Re:やはり俺の異世界生活は間違っている?   作:サクソウ

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13.それでも、掴みたいものが確かにあった。

 周りの空気は澄んでいて、少し肌寒いぐらいひんやりとしているにも関わらず、俺の額には少し汗がにじんでいた。心拍数が上がり、呼吸が荒くなる。ランニングというものはどれだけ体力をつけようともこうであるものだと思う。特に、急がなければならないなどという時は尚更だ。

 足がつりそうになりながらも俺は足を止めようとは思わない。現実味のあることを言うと、レムを見つけた魔法の効力が切れてしまうからだ。どうも俺の感知魔法は、ラノベの例に違わず、範囲を広げるほど精度や持続時間が落ちてしまうらしい。

 少しロマンチックに言うと…一歩でも、一秒でも早く彼女も元へたどり着きたい。俺に何が出来るかなんて知ったこっちゃないし、むしろお荷物になることは容易に想像がつく。

 だが、彼女がスバルのために命を懸ける覚悟をしているなら、俺も出来る限りスバルの助けになればいいと思う。…いややっぱ嫌かな…スバルだしな…。

 

 そんなことを考えていると徐々にさっきから感知していた場所に近づいていた。

 もうそろそろだと思ったとき、異臭を感じた。ふと辺りをよく見まわすと地獄絵図のような光景が広がっていた。シェパードより少し大きい犬が見るも無残な姿になって散らばっていたのだ。

 引き裂かれているものもいれば、原形を留めていないものもいる。その匂いと視界に映る淡い朱色のせいで、俺は思わず嘔吐してしまった。ぜぇぜぇと言いながら少し軽くなった体を起こし、目的地を目指す。…この調子じゃほんとにお荷物確定だな。

 

 遠吠えと悲鳴が近づいてきた。辺りには殺気が蔓延し、空気もどこか重々しい。何度も打ち付けられる鎖の音がはっきりと聞こえた。木陰に隠れ、そっとその様子を見る。

 鬼だ…。出てきた感想がこれだった。

 彼女の頭部からは輝く角が生えており、宙を舞うように犬を蹴散らす。何度も…何度も…執拗に蹴散らしていた。恐らく意識がないのだろう、彼女の姿からは狂気さえ感じられた。

 

 路線変更だ。彼女の助けになればいいと思っていたが、これじゃ俺がヤられる。何とかして止められればいいが…。もう一度そっと彼女の姿を窺う。

 こりゃ無理ね! 確かに俺の魔法を使えばある程度はダメージを受けずに済むだろう。だが、それ以上のことは出来ない。そもそもあれが何なのか不明な上、止める方法が全く分からない。

 色々思考していると、何やら背後から殺気がする。あ…俺死んだかも…。嫌な予感がしつつもゆっくりと振り返った。彼女がニヤっと笑って俺がいる方向へ鎖の球を振り下ろした。何とかそれを躱し体勢を立て直す。

 こうなっては仕方あるまい。俺は精度を高めるために小さめの球を作り出すと、それを拡散させる。さっきほど大きいと相手の動きが全く分からずどこにいるか程度しか感知できないが、この大きさだとリアルタイムで相手の行動が手に取るように分かる。

 覚悟をくくらされたとは言え、やはり普通に怖い。足がきちんと動くかかなり心配だ。いや動いてくれよマジで、死ぬから。

 

 躱し、躱し、躱す。俺から手を出すことは一切ない。せめて水で窒息でもさせれば収まってくれるのだろうが、あまり危ない橋を渡る訳にはいかない。なんとか躱し、躱す。

 彼女は完全に標的を俺と決めているようで犬どもには目もくれない。そのせいで犬の標的もまた俺になってしまったようで、二方向からの攻撃を受けている状態である。ふざけんなよまじで。

 幸いというべきかどうか、流れ鉄球が犬に当たっているおかげで犬はうかつに近づいてこようとはしない。だが最悪なのは周りの惨状だ。もうこれ以上埋まる場所がないのではないかと思われる量の血。ところどころに飛び散っている犬の「物」。

 

 ところが、わずかに空気が乱れた。そう…なんとも言い難く、表現しにくい奇妙な感覚だ。すると突然周りにいた犬は姿を消し、辺りには血生臭さを残したまま、レムと二人っきりになった。しかし彼女は俺への攻撃をやめようとしない。もちろん、犬がどこへ行ったのかは気になるが、そんなことを考えさせてくれるほどうちの先輩は優しくない。

 

 最悪も最悪。もはや醜悪であるのかもしれない。こういう時は主人公が助けに来てくれて、ヒロインと主人公はめでたく結ばれましたとさ…でハッピーエンドで終わりというのが関の山なのだが、いかんせんぼっちの俺にそんな野郎がいるわけもなく、そもそも俺はヒロインではない。スバル君がいるじゃない! という鬱陶しい一言はスルーさせていただく。

 

 しかしそこはさすがと言うべきかスバル君は登場するのである。登場…とは言っても俺と彼女の乱舞に参戦するわけではなく、さながら傍観者を決め込んでいた。ついでにラムもいるようだ。

 彼らは何かを伝えようと必死に身振り手振りをしているが…よく状況を見ろ、そんなサイン分かるほど暇じゃねーんだよ。

 全く見当がつかないので無視を続けていると、何やら風のようなものが耳をかすめた。…俺はこれを知っている、前回のループで見たものだ。思い出すのも嫌になる状況だったが、ラムの魔法を見たのはあの一回だけだった。

 さすがにここで俺を攻撃するほど鬼畜ではないことは分かってる…え? 違うよね? なので、何らかの意味があるのだろう。ふと風が通り過ぎた方に目をやると薄暗い木の幹に、何やら掘られているのに気付いた。

 

「す…きを…つく…れ…?」

 

 ラムの配慮か知らんがイ文字で書かれていたので簡単に読むことが出来た。しかし隙を作れってもなぁ…。もうちょっと具体案が欲しかったぜ…。

 とは言ってもこれ以上耐えれるほど体力はないので、スバルに適当なハンドサインを送り、持っていた刀が折れる勢いで思いっきり鉄球を跳ね上げた。そしてその反動で俺は地面に倒れる。

 鉄球が跳ね上がった、ということはあの重量も加わり俺に対しての攻撃が容易であるということだ。逆に言えばそこにわずかな隙が生じることになる。

 捨て身の案だ、失敗したらただじゃおかねーぞ、スバル。

 

「ナイス!! いっけぇーーーーラムーーー!!」

 

 彼は叫びながら出てくると鉄球が俺の身体を貫く前に、ラムを彼女に思いっきり投げつけた。彼女はラムを軽くキャッチすると鉄球の鎖を手放す。そこをスバルは逃さず思いっきり彼女を斬りつけようとした。彼の剣が彼女に向って確実に振り下ろされていた。

 だが…躊躇い、それがはっきりと見て取れた。彼の一撃は空を切り、体勢が崩れる。

 その中でさえ、彼女は冷静に彼に照準を合わせる。その時、彼の地面が唐突に噴き上げ、彼は宙に放り出された。またもや彼女はずれてしまった狙いを再び合わせる。

 …それは、させない…。すでに体勢を立て直していた俺は曲がってしまった刀で少しだけ脅しをかけた。その効果もあってかその照準は俺に向けられた。

 

「笑え、レム! 今日の俺は…鬼より鬼がかってんだ!!」

 

 その隙をつき、スバルは彼女の輝く角に思いっきり剣を振り下ろした。

 カーン…という景気の良い音が響き渡る。

 彼女の身体は操り人形の糸が切れたかのように崩れ落ちた。

 

「終わった…のか…?」

 

 誰に問いかけるでもなく俺はつぶやいた。

 

「さっさとこんな場所から出るぞ、ラム、レムは俺が担ぐ」

 

 スバルにしてはやたらテキパキと話を進める。彼はラムから彼女の身体を受け取ると、どっちともつかず走り出した。ラムもそれに続く。聞いても仕方なさそうなので黙って彼らについて走った。

 

***

 

 スバルが一番に駆けだしたものの、彼は道を知らないらしい。ラムの手厳しい荒っぽい道案内を受けながら走っていた。

 それより少し気になることがあるのでそっと聞いてみる。

 

「というか…なんで俺がラム様を背負う形になってんすか…?」

 

「手ぶらは罪よ、ヒキガエル」

 

 なんかすっげぇ久々に聞いた気がするなぁ…その名前。ラムは基本的にスバルの面倒を見ていたのであまり屋敷内でも会うことがなかったせいなのかもしれない。

 俺は黙ってレムを抱え、前を走るスバルを見た。彼は俺以上にボロボロで、ここまでの道のりの壮絶さを彷彿とさせる。だが…まぁ、ところどころに見える、明らかに犬によって受けた傷じゃないやつは、見なかったことにしよう。

 何度かくたばりそうになりながら必死に走り続けて早10分程度。微かなか細い声が聞こえた。

 

「スバル君…何を…」

 

 それは俺のちょうど前方に位置するレムからの声だった。スバルはハッとしたように彼女を見下ろすと安堵したように答えた。

 

「レム! 起きたか」

 

 レムは首をゆっくりとひねり、後方にいた俺らの方を向く。

 

「姉様と…ヒキガヤ君まで…。どうして…放っておいてくれなかったんですか」

 

「俺がそんなのほっとけるわけないだろ。ベア子の話を聞いて助けに来ないほどお人好しじゃねーし」

 

 スバルは少しやけになったように答えた。俺はその様子をそっと見守る。そもそも俺はここに来るのを迷っていた底辺野郎だ。こんな爽やか青春クライマックスみたいな展開に入りたくもない。

 

「それなら…なんでヒキガヤ君まで…」

 

 レムはそれこそやけになったように言った。彼女はどうあっても自分に非があると主張したいらしい。ベアトリスから詳しくは聞いていないが、スバルが呪いを受けた際、何かしらの幕間劇があったのだろう。彼女がそこまでの責任を感じる何か、が。

 その枷を外すのはスバルの仕事であり、あくまで俺はそのサポートだ。いわば手錠のカギをしまっておく箱を渡す係員のような存在。そこを取り違えると、俺はうっかり空箱を渡してしまうだろう。慎重に、言葉を選ぶ。

 

「ばーか。レムがいなくなったら俺の仕事が増えんだろ…。ラム&スバルは戦力にならんしな…」

 

「ちょっとそれどういう意味よ、ヒキガエル」

 

 不服そうにラムが俺の首に回している腕の力を強める。首がしまっていくのはもちろんのことながら、せ、背中が…。その中途半端なサイズ感の…C…いやB辺りの何かが…。

 あまり経験しない体験をしながら、俺はスバルを見据える。スバルは軽く笑って、頷いた。どうやらきちんと鍵の入った箱を渡せたようだ。

 

「比企谷の言う通りだな、レムりんのばーか。ばーかばーか」

 

「スバル君に言われるとものすごく傷つくんですけど…」

 

「レムりんの刃の方がグッサグサ俺の心えぐってるよ!? レム、知ってるか? 精神的に向上心のない奴はバカなんだぜ?」

 

「向上心…?」

 

「今ここでレムりんが俺らを受け入れてくれたら、みんな仲良しハッピーハッピーじゃね?」

 

「でもそれじゃ…レムのあの時の償いが…」

 

「だからそこがバカなんだって。俺への償いなら、もっと俺のこと考えてくんねーかな。屋敷でメイド服着てるだけで俺はもうウハウハの大満足なんだ」

 

 スバルは突然立ち止まってうつむいた。

 

「俺はレムりんがいない屋敷なんて嫌だ。それ以外の言葉が見つかんなくてすげぇもどかしんだけど、嫌なんだ。だからここまで来た! 全員で帰るために! そんな悲しいこと言うなよ、胸が締め付けられ…」

 

 スバルが一瞬苦しそうな表情を見せた。そして俺も、表現しがたい感覚が心臓を襲った。すると辺りには何やら歪な雰囲気が漂う。さっき俺がレムと乱舞ってる時に感じたのと同じだ。

 

「はぁ!? なんで今のでアウトなんだよ! まぁいいや、ラム、こっから村って近いのか?」

 

「そうね…あとひと踏ん張りと言ったところかしら」

 

「スバル君? なんで急に魔女のにおいが…」

 

「比企谷! ラムをその辺の柔らかいとこに放置しとけ! そしてついてこい! とんずらするぞ」

 

 はぁ? となりながらもいまいち状況がつかめていないので大人しくスバルに従う。一応言っておくが、お前それ全くツンデレとかになってねーから。柔らかいとこに置いとけとか優男かよ。

 スバルはレムをそっとラムの上に乗せると駆けだした。

 

「スバル君! 待って! まだ何も…」

 

「ラムちー! レムりんを頼んだぞ、ていうかおい比企谷早く来いって」

 

「任せなさい、バルスがジャガーノートを引き付けてる間に逃げるから」

 

「それ言っちゃダメよ!」

 

 なんだかよく分からないコントに巻き込まれながら、俺もスバルの後を追う。というか今ラムさんが大変不吉なことをおっしゃったような…。俺らが囮になるんかい、また奴らと面会することになろうとは考えもしなかった。

 それに、どうやって殲滅するのか見当もつかない。恐らくスバルも対した魔法が使えるわけじゃないだろうし(傷だらけの身体を見れば明らかだ)、対して強力な武器を装備しているわけでもない。レムの武器は置いてきたしな。

 囮に巻き込まれた以上、一応聞いておくことにした。

 

「倒す当てはあんのかよ」

 

「ああ! 俺のとっておきを見せてやんよ!!」

 

 へぇと話半分に生返事を返す。するといつ出てきたのか、あの忌々しい子犬が俺らの目の前に立ちはだかっていた。なるほど、こいつが狙いだったわけだ。

 

「んで、どうやって殺す? 蹴り潰したり…」

 

 俺は途中で言葉を切った。人間、見ているものがすべてではないと初めて理解することが出来た。そこにいたはずの子犬は姿を変え、形を変え、骨格すら凌駕して、俺らを軽々見下ろすほどにまで巨大化していたのだ。

 さて、さすがのスバルも想定外だったようで、隣で絶句しているのが分かる。

 

「ひ、比企谷…お前、どんな魔法使える…?」

 

「それは前もって確認しとくべきだったな…」

 

 後悔にならない後悔を吐き出した。犬―さっきラムがジャガーノートと称していたやつは、俺らめがけて鋭い爪を突き立てる。

 必死に避け、体勢を整えながらなんとかこの状況の打開策を考える。だが全くもって思いつかない。申し訳程度にその辺に落ちていた良い感じの枝を構えた。

 スバルは犬を挟んで向こう側から俺に問いかけた。

 

「比企谷! お前どんな魔法が使える!?」

 

「相手の動きとかその辺が感知できる、いわゆる強化感知魔法みたいなもんだ!」

 

 今度は俺がやけになって叫び返した。

 

「なるほど、それであんなにレムりんに応戦出来たんだな…。くそ、便利な魔法持ちやがって…」

 

 お前の嫉妬心なんかどうでもいいんだよ。それに実際の戦闘となるとマジで役に立つのかよく分からん魔法だしな。

 しかしスバルは何か思いついたのか何かを訴えようとした。

 

「比企が…うわっとあぶねぇ!! 作戦会議ぐらいさせやがれ!!」

 

 スバルが爪の餌食になるまいと必死に転げまわるのが見えた。と同時に周囲には少し前まで手合わせをしていた懐かしい面子が揃っているのが視界に入る。うわ…マジで囮役だ…。これでは埒が明かない。俺は魔力をふり絞って小さな水の球を作り出してはじけさせた。

 

「スバル!」

 

「俺が魔法を唱えたら思いっきりそいつを跪かせろ!!」

 

 スバルは体勢を整えると、空に向かって思いっきり叫んだ。

 

「シャマク!!!」

 

 すると、俺の視界は閉ざされ、完全に四方が見えなくなる。確かに俺ならこれでも分かる。言われた通り、思いっきり前足をへし折った。まぁ…言ってしまえばただの膝カックンだ。

 彼はここぞとばかりに持っていた剣で、膝カックンで低くなったその首元を突き刺した。犬の真下にいた俺はもろに生温かい血しぶきをかぶった。だがまだ奴は生きている。渾身の一撃をスバルの脇腹に喰らわした。

 あと少し…そのあと少しが遠い。喉元に突き刺さっているあの柄にさえ触れれれば…。必死になって手を伸ばした。これ以上伸びることがないぐらい、自ら脱臼してしまいそうなぐらい、俺は手を伸ばし、目的の物を血で汚れた掌でつかむ。その勢いで思いっきり体重をかけた。切れ味の悪い剣は荒っぽく首を引き裂いていく。淡い咆哮が響き渡った。

 そして、犬はゆっくりと、スローモーションのように倒れた。俺も、スバルも、ばったりと倒れ、立ち上がろうともしない。四囲を奴らの残党が囲んでいたにも関わらずだ。

 俺はスバルに対して、一言だけ、言葉を添えた。

 

「…お疲れさん」

 

「へへっ、お互い様だ。さーて…こっからどうすっかねー…」

 

 いつの間にか彼の魔法は解けている。視界の端で彼が口をモゴモゴさせながら答えるのが見えた。しかし、俺には彼が死をただ待っているだけには見えなかった。死ぬ覚悟ではなく、生きる覚悟をしているように感じた。

 その時、突然空を光が覆った。

 眩しい。空を見上げながら思った。今日はもう疲れた。ふーっと大きく息を吐き出すと、目をゆっくりと閉じた。ようやくたどり着けたという達成感と共に。

 

***

 

 見知った天井。これはどこかの文学小説の一節である。気味が悪いぐらいに清々しい朝だった。昨日の傷はまだキリキリと痛む。どうやら応急処置だけされているようだ。ベッドから体を起こし、ぼんやりと立ち上がる。

 昨日はあれからどうなったのだろうか。それを確認するため、スバルの部屋に向かう。シンと静まり返っており、誰ともすれ違うことはなかった。

 スバルの部屋からは話し合う声がした。聞き間違うはずもない、レムの声だ。ずけずけと入っていくのは気が引けて、少しだけ様子を見ることにする。彼女は笑っていた、スバルもまた笑っていた。異世界人の交流は上手くいっているようだ。スバルには素直に敬意を払わざるを得ない。それを本物と呼ぶには少し早計すぎる気がするが、まぁ俺が求めたものはたかだかこんなものなのかもしれないとも思った。

 昨夜のことはまた後で聞けばいい。そう、後ででいい。自室に戻ろうとした時、唐突に声を掛けられた。

 

「おはよう、起きたみたいね、調子はどう?」

 

「おう、悪くないって感じだな」

 

 俺は振り返りざまに答えた。いつしかぶりの長い銀髪が目に入る。その肩にはちょこんとパックが乗っている。

 

「悪いね、リアったらスバルにマナ全部使っちゃったもんだから、君の傷は応急処置しかできなかったんだ」

 

「それだけでも十分ありがてぇよ。そういう扱いは慣れてる」

 

「君って結構残念な人生を送ってきたんだね…」

 

「うるせぇ」

 

 猫に哀れみの目を向けられたせいか少しイラッときてモフモフとその毛むくじゃらの身体をもみしだく。なんか…エロいな。

 

「レムって結構昔の事引きずってたんだけど…スバルはすごいね」

 

 エミリアは感心したように言った。俺はモフモフする手を止め、少しだけ意地悪な言葉を返してみる。ペットの失礼は主人に責任を取ってもらわないと。

 

「エミリアはいいのか? とられるかもしんねーぞ」

 

「んー。私はそれでもいいの、スバルがそれで幸せなら。それにスバルと一緒になるとあーんまりスバルにとって良いことにはならないかもしれないし…」

 

「俺が言ったのはパックの事だ、俺がとっちゃうかもしんねーぞ」

 

 そう言って俺は両手で抱いていたパックを持ち上げる。案の定彼女は真っ赤になって抗議した。

 

「ちょ、ちょっと! からかわないでよ!」

 

「そうだよーちゃんと段階を踏んでもらわないと」

 

「マジで? 段階踏んだらオッケーなのか」

 

「ダメに決まってるでしょ、そんな目をドロドロと腐らせて言われても…」

 

 クソ、またしてもこの何やらカワイイ愛玩動物に揚げ足を取られた。数分間モフモフするとさすがの俺も飽きてきて、まだぷくーっと膨れているエミリアにパックを返す。

 彼女はため息をつくと、俺に微笑みながら言った。

 

「早く朝食の支度して欲しいな? 今はラムだけだからすごーく大変だと思うけど」

 

「お前も案外性格悪いとこあるよな…」

 

「どの口が言うんだか…」

 

 それだけ言って俺とエミリアは別れた。いつか、こんな日々が日常に変わる時が来るのだろうか。適当なことを言い合って、それでいて心地よいような、そんな関係が。

 過去の「もし」という言葉には何の意味もない。加えて、未来の「だろう」という言葉もあまり意味を持たない。過去があってこその未来だからだ。例え過去のある地点に戻れたとしても俺は同じ選択をするだろうし、同じ過ちを繰り返す。それが未来に繋がっているのだから、未来は変わらない。それはスバルの死に戻りにも等しく言えることだ。

 確かに彼の能力で俺ら以外の時間は戻る。しかし、俺らの時間軸はずっと過去から未来へと一方通行で進んでいる。だから、未来の推測も意味を成さない。

 こんなくだらないことを考える暇があったら、少しでもラムの家事能力を上げることに専念しなければならないような気がする。

 廊下を歩きながら、ふと窓の外を見た。今日は、本当に清々しい朝だ。

 




お読みいただきありがとうございました。

さぁ…また一ヶ月ぶりの投稿ですかね…ほんと申し訳ない…
ようやく二章も終幕を迎えました。いえい!
こんな感じで三章も意外とさらっと終わりそうです
次回は軽い日常回を入れたいんですけど、ネタがない。まぁつまり気分次第ですね

では次回もよろしくお願いします

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