夢物語   作:痛み分け

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転移しましたー。





地雷原でタップダンスを

『壱』

 

―――某所、某会場の面接にて。

 

 

 男の面接官の正面にはスーツを着た一人の少女が座っていた。

 

「何か特技はありますか?」

 

「タップダンスが得意です」

 

 男は少し驚きに目を細めた。

 

 タップダンスの歴史が如何に深かろうと、今ではすっかり下火になってしまった。それを目の前の少女は特技だと言うのだ。何かあると男は感じ取った。

 

「少し踊って貰っても構いませんか?」

 

 男の言葉に少女は顔を僅かに強張らせた。その様子から口からの出まかせだったのかと思い始めた。

 

「ここで、ですか?」

 

 これは本当に出まかせの色が強くなった、男は出そうになるため息を押し殺した。

 

「ここで、です。何か問題でもありますか?」

 

 少女は真剣な顔をして言った。

 

「ええ、問題です。申し訳ありませんが私は此処では踊れません」

 

 余りに真剣な雰囲気に不覚にも男は気圧されてしまった。だからこそ気になった。

 

「よろしければ、理由をお聞かせください」

 

 男は本心から言った。もう既に面接のことなど頭の片隅にも残っていなかった。

 

「大丈夫です」

 

 少女はそこで一度言葉を切り、男の目を見てはっきり言った。

 

「ここに地雷は在りませんから」

 

 

 

 

 

 

 

『地雷原でタップダンスを』

 

 

 

「そう言ったら、採用の通知をもらったんだよねぇ」

 

「もうカルデアはダメかもしれませんね」

 

 あの日スーツを着ていた少女は、今では白色のカルデアの制服に身を包んでいた。

 

 今では呑気に自身を先輩と慕う少女と談笑していた。

 

 人理保障存続機関フィニス・カルデア。ここは立派な国連の機関。星の観測機関として一般には知られており、現に政府から出航してきた科学者も多数在籍する。

 

 一見して一般的な機関だが、その実態は全く異なっていた。それを示す一つが観測装置にある。

観測装置カルデアス。それは科学技術と魔術技術の複合体(ハイブリッド)。正しく、正統と異端の混血児と言える。

 

 魔術…それは表の世界から遠ざけられ秘匿された技術体系。何も無い所から火や水を生み出すなど、物理法則を完全に無視した説明不可能の業の数々。表の世界でそれを知る者は、過程を省略し結果を出す様を見て外法の技術と呼ぶ。

 

 表の世界が魔術を忌避するように、裏の世界である魔術を探求する者は表の世界の技術を毛嫌いしている。まさに火と油の関係である。

 

 故にカルデアとは危ういパワーバランスを綱にしている。

 

 それが示すところは何か。簡単である。

 

―――超級の地雷原である。

 

 そんな地雷原にてバイト少女、藤丸立香は今日も今日とてタップダンスを踊る。

 

 踏み抜かないとは誰も言っていない。

 

 

 

 

 

 

 

『カルデアと言う地雷』

 

 

 

 藤丸立香は誰よりも遅くカルデアに到着した。それは彼女のせいではなく、手続きに手間取ったからだ。

 

 ろくな説明すらしてもらえず、右も左もわからない彼女にカルデア第一の関門は迷子だった。

 

 フィニス・カルデアは山々の連なる高地にひっそりと建っている。如何なる科学技術や魔術を駆使した所で、侵入するには非常に困難を極める。そのため、日々の食事や電気などを外部に頼ることができない。結果、自足自給を余儀なくされている。そうした理由から、広いのである。それもとんでもなく。

 

 迷子になった場合、一か所でじっとしているのがセオリー。最も、それは彼女にとってのセオリーではなく、とりあえず人を探そうとしたのである。さもありなん。

 

 タイミングの悪いことにスタッフはもれなく講堂に集められており、誰かいるはずもない。

 

 彼女は宛てもなく彷徨う。気になる部屋があればノックして入室した。本来であればロックが掛けられているハズが、諸事情により全てのロックが解除していることが原因だった。

 

 さながらロールプレイングの勇者の様に、一切のプライバシーを無視した。幸いと言うべきか、彼女はあくまで人探しが目的のため物色や詮索はしなかった。それでも、手記や日記が目に留まると問答無用で読み始めたが。特技タップダンスは場所を選ばない。

 

 ノックしてもしもしを何度も繰り返していると流石に疲れたのか、彼女は一度休憩しようと考えた。どこか手ごろな部屋はないのかと考えていると、一つの部屋が目に留まった。今まで回っていた部屋は私物が多いことに気付いていた。そのため、彼女はそう言う区画だろうと辺りをつけた。そして部屋の埋まり方が規則正しかったことから、今空いている部屋が自分に充てられる部屋だろうと彼女は確信した。

 

 自分の部屋にノックして入る人はいない、そう考えた彼女は直感の囁くままにドアを開けた。

 

「え、ここ空き部屋の――」

 

 彼女は無言で扉を閉めた。白衣を着た男性が僅かに視界に入ったが、無視することにした。時には直感も外れることもある、彼女はそう思うことにした。本来の目的を達成していたことに気付いていなかった。と言うより、完全に頭から消え去っていた。

 

 気を取り直して他の部屋を開けようとした彼女の耳に、ちょっと待った、と言う言葉が入ってきた。声の方向へ目を向けると、さっきの男性がいた。

 

「藤丸立香です。今日から隣人になります。よろしくお願いします」

 

 彼女は折り目正しくお辞儀をした。その態度に男性は面を食らったように固まった。

 

 それでは失礼しますね、なんて言う彼女の手首を男性が掴んだ。なんだ告白でもされるのだろうか、など彼女の頭の中は見当違いなことを考え、断り方を数パターンシュミレートしていた。

 

「えっと、今日配属されたバイトの子?」

 

「そうですが…何か用ですか、ヘブライ人」

 

 彼女なりのジョークのつもりだったが、ヘブと言って固まる男性を見ると、この人は本物のヘブライ人かもしれないと思った。緩やかなウェーブの掛かった髪、たれ気味の目じり、高身長。ヘブライ人は流行の最先端をひた走っていたのかと考えるも、所詮はジョークであり、とっさに対応できなかっただけと結論付けた。

 

 そんなんじゃ甘いよ、と感じるのは彼女ぐらいだろう。

 

 彼女は何千年も生きた魔女でもなければ、何十回と転生を重ねた前世を持つ特殊な人ではない。だから実際のヘブライ人を見た事がない。そもそもの話、そんなヘブライ人が居ても困るとも思った。実は今の十戒と当時の十戒には違いがあり、当時はゆるふわにせよ、と書かれていたとかなら悪夢でしかない。滅んで当然だ。

 

「えっと、今講堂で集会があるんだけど知っている?」

 

「そうなんですか?」

 

 彼女は驚いたものの、部屋に人が居ない理由を理解した。居なくて当然である。むしろ、いる方が不自然である。

 

「今から行って間に合いますかね?」

 

 立香は参考程度に聞くことにした。

 

「間に合わないね」

 

「体調不良で欠席します」

 

 即決だった。それに男は苦笑を浮かべた。

 

「おっと、自己紹介がまだだったね、僕はロマニ・アーキマン。気軽にドクターロマンと呼んで欲しい」

 

 ドクターという所から彼女は、彼が医者だろうと当たりをつけた。そして、自分と同じサボり仲間であることも理解した。立香は無言で手を差し出し、二人は握手を交わした。

 

 そうして、ぐだぐだと時間を潰しているとドクターと呼ぶ声が聞こえた。それはパーカーを着た一人の少女の声だった。少女は目が悪いのだろうか、眼鏡をかけていた。にもかかわらず、薄紫の髪で片眼が隠されているため、モノクルで良いのではと立香は思った。彼女は小動物のような雰囲気を漂わせていた。

 

「そちらの方は?」

 

「今日付けでカルデアに来た子だよ」

 

「ああ、局長が待てど暮らせど来なかった方ですね」

 

 立香は彼女の言葉に有名人は辛いなぁ、と思った。彼女はロマンから視線を外し、立香に向き合った。

 

「私はマシュ・キリエライトです。よろしくお願いします、先輩」

 

「藤丸立香です、これからもよろしくね、マシュ」

 

 何とか平静を装って対応したが、立香は彼女に戦慄した。それは僅かな身長差から放たれた上目遣いのあざとさにではない。それは可愛かったので無視した。彼女は立香のことを先輩と呼んだのだ。私の特技タップダンスを所作から見抜いたという事に戦慄したのだ。つまり、彼女もタップダンスを嗜むという事に他ならない。称賛を受けられるまでに昇華されたものが特技であるなら、称賛を得られなくなれば特技ではなくなってしまう。特技が趣味に落ちてしまう、そう立香は考えた。

 

 立香の中では、後輩はとは先輩といういつかは壁を乗り越える者なのだ。マシュ恐ろしい娘。立香の中で警戒レベルが一段階上がった。それと同時にいつまでも高い壁でいる事を決意した。

 

 再度、マシュを交えた三人で談笑をしていると不意にアナウンスが鳴った。アナウンスの内容を立香は一つも理解できなかったが、マシュが呼ばれている事だけは何となく察した。

 

「では、私はこれで失礼します。また後で話をしましょう、先輩」

 

 立香は頭を軽く下げるマシュにエールを送るように手を振った。何が起こるのか、立香には一ミリも理解できないが呼び出しをするほどのなのだから、面倒臭い事なのだろうと思った。

 

 マシュがどこかへ行った、数分後にロマンも呼び出しを受けていた。了解、とは言ったものの、僅かにながれる冷や汗からそれが拙い事を理解した。だから、立香は助言を送ることにした。

 

「テヘペロって言えば許してくれるよ。私も何かやらかしたとき、そう言うと、皆許してくれたよ。なんでかわからないけど、米神に青筋が立っているけどね」

 

 ロマンは青筋が立つ理由を察したが、何も言わなかった。最終手段にそれを試してみるよ、と彼は言った。彼が急いで持ち場に行こうとドアを開いた瞬間、サイレンの音が鳴り響いた。尋常ではない響きにロマンは慌てたが、何か鳴っているな程度にしか感じていない立香の様子を見て冷静さを取り戻した。

 

「じっと部屋で待っておいてね!」

 

 そう念を押して、どこかに彼は行った。

 

 ロマンは失念していたのだ。立香と言う少女は、抜けた、いや頭のねじが数本ぶっ飛んでいる。

 

 立香は勇敢だった。たとえそこに地雷があり踏み抜くとしても舞踏を踊らねばならぬと決意していた。それがタップダンサーの定め。立香に人の機微は分からぬ。立香はただの一般人である。魔術師でもなければ、特別な技術も持たず、平凡に暮らしてきた。けれども、舞台を嗅ぎ分ける事には人一倍に優秀であった。

 

 故に適当に歩いた末に辿り着いた、火の海に沈んだ講堂にて死に体となったマシュを見つけたのは必然と言える。

 

「せん…ぱい?」

 

 朦朧とした意識の中、立香の事を呼ぶマシュの手をそっと握る。爆炎煙る中に居て、立香は自分が助かるとは思っていなかった。ぼんやりと死を実感したが、何も思わなかった。自分の人生を改めて思い返してみたが何も感じなかった。

 

 だが、一つだけ思ったことがあった。今ここで死ねるのは幸せかもしれないという事だ。

 人の最後は常に孤独である。たとえその終わりを誰かに看取られようと、墓に入るのも焼かれるのもただ一人だけである。そう考えると共に死ねる相手がいて、それが自身を先輩と慕う後輩である。これほどの贅沢は世の中探してもないだろう。

 

 機械の音声が何事かを言っている間に立香の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 これより先は語ることはないだろう。

 

 立香はグランド・オーダーと呼ばれる七面倒な任務へと身を投じることになった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『弐』

 

 

 

 

 

 

 藤丸立香がグランド・オーダーなる面倒なことに巻き込まれて、早数か月が経過した。当然のことながら数か月の間に変わったことは多い。

中でも大きなことと言えばカルデアの従業員が増えたことだ。それも十数人単位で。

 

 聖杯と呼ばれる物により、本来の流れとは異なり改変されつつある歴史を、実際にそこへ訪れ修正する。字面だけはさも簡単そうに見えるが、やっていることはバックトゥザフューチャーである。それ以上にたちが悪いのは、立香に原因がないである。全くの無関係と言っても過言では無い。おまけに死にかけるような危険が一杯である。

 

 全部、ソロモンとか名乗るヘブライ野郎の仕業である。立香のヘブライ嫌いが加速したのは、言うまでもないことである。同時に、ロマン=ヘブライ人

 

 ヘブライ野郎に対抗するために、立香たちカルデア陣営はサーヴァントを使役することにした。

 

 サーヴァント、それは魔術師たちの間では非常に一般的な存在である。使い魔とも訳されるそれは、その名の通りに契約者の目となり耳になり、時に剣や盾になる存在である。

 

 つまり、本来であれば非常に扱いやすい存在のハズである。本来であれば。

 

 カルデアにて召喚、使役するサーヴァントは星の歴史に刻まれた英雄である。過去の偉人を魔術により用意した器に降霊させるのである。

 

 器の関係上、生前のスペックを再現することはできない。ただ、その魂レベルに刻まれた性質、性格を再現するのに器は関係ないのである。

 

 端的に言うと、新たな地雷が大量に設置されたことに他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

『ケース壱』

 

 なし崩し的にサーヴァントたちのマスターをすることになった、藤丸立香は久々の休日をベッドの上で過ごしていた。その顔は普段以上に崩れただらしない物となっていた。

 

 立香にとってベッドだけが最後の拠り所なのだ。ただでさえ頭が可笑しくなったとしか思えないオカルトの集中砲火を耐え、死を覚悟するような出来事を乗り越える。常識が摩耗して塵になるような日々の中で、このベッドの柔らかさだけは変わらずに立香を迎えてくれるのだ。

 

 ベッドと結婚する、とまでは言わないのは、きっと今は未だ耐えきれているからだ。既に秒読みのカウントが来ているのは想像に難くない。

 

 そんな安らぐ日々は、後輩の襲来により粉砕された。

 

「先輩!酒吞さんと頼光さんが台所で―――」

 

「立香さんあっとまーくがんばらない」

 

 わざとらしく、そんな声を出して、布団を被って聞かない体勢に立香は入っていた。

 

 先輩しか何とかできないんです、とか言って布団を剥ごうとする後輩に対して、立香は意地でも離さないと布団に包まって抵抗した。ベッドに潜むは我らの得手なり、と言わんばかりの完全なるダメ人間スタイルである。

 

「ほら、先輩の特技だったじゃないですか、タップダンス!」

 

 中々痛い所を付くようになった後輩だと立香は思った。確かに、誰が見ても明らかな地雷である。そこで踊らない、と言うのは立香の矜持に反する。言うべき答えはただ一つ。

 

「それはそれ、これはこれだよ、マシュ君。分かるかね」

 

 ベッドの魅力の前には矜持など糞の役にも立たないのである。決め顔が台無しである。

 

 それでも尚も立香の布団を剥ごうとするマシュに立香は痺れを切らした。マシュの手を除けて自分から布団を捲った。やっと先輩も動いてくれる、そう思ったのも束の間、立香は瞬間的にマシュの手を掴み、ベッドに引きずり込んだ。そのまま布団に一緒に包まれ、ちょっ先輩と言うくぐもった声をあげながらじたばたを動いていたが、やがて静かになった。

 

 どんなに五月蠅い奴でも取り込んで黙らせればいいのである。外に恐ろしきはハエトリグサのような立香の手癖である。これが初犯でないことは誰の目にも明らかであった。

 

 数分後、酒吞童子と源頼光が立香の部屋に入ってきて、この光景を見て怒り狂ったのも言うまでもない事だった。

 

 後日、ご機嫌取りに鬼の酒注ぎに従事する着物の若い給仕の姿があった。

 

 また、日付をずらすと一日中ずっと武人の女性にあらゆる行動を甲斐甲斐しく世話させられ続ける姿を見たとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ケース弐』

 

 

 藤丸立香の朝は早い。それは何も今日に限った話ではない。いつも朝食の時間よりもだいぶ早い時間に目を覚ます。そこには一つの日課が関係していた。

 

 カルデア内の区画に教会と呼ばれる小さな講堂がある。元々はサーヴァントたちの中にいる、キリスト教徒の為に作られたものである。

 

 立香は別にキリスト教徒と言う訳ではない。確かに事あるごとに、色々な宗教に勧誘されることはあるのは事実だ。ヒンドゥーだとか神道だとか、仏教などなど挙げればきりがない。それこそ、サーヴァントの数だけ勧誘されると言っても良い。中には、私を崇めるわよね、と言われ反射的に崇める対象を指定されたこともある。無論、断ることが出来ず、宗教としては無所属なのに、無神論者ではないということになっていた。

 

 立香としては日本と言う宗教の催事が色々なごった煮文化となっている国で過ごしていたこともあり、宗教に入ることに抵抗はないが魅力も感じていなかった。

 

 そんな彼女が何故、教会に行くのかと言うと、それは懺悔室が目的だった。

 

 懺悔室。キリスト教、特有の施設である。己が罪を告白する、それは贖罪の一つとされた。

 

 本来であれば、神父に対して行われることだが、生憎とこのカルデアにいる神父の数は少ない。そのため、サーヴァントたちの中で生前キリスト教徒だった者が交代制で駐在し、神父の代わりをして、負担を軽減している。つまり、なんちゃって懺悔室である。勿論、正真正銘の神父が担当しているときは普通の懺悔室であるが。

 立香が教会に入ると、一人の男がベンチに腰かけながら本を読んでいた。男は立香が来たことに気付き、本から目を離した。

 

「おはようございます、立香。部屋は空いていますよ」

 

 真っ黒のサーコートとは対照的な真っ白の髪の男、シャルル=アンリ・サンソンは立香を促した。

 

「毎回毎回ごめんね」

 

 立香はバツの悪そうな顔をしながら、サンソンに頭を下げた。立香に対してサンソンは頭を上げてください、と言って僅かにほほ笑んだ。

 

「何もそこまで気に病むことはないと思います。僕のような業を背負った男に態度を変えずに接してくれる、僕はそれだけで十二分に助かっています。それに僕は君のサーヴァントだ。主人の役に立つことこそが従者の本懐だ」

 

 そこで言葉を切って、先に懺悔室へと先に入っていく。

 

 立香はサンソンがああ言ってはくれてもなお深い罪悪感があった。今から自身の行う懺悔は懺悔と呼ぶほどに高尚ではなく低俗なものだ。言ってしまえば愚痴吐きと同列だからである。

 

 それでもサンソンの心意気を無駄にするわけにはいかないし、吐き出さないという選択を選ぶつもりもない。立香は懺悔室へと足を踏み入れた。

 

 懺悔室の中は暗く、じめじめとしていた。腰かけられる様に椅子が用意されており、立香は椅子に座った。立香とサンソンの間には仕切りがされており、こちらから向こうの顔は見えず、同様にサンソンからも見えない。形式はともかく、中の設備だけはきちんとしている。

 

 数瞬の間、立香の視線は逡巡をしていたが、意を決したようでまっすぐに視線を向けて言った。

 

「告白します。私は共に働く仲間たちをいつも懐疑的な目で見てしまいます」

 

 口火を切ると、あとは流れるように立香の口から言葉が溢れた。

 

「魔術って何ですか?いつまでそんなオカルト信じているんですか?確かに誰もが妄想したような出来事が私の周りではよく起こっています。それは科学的に説明できないのは認めます」

 

 立香は自身の論が矛盾して破綻していることを理解していた。

 

「でも、いい歳こいた大人たちが魔術的にどうのと言っている姿を見ると、私は非常に寒気が止まらないのです。何というか、三十までナニを守り抜いた方々なのかな、という点で。むしろ守り抜いたからこそ、そう言った事に適応できるのではないかと思ってしまうのです」

 

 正直、立香にとって今の職場がやってやれない感にあふれていた。例えどれ程の魔術的な事象を見せつけられようと、実感するのは一瞬で、すぐに現実に引き戻されるのだ。

 

「私は今でも魔術と言う存在に懐疑的なのです。信じることが出来ないのです。まだ神の奇跡だと言い張られた方が信じられます」

 

 何故なら、立香にとって魔術などのオカルトと言うものは、このように定義されているからだ。

 

「だって、中二病を喜ぶのは中学生まででしょう?」

 

 残念ながら、もう立香は高校生なのだ。黒歴史と言う忌まわしき過去を乗り越え、今を生きているが故に、もう戻れないのだ。立香にとってメディア・リリィはまだしも、メディアを見ていて心が痛いのだ。もう明らかにお年を召しているにも関わらず、自分から魔女と名乗るというのは感性を疑ってしまうのだ。如何に史実で魔女だと証明されていようと、現代の感性を持つ立香にとってはイタイ人だ、としか思えない。同じ魔術を使う女性サーヴァントでも、まだマハトマ夫人の方がマシに感じるレベルである。それでもマシなのは推して知るべし、である。そして、マハトマ夫人の背格好が考慮された上でマシ、と判断しているということは明白だった。

 

 懺悔と言う名の愚痴吐きを行い、出て行く立香の顔は何時になく晴れやかである。それに対してサンソンは最初に比べてげっそりとしていた。その姿は例えるなら、女子高校生の闇の深さを垣間見た男子高校生のようだった。

 

 余談であるが、この立香の愚痴吐きと言う名の爆撃を食らっているのはサンソンだけではない。手を変え、品を変えることで、あらゆる懺悔室の修道士ならびに修道女へ多大なるダメージを与えているのだ。無論、神父も例外ではない。その上、人の出入りがほとんどないカルデアの都合により、懺悔の内容を他人に話すことはタブーと言う暗黙の了解があることが、更なるダメージへと拍車をかけている。結果、当番に当たった一部のサーヴァントは立香が来ないことを主にお祈りをしている。なお、それが届いたことは今の所は無いようだ。ジーザス!

 

 今日も立香はド級の地雷でタップダンスをするのだった。

 

 

 

 

―――後日、立香がぽろっとメディアをイタイ人だと思っていることを漏らしたことにより、メディアの霊基に一時的に皹が入った。霊基は無事修復し、復帰したメディアから死なない程度の呪いを浴びても、持ち前の体質でけろっとしている立香の姿があった。

 

 





暇が欲しい。


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