルは上手く子供たちの心をつかんでいると言える。

 昔、小町とラジオ体操行ったっけなぁ……。朝が苦手な小町はそれはそれはご機嫌斜めなご様子でした。今も割と苦手な感じはするが、朝食の用意とかもしてくれているのである程度克服はしたのだろう。うん、小町ちゃん偉い偉い。

 

「何をニヤニヤしているのですか。気持ち悪いです、いや気持ち悪いです」

 

 横から鋭い刃を投げかけてくるのは、二次元もびっくりなメイドさん、レム様である。罵倒しつつもこちらには全く目もくれず、接客の準備にいそしんでいる。

 昨夜、ロズワールに大事な客が来るからと言われて、色々やらされているのだ。普段の作業ですでに手一杯なのに加え、この特別イベントと来た。控えめに言って、現在は非常に忙しい。くっそ……よく考えたらスバルも手伝うべきじゃないの? 逃げたとは言わんが……いややっぱ逃げたなあいつ。

 

「最後の一言は要らないですよね……。ところで、一体誰の接客するんだ?」

 

「レムごときが口に出来るような方ではありません。それより手を動かしなさい、手を」

 

 その忙しい時に罵詈雑言を浴びせてきたのはどこのどちら様でしょうか。

 軽くため息をつき、作業に戻る。ロズワール邸に来て、あの一週間を乗り越えてから早数日。なんだかんだ言って実質的に俺がこの屋敷に仕える日数は、二週間を超えているのではないかと思う。さすがにそこまでしていたら、最初は手間取っていたことも今や非常にスムーズにこなせている方だ。

 そして、なんとか接客の準備が整った。一息つきたいところだが、これから日常的な仕事が待っている。ふぁ!? 俺っていつの間にか立派な社畜になってる!?

 ぐーっと伸びをすると手がお盆にぶつかり、ぐわーんと音を立てて落ちた。お、なんだこの擬音語頭悪そう。今度小町に使ってやろう。

 

「今お客様がお見えになっているので、静かにしてください」

 

「悪い」

 

 内心でもごめんと謝りながら、お盆を拾った。ていうかもうお客様来てるのね、準備が間に合ってよかった。

 窓の外を見ると、なるほど、確かに牛車…いや竜車がとまっていた。風格があって素晴らしいですね、我が日本でも取り入れるべきだと思います!

 

「そんなに偉い奴なのか?」

 

「ヒキガヤ君は死にたいんですか? あのような方に『奴』など……。殺されますよ、いえレムが直々にここでヤってしまいましょうか」

 

「なんか俺に対しての当たりが強くないか……?」

 

 レムの気迫に押されて少し後ずさりながら問いかけた。まぁレムの特性上、『鬼迫』と言った方が正しいのかもしれないが。

 そんな細々したことはどうでもよく、最近はいつにも増して俺への罵倒が増えているようにしか思えない。初めて会ったときから割と言われてたから慣れてはいるが……。

 

「スバル君が、そうした方がヒキガヤ君のやる気が上がると言っていたので……違うんですか?」

 

 あの野郎……。こんなところにまでテコ入れしてやがったのか。帰ってきたら鍋でもぶん投げてやろう。そう固く決心し身体の前で握り拳を作っていると、作業が終わったのか、レムは調理器具を片付け始めた。

 

「ではレムは少し中庭の仕事をやってくるので、キッチンの方は任せます」

 

「おう、いってらっしゃい」

 

 昼食の準備とは言ってもめんどくさい作業はもう終わっているので、後はこのコトコト煮えている鍋を監視しておくだけの簡単なお仕事だ。うん、割と暇だな。働くことがないってのはいいものだ……。

 そう思っていると、何やらせわしなく背後を動く輩がいる。まぁレムではないだろう、そしてラムやエミリアも容疑者から外して何ら問題はない。となると消去法で……。

 俺は壁に掛けてあったお玉を手に取り、えいっとばかりに後ろに放り投げた。

 

「いって!! 何すんだヒッキー!」

 

 ビンゴ! 俺が後ろに向かって投げたお玉はコーンという心地よい音を立てて、背後にいた不審者の頭部に直撃した。

 振り返るとスバルが頭を抱えて悶えていた。あのループ以来、彼はどういうわけか俺を『ヒッキー』と呼んでいる。即座に止めてもらいたい。ていうか、そういう呼び名は女子がやるからいいのであって、お前なんぞに呼ばれたって全くもって嬉しくないんだよこの野郎。

 

「んで、何してんだお前は」

 

「いやな、ちょーっと話を聞いてみようかなぁなんて思ったりして……」

 

 アハハハハなどと愛想笑いをしながら、彼は手にしている茶葉の容器を後ろに隠す。俺の主夫眼から見て、恐らくあれはこの屋敷で一番高級な茶葉だ。俺は使ったことがないが、確かラムの所有物だったような気がする。あーやだやだ関わりたくねぇ……。

 しかしスバルはふと何かを思いついたかと思うと、急に容器を俺の前に突き出し、ニヤっと笑った。

 

「確かヒッキーって茶入れるのすげぇうまかったよな?」

 

 あちゃー……お茶だけに。これは非常に不味い流れになった。スバルは俺を保険に掛けるつもりなのだ。まぁ何というか、口封じとも言っていいだろう。つまり俺も共犯者にしてラムへの告げ口を防ぐ気だ。そこまで分かってて協力してやるほど俺はお人好しではない。当然の如く、丁重にお断りする。

 

「やるわけないだろ……俺は忙しいんだ」

 

「鍋見てるだけじゃん。ヒッキーだって俺を見逃したらラムちーの逆鱗に触れる要因になりかねないんだぜ? お前ラムちーの激おこぷんぷん丸ムカチャッカファイヤーモード知らんだろ」

 

 なんだそのドラゴンみたいなモードは。戦闘力3万とか軽く超えそう。

 というか、その逆鱗の発端はお前だけどな。

 

「俺は何も見てない、ただずっと鍋を見てました」

 

「それはどうだろうか? このお玉が物的証拠なんだよなぁ」

 

「あ? 片付けりゃ証拠なんて残んねーだろ」

 

 彼はニヤニヤとしながらお玉を持ち上げる。なんだよ、その勝ち誇ったような顔は……実に腹立たしい。しかし、彼の足元に目をやるとキラキラとした粒子が散らばっているのが見えた。

 いや待て……そんなはずはないのだが……。恐る恐る視線を動かす。動かすごとに粒子は大きくなっていき、ついに破片と呼べるものにまで成長した。

 

「さて、今俺はお茶を入れてもらいたいんだけど……どうよ?」

 

「分かったよ……。ほら、茶葉寄こせ」

 

「サンキュー♪」

 

 ポイッとスバルは俺に茶葉の容器を投げる。おいおい、蓋してなかったらどうすんだよ。イライラした手つきで茶葉を受け取り、お茶を入れる用意を始める。コンロは空いているので問題はない。強いて言えば、さっきスバルが提示した『物的証拠』が非常に厄介な問題になりうる。食器だ。もっと詳しく言うと、割れたコップだ。どうやら、スバルに投げたお玉が当たってしまったらしい。

 うちでもそんなに食器を割ったことなかったのになぁ……。うーんと頭を捻る。どうにも納得がいかない。そもそも当たった時の音がしなかった気がするんだが……。

 そんなこと考えている間にお湯が沸いていた。手早くお茶を入れ、スバルに渡す。

 

「わりぃな。後でヒッキーにも俺の巧みな対談内容を教えてやるよ」

 

「あーはいはい、さっさと行け」

 

 苦虫を噛み潰したような顔でスバルを追い出した。ため息をついて、割ってしまったカップを片付け始めた。

 ……おかしい。割れたカップに一番近い戸棚には隙間がなく、とてもじゃないが、ここに置いてあったとは思えない。その隣も、その隣もそうだ。

 つまり、これは本来この部屋には無かったもの……。クソ、スバルの野郎、昨日割ったコップを取ってたのか。恐らくポケットかどこかに突っ込んで忘れていたのだろう。

 なんだかんだ言って、スバルにこうもあっさり一本取られたのが一番悔しい。三度ため息をついて、元いた場所に戻る。

 そして、俺はまたコトコトと煮えている鍋を覗くのだ。

 

***

 

 んで、唐突に招集を喰らったのが今の状況と言える。エミリアの王選がどうとか、スバルが王都に行くとか……まぁなんだかんだ賑やかないつもの日々だ。

 

「大事なことだったらなおさら連れて行ってくれよ!」

 

 とかいう押し問答が先ほどから割と続いている。ていうかなんで俺呼ばれたの……。完全に傍観かつ無関係な立場を貫いているんですが。

 まぁ簡単に状況を説明すると、スバルがエミリアについて王都に行きたいと言っているのだ。そして今レムの助太刀が入った。レムさん、スバル君に甘すぎだと思います。

 多少は傾いたものの、やはりエミリアは抗議の体勢を崩さない。

 

「いいんじゃないかな? スバル君にはお礼参りの他にも理由があるしねぇえ」

 

 そうのんびりと口を出すのはこの屋敷の主、ロズワールだ。ていうかいたのね、気づかなかったわ。

 彼の話によると、こないだの乱闘により、枯渇したゲートをスバルが酷使したため治療が必要とのこと。俺は知らないが、『お客様』であったネコミミっ子の協力を要するらしい。さっきの会談にはその交渉というのも含まれていたのかもしれない。

 

「あの子がこの国随一の水のマナ使いだぁーよ。あ、そうだ、ヒキガエル君も行って勉強してきたらどぉーだい? 色々学べると思ぉうよ?」

 

「『あ、そうだ』じゃねーよ。もともとそのつもりで呼んだんだろ……」

 

「そゆこと。どう? 行ってみないかい?」

 

 いやどうって言われてもな……。俺が懸念すべき要素はそんなにあるはずもなく、唯一の心配事と言えば、レムの事である。日頃から色々注意されてはいるものの、俺だってある程度は戦力になっていたはずだ。あの仕事量を一人に押し付けてしまうのはどうも気が引ける。

 そんなことを考えていると無意識にレムを見てしまっていたのか、彼女は俺の方を向いてレムにしては珍しく、力強く言った。

 

「問題ありません。そもそもロズワール様やエミリア様がお出かけになるのであればやることはあんまりないですし、レムもスバル君について行きますから」

 

「あーなるほどね……っておい、俺の不安要素全く消えてないんだけど。ていうかむしろ増えたんだけど」

 

 レムまでこの屋敷から出て行ったら、この屋敷に残るのはほぼ無能なラムと、それこそ『ヒッキー』の名に値するベアトリスのダメダメコンビじゃん……俺が言うのもどうかと思うが。

 少なくとも、ラムに中庭を任せていたら、たとえ一日でも廃墟の楽園と化してしまうだろう。多少は常識のあるベアトリスは出てこねーしな……。やはり出て行くのは躊躇われてしまう。

 久々にフェルトとかに会ってみたかったが、仕方ない、ここはスバルに任せて俺は快適にニート…紐ライフを送らせていただきましょう。

 

「やっぱ俺……」

 

 そこまで言いかけた時、どういうわけか口が動かなくなった。急に息が苦しくなり、動悸が激しくなる。

 この感覚は……。あの生々しくリアリティ溢れる夢を見た時に感じたものと同じだ。こればっかりはどうにもよく分からん。しかし、これは案外ヤバい気がする。もう意識が朦朧としてきた。やべ……気失いそう……。

 

「ひ、ヒキガヤ君? 大丈夫ですか?」

 

 間一髪というべきか、レムが体を支えてくれたおかげで俺は意識を保つことが出来た。多少息苦しさが和らいだことで、気持ちも安定してきた。脳に酸素が供給され、思考を働かせる。

 前回の時との共通点はなんだ? 俺の言動が引き金になっているのは間違いない。あの時と今回、俺は一体何をした?

 ……スバルと離れること、か。いやもっと正確に言うと、俺がスバルのサポートをすることが出来ない状況に向かおうとした時、しかもそれが故意になされた時、この現象は発生する。まだ判断材料が少ないため断定するのは難しいが、大方の予測をつけておいて損はないだろう。

 となると、俺がここで取る最も適切な行動は。

 

「悪い、大丈夫だ。その……だな。やっぱ俺も連れてってもらっていいか?」

 

「それは構わないのですが……ヒキガヤ君、そのにおい……」

 

 どうやら、ベアトリスやスバルが何度か口にした『残り香』という魔女のにおいがするらしい。あーあーさいですか、また魔女なんですか……。いい加減そのワードも聞き飽きてきた。

 腸狩りの魔女から始まり、嫉妬の魔女、魔女の従属、あげく魔女の残り香と来たもんだ。魔女が重要異世界単語なのは分かるが、少々使いすぎじゃないでしょうか。

 例えるなら、この世界がコーヒー、魔女が練乳といったところだろうか。なにこの魔女、もっと使おうぜ! こんな夢みたいな世界ぐっちゃぐちゃのあっまあまにしてしまえばいいのだ。

 夢……か。ふとあの時の記憶が蘇る。信用を失ったあの世界。今、俺の隣にたたずんでいるレムは何と言っていただろうか。ちらりと目をやると、レムが不思議そうにこちらをあおり、首を傾げた。その愛くるしさを残した端麗とした様子を見て、気まずくなり目を逸らす。

 まぁ、今はどうでもいいことだ。

 

***

 

「なんだか懐かしいな!! 二週間ぶりぐらいなのに!」

 

 スバルは声を張り上げて言った。なぜ彼はこんなにも意気込んでいるのか。その理由は明白である。別に彼はテンションが上がっているわけではない、むしろ上げようと躍起になっているのだ。

 ここ、王都に来るまでの道のりで、彼はバカやらかして一度竜車から落ちそうになっていた。そのせいだ。非常にあほらしい。

 俺も健全たる男子高校生だ。スバルの気持ちが分からないでもない。風速80m/sを直接受けると女性の胸と同じぐらいだというのを確かめたいという気持ちが!

 その様子にエミリアも呆れながらスバルに忠告する。

 

「いい? もうあんなことしちゃダメだからね!」

 

「わ、わかってるよ……。分かったから、これはちょっと……なぁ? ヒッキー?」

 

 彼は左手を軽く強調し、俺に同意を求めた。その手には彼女の右手が繋がれている。さながら鎖のようにしっかりと。

 

「いいんじゃねぇの。親子みたいで微笑ましいし」

 

 こっちに振られるのは非常にめんどくさいので、適当に返答する。その回答が不満だったのか、彼は頬を膨らませながら反論した。さながらフグのようにぷくっと。

 

「いやそういうの要らないから!」

 

 さっきは適当に言ったのだが、改めて見ると恋人とかいうよりむしろ親子の方がしっくる気がする。うん、悪くない。

 エミリアの大人っぽさと、スバルの稚拙さ……。やや! これは新たな二次創作のジャンルじゃないでしょうか!

 我ながらいい感じの発想に納得していると、これまたフグのように膨れつつ反論してくる輩がいた。

 

「ちょっとヒキガヤ。それって私が老け顔ってこと?」

 

 年頃の女の子にはさっきの言葉はこうも取れるらしい。俺はどちらかというとスバルの幼稚さを強調したかったのだが……。

 これはあれだ、例えるなら敬語表現だな。小学校の頃は、「尊敬語は相手を上げる」言い方、「謙譲語は自分を下げる」言い方とか言われたものだが、実はちょっと違うからねこれ。結局、敬語表現はどちらも相手を立てるには違いないのだ。そうなんでございますで候。

 

「いや、そういうことじゃねーよ」

 

「目が泳いでるんだけど……?」

 

 さて、こんなやり取りが行われているのはスバルが行きたい行きたいと駄々をこねていた王都である。

 見覚えがあるようなないような場所をブラブラと歩いているのである。しかし、場所はともかくとして人通りが多いというのは記憶に残っていた。『人』が正しい表現ではないような気がするが……。

 そんなことを考えながら俺はぼんやりと周りを歩く人々の顔を眺めていた。大抵の者はスルー、ある一部の者はスバルとエミリアのペアを見て少し訝しんでいるような、そんな感じだった。

 そりゃそうだろうな。空を仰ぎながらそう思う。その吸い込まれるような青い空に見入っていると、ふとレムの事を思い出した。スバルに言われてこの商店街にやってきたが、やはりレムと宿にいた方が落ち着いたんじゃないかと思う。

 そんな考えが『ヒッキー』という名に値するような気がして、俺は思わずため息を漏らしてしまった。

 

「おーい、ヒッキー。置いてくぞー」

 

 少し離れたところからスバルの声が聞こえる。

 ……だから、『ヒッキー』て言うな。

 




お読みいただきありがとうございました。

意外と早いんじゃね?とか思ってたけどもう一ヶ月経ってるのね…
えー重大なお知らせ(ここでするなよ)
次話を投稿したのち、約一年のお休みをいただきたいと思います。理由は簡単で、勉強です。
もうちょっと続けようかなとか思ってましたけど、やっぱり最近厳しくなってきたので無理っぽいです(´・ω・`)
あー完結させたかった…
でも恐らく帰っては来るので待てるぜガハハという方は暫しお待ちください…

では次回もよろしくお願いします。

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