かれこれ一ヶ月ぐらいでしょうか…
今回はそこまで面白くないかもしれないので、まぁ…読んでいただたら嬉しいです(本心)
全体重を左手のナイフに乗せ、思いっきり喉元を掻っ切ろうとする。左手のナイフは相手の喉元に押し付けられ、今にも皮膚を突き破ろうとしていた。
だがそんなに甘くはなかった。
子犬を抱きかかえていた少女が全くもって見切ることができないスピードで後ろに一歩下がったのだ。ナイフが肉を離れた時、俺はようやく失敗したことを悟った。
勢いを止めることは出来ず、俺はそのまま情けなく地面に倒れる。
「お…おう、どうした比企谷…?」
スバルが珍しく心配そうな表情で俺を見下ろした。彼は俺を起こし、肩に付着した土を払う。
そんな彼を振り切り、俺は少女を睨んだ。
「お前…何者だ…!」
俺は恐らく殺気を放っていたのだと思う。スバルはおののき、レムが少し表情を硬くしたのが見えた。
少女を睨み、威嚇しながらも、これ以上の攻撃は全くもって意味を成さないような気がした。初撃が躱された時点でこちらの勝機はすでに失われていたのだ。
その時、子犬が唐突に吠え出した。何かに呼応するように…何かを忌み嫌うように…。その声がゆっくりと遠のいていくのを感じながら、俺はまた暗闇に意識を奪われた。
***
ふと気が付くと俺は子犬を見下ろしていた。首元からはその小さな身体には釣り合わないほどの血が流れており、ぐったりと横たわっている。全くもってそんな記憶はないのだが、不思議と達成感だけが残っていた。
これで…終わったのだ。そういう思いが沸々と体のそこから湧き上がってくるのを感じた。しかしその思いとは裏腹にスバルの対応はひどく冷たいものだった。
「どういうことだ比企谷…こいつが…呪術師なのか…?」
彼は俺を静かに睨む。
こうなることも…うすうす感じていたし、予想の範疇だった。
ここでスバルともお別れか…。なんだか少し感慨深い。許してもらおうなどという気は毛頭ない。それに、きっと許してもらうとかそういうのではないのだ。俺と彼との間にははっきりとした断崖が生まれた。「信用」という名の大きな壁が…。
俺もすっと彼を睨みつけ返答する。
「これが…一番手っ取り早かった。それだけだ」
最高に最低な奴だ。自分を見る自分でさえそう感じた。しかし俺の言葉は事実だ、これは最も被害を出さずにことを終えることが出来る方法だったのだ。
誰も傷つかずに終わらせるための、俺のやり方だったのだ。
「だからって…! こんな子供の前で!!」
スバルは唇をかみしめながら吐き捨ているように言った。目線の先にはさっきまで子犬を抱いていた少女がいる。彼女は悲しそうな…いや、失望したような顔だった。
そして、レムは俺をじっと見ていたが、俺はどうしても彼女を面と向かって見ることが出来なかった。どんな顔をしていようとも、俺にとってプラスになる訳がない。
失望…? 悲壮…? 怒り…?
無意味でしかない問いはなぜか俺の中に居座り、忌々し気に俺に語り掛ける。
これ以上ここにいては気が動転してしまいそうで、俺はわざとスバルの横を通り彼との別れを告げる。
「じゃあなスバル。またどっかで会えるかもしれんな」
「ッ…!」
彼は言葉を発しなかった。少なくとも俺に聞こえたのはレムの言葉だけだった。
「ヒキガヤ君は…どうなのですか?」
「何が」とは言わなかった。それでも何のことを言いたいかはすぐに分かる。彼女の挑戦に受けて立つつもりで俺は答えた。
「別に、なんともねぇよ」
しかし口から漏れた声はひどくか細く、出た瞬間消えてしまったのではないかと思った。
彼女は俺の後ろに立っていたためこの返答が聞こえたのかどうかは分からない。そもそもどうして俺がここまで小声になっているのかも分からない。
「本当に、それでいいんですか?」
また彼女は言葉をはぐらかせた。いっそはっきり言われてさっさとここから立ち去りたかった。こう具体的なことを全く言われないとそうもいかない、それがレムの狙いなのではと勘ぐったが、どうせ分からないことを考えるのは無意味だ。
分からない。いつから俺はここまで答えを出せなくなってしまったのだろうか。
分からない。俺のしたことは正しかったのか。本当にあれが呪術師だと断定して良かったのか。早計すぎたのではないか。
…分からない。俺は、どうすべきなのか…。
様々な思いが交錯する。これにどう収拾をつけたらいいのかさえ分からない。きっと俺は一人の方が強かったのだ、一人の方が色々思考できたのだ。今までずっとそうしてきた、それをなぜここで壊す必要があるのか。…これからも、俺はずっと一人でいい、結局のところそれが最適解だ。
「分かんねぇよ、そんなこと。俺はやりたかったからやっただけだ。少なくとも、良心が痛むとか罪悪感を感じるなんてことはない」
今度ははっきり言えたように思う。もう振り返るつもりもない。ゆっくりと歩き出して、埋まることのない彼らとの距離をさらに広げる。
しかしまたもやレムの言葉は俺の行動を停止させる。
「レムには、そうは見えません。消えないんですよ、罪悪感って…ずっとここに残り続けるんです…」
レムは自分の胸にトントンと手を置きながら言った。
―周りも君の事をきちんと見ているもんだぁよ?
ロズワールの言葉が脳裏によぎる。俺の中に残る罪悪感…決して自覚することが出来ない罪悪感…。そんなものが本当に存在するのだろうか? あるわけがない、そもそも誰に対しての罪悪感なんだ。俺が悪いと思うべき相手など、もはやいない。
俺はその場で何も言わず立ち尽くしていた。どういうわけか足を持ち上げることが出来なかった。離れなくてはいけない、理解どころか納得さえしているのにも関わらず、だ。
しばらく沈黙が続くと、彼女が口を開いた。
「本当にそうでしょうか?」
レムの言葉ははっきりと聞こえた。俺の心を見透かすように彼女は問いかけてくる。
その答えは分かり切っているのに、それでもあえてその声は問いかける。分かり切っている。分かり切っている…はずなのに、俺はそれに返答することが出来ない。
「ヒキガヤ君が求めたものはなんですか?」
さらに問いかけは続く。その問いは俺の核心をつくようなものだった。ひどく頭痛がし、吐き気を催した。全神経をもってその答えを見つけ出そうとする。
ズキン、と俺の胸が痛んだような気がした。これが…罪悪感。何に対しての罪悪感なのかは考えずとも自然と思いつく。
そうだ…。これは『何か』を求めた俺に対しての罪悪感だ。この世界に来る前からずっと欲していた関係を俺は裏切ったのだ。それは自分を裏切ることと相違ない。このままじゃダメだ、俺は自分を欺瞞漬けにするほど落ちぶれてはいないはずだ。
ぼんやりとする意識の中、振り返ってレムとスバルを視界に入れた。
俺は…まだ、求めてあがいている…。
***
音が消えたかのようなロズワール邸。俺が目を覚ましたのはそんな場所だった。シンと静まり返った館は誰の存在も否定しているようだ。
今ここにいるのは俺一人、なんとなくそう感じた。誰もいない部屋からそっと出て、一応確認をする。エミリアどころかラムまでどこかへ行っているようだ。そしてこいつだけはいるだろうと思ったベアトリスさえ全くもって見つからなかった。
「どこ行った…?」
誰もいない建物で独り言は大きく響く。むしろなぜ俺がこの屋敷にいるのだろうか。ふと窓の外を見ると、淡いオレンジ色に染まった園庭が見えた。この方角からの日差しは日の出の時間だ。まだ日の出からそう時間は経っていないらしく、空は暗い部分を残していた。
さっきのが夢だったのか現実だったのか…。少なくとも俺は一度あの犬の暗殺に失敗している。夢にしてはあまりにもはっきりしていたし、現実にしては記憶の混乱が生じる。
もう一度あの村に向かわなければ、なんとなくそう感じた。
屋敷を留守にするのは気が引けたが、この際仕方がない。後でしっかりレムに怒られよう。
そうして俺は重い扉を開け、村まで走り始めた。
村の雰囲気はどこか殺伐としていて、誰も外に出ている者はいなかった。…いや訂正だ、誰かが石垣に座っている。
「ベアトリス…なんでここに…」
「あら、もう起きたのかしら」
「スバルはどこだ、レムは、ラムは、エミリアは?」
「あー! 頭が回らない朝にそんなに立て続けに質問されても困るのよ!」
「お、おぅ…悪い」
なんか俺が悪い雰囲気になっているが、これ俺悪くないよね…多分。
ベアトリスは一息おくと、静かに話し始めた。
「小娘ならそこの小屋にいるのかしら。…中には入らない方がいいのよ」
小娘…というのはエミリアのことだろうか…? ていうか俺が聞いた中でスバル以外全員「小娘」に値するんだけど…。
「入らない方がいいってのはどういうことだ」
「…一晩中治癒の魔法を使い続けて疲れ果ててるのかしら。今入ったらにーちゃがあまり良い顔をしないのかしら」
思わずゾクッとしてしまった。誰を治療していたかなどという野暮な質問は口から出てこなかった。エミリアがそこまでして治したい相手…もちろん、ラムやレムもそうだろうが…それはスバルだ。
彼はどうしてそこまでの傷を負ったのだろうか。必死に頭を働かせる。しかし明らかに材料が足りない、情報が足りないのだ。
そうこうしているうちにベアトリスが石垣から飛び降りてどこかへ行こうとしていた。
「ま、この村で大人しくしているのが道理かしら」
「待ってくれ…最後に一つ、他の二人はどこだ」
「…ピンクのメイドならそこの中よ。ベティ―も割と眠いのよ」
ベアトリスは寝させてくれと言わんばかりに欠伸をする。彼女はそんな誤魔化し方をしてまで言おうとはしなかった。
そしてベアトリスはすたすたと歩き始めた。そんな彼女の背中に問いかける。
「レムは…どこにいる」
少しぴくっとして彼女は立ち止まった。めんどくさそうな目付きでこちらを振り返った。
「最後の質問…と言わなかったかしら」
「いや、俺は最後に二人の事を聞いた。まだ半分しか答えをもらってない」
「…あぁめんどくさい。いいかしら、質問した以上最後まで耳かっぽじって聞くかしら」
「当たり前だ、自慢じゃないが俺は小町の愚痴を何年も聞いてきたからな、数分程度話す以上に得意分野だ」
「まず、あいつの身体には数多もの呪いがかけられてるのかしら。解呪は不可能、半日後には死ぬのよ」
あいつ…というのはスバルの事でいいだろう。呪いがかかった原因は不明だが、とにかく俺の夢が夢であったことが今ので証明された。犬はまだ死んでいないのだ。
「それで、青色のメイドは…極々低い可能性を追ったのよ。呪術師の殲滅かしら」
「ちょっと待て、呪術師ってのはそんなに大勢いんのか?」
なら俺がもし仮に暗殺に成功していても全く無意味だったということなのだろうか? 世界って理不尽。
「質問を挟まないでほしいのかしら。彼女ならそこの森にいるのよ」
「おいおい、いきなり結論に飛びすぎだろ…。何を殲滅に行ったんだ?」
「最後の質問…そうお前は言ったのよ」
ベアトリスは背中を向け、歩いて行ってしまった。
途中経過が色々抜けているが…結論は聞けた。レムは…森にいる。だがどうやって探す? そもそも探す理由はなんだ? なんで俺がレムを探す…?
「…一言だけ言っておくのかしら。そのくだらない理屈探しは止めてもらいたいのよ。胸糞悪いったらありゃしないわ」
まだそう遠くないところにいたベアトリスが振り返りざまに言った。するとどこから出てきたのか一振りの太刀が俺の目の前に落ちる。
「行きたいのなら行けばいいのよ、そんなことも自分で決められないのかしら。お前もあいつみたいに少し馬鹿になった方がいいのかしら、まぁ行ったところでどうなるかは…お前だけが知ることなのよ」
今度こそベアトリスは俺の視界から消えた。
あぁ…そうだ。考えるだけバカバカしい。俺は軽く彼女に感謝すると、ずっしりと重みをもった太刀を結わえ付け、森の方角へ走り出す。
レムを探す方法など全く問題にならないほど、俺の頭は澄んでいた。何か重りを外してもらったような、鎖を解き放ってもらったような、そんな感じだ。これはエミリアへの、ラムへの、ベアトリスへの、スバルへの、そして何よりレムへの恩返しだ。
彼らは数日間の繰り返しで、腐った現世とは違った世界を見せてくれた。「本物」の可能性を見せてくれた。だから俺はあいつらを護りたい。誰一人、傷つけたくない。気持ち悪いほどそんな想いが溢れてきた。
俺はかなり巨大な水の球を作り出し、破裂させた。これでレムの居場所ぐらいなら特定できる。全神経を集中させ、激しく動く場所を探った。ピリピリと張り詰める空気の中、ひときわ激しく振動している水を感じる。
…見つけた…!
お読みいただきありがとうございました
今回はリゼロ…というより俺ガイルサイドの話ですね
ジョークが入れられないのがしんどいです、でもねー、後々必要なんですよねーこれ…
ついでに言うと、比企谷さん、絶対こんな簡単に変わりません。そんなんだったらとっくに俺ガイル終わっとるわ
そんなこんなで中途半端な回となりました、二章が終わったら一話だけ平和なオリジナル話を入れて終焉の三章に入りたいと思います
では次回もよろしくお願いします