幹比古と美月を温かい目で見守ると、すっかりいつもの調子で友人達との昼食を迎える事が出来た達也は、今日も手作りのミキの愛妻(?)弁当を食べていた。この調子で午後からの授業は何も気を重くせずに取り組めると思った。
しかし、達也のこの予想はこの後、美月が些細な事で話を切りだした事から、一変する…。
「そう言えば、ほのかさんの髪の艶、良いですね。どんなお手入れされたのですか?」
「え? あ、これ…。実は…。」
「この前、ほのかと一緒に美容院に行って、エステしてきた。」
「へぇ~、少し意外~。ほのかは雫の専属ヘアスタイリストにお世話になっているのかと思ってた~。」
「エ、エリカさん!! 違いますよ~! 私だって雫に頼りっぱなしじゃないんですからね!」
「あらそう?ごめんね。なんだかそんなイメージがあるっていうか?」
「エリカの話はともかく、美月の言うとおり、肌も髪もエステが行き届いているわね。羨ましいわ。一体どこの美容院なのかしら…。雫、良かったら私にも教えてくれないかしら?」
「うん、いいよ。」
女子らしい会話に華を咲かせる中、レオと幹比古は自然と二人で話すようになる。幸い、場所が隣だったし、女子達とは隣を意識しなければ、会話をシャットダウンできる。…しかし、達也はレオ達みたいに逃げる事は出来なかった。達也の隣には深雪とほのか、正面にはエリカだ。女子に囲まれた形で座っているため、逃げ出すことはできない。それに食べている最中に席を移動させるのはマナー違反だ。今のところ話を振ってくる気配はないし、ここは見学の意味も込めて、女子達の話を聞いておくだけにした。
「ほのか、いい香りね。香水でもしているの?」
「違うよ、これはシャンプーに含まれているバラの香り。」
「私も使っている。」
「え、ホントだ~。雫からもほのかと同じ香りがする。…あれ? この香りって。」
「あ、もしかしてそのシャンプーの名前って”プリンセス”って言いません?それにバラの香りって事は、”MOON"の方では?」
「そう、…もしかして美月も持っていたりする?」
「はい、この前買ってきました。早速私も使っていますよ。」
美月が髪を一房持ち上げて、鼻の先まで持ってきて、くんくんと自分の髪の匂いを嗅ぐ。それを見ていた幹比古は、キュンとなって顔を真っ赤にしていたが。
「私も~。みんな、このシャンプー使っていたんだね。やっぱり?」
「はい…、”RYU"様のCMがきっかけで…。」
「私も…。」
「実は同じく…。」
「あれは仕方ない…。」
「あのCMには刺激を受けましたわ。」
女子たち全員が納得し、うんうんと頷く一方、女子達の中の白一点である達也の顔色は無表情を刻み続けていた。
「何でも女性に人気のCMらしくて、ファンの人も多いらしいよ。」
「らしいではなくて、事実。パパが知り合いの伝手を使って仕入れる時も、かなりの数が流通していて、手に入れるのになかなか大変だったって言ってた。」
「あ、それあれでしょ? 雫のパパの前に誰かもう別の人が手を回して買い占めていたっていう話。」
「え、それ何? 政財界でもそんなに人気なの?シャンプーを巡っての合戦とか想像できないんだけど?」
「エリカちゃん、失礼だよ。」
「ううん、平気だから、美月。私も思っていた事だし。」
「CMと言えば、あたし何度か目の当たりにしたんだけどね。駅内やショッピング内に掲載されているCMのポスターとか、店内ポスターとか見た事ない?」
「ええ、今日も通学中に見た記憶があるわ。」
「実はそのポスター欲しさに持ち逃げする人が続出していて、警察騒ぎになっているんだよね~。盗まれて、また補充しても駅員や店員の目を盗んでいつの間にか盗まれているのよ。」
「あ、私もそれ今日のニュースで見たかも。」
「それでしたら、私も通学中の際に何度か駅員さんに追いかけられる女子生徒の方々を見たような…。大きな紙の筒を巻いて持っていましたけど、あれがそうだったのですね。」
「深雪、目撃していたの?じゃあさ、悪いんだけど特徴とか後であたしのメールしておいてくれる?」
「いいけど、どうしてかしら?」
「うちの馬鹿兄貴が捜査に駆り出されているみたいで、最近げっそりしているのよね~。逮捕できた案件もあるみたいで、取り調べもしているみたいなんだけど、言い負かされている感じで帰ってきたらいつも『何で女はあんなに口が回るんだ~!! しかも俺の事をオッサンとか、雑草とかグサリッと来るような言葉責めしてくるし~!!』…って心折れて帰ってくるのよね…。だから追い込むための証言とか欲しいから、情報とか手に入れたらすぐに連絡くれってうるさいんだから。」
「ふふふ、エリカもブラコンなのよね。わかったわ、生徒会の仕事が終わったらメールするわ。」
「何処をどう考えたら、あたしがブラコンって事になるのよ!!」
今度はエリカが顔を真っ赤にして、反論し、”RYU"が出ているCMの話から波長して、話が広がっていく。そんな女子トークを聞きながら、達也はげっそりになっていく。まさかアイドルとしての自分の影響がここまで広がっていて、友人達にまで浸透しているのかと思うと、気が重くなっていく一方だ。普通の人間なら、ストレスで胃潰瘍になっていてもおかしくない。もちろん、強じんな精神力に加え、鋼のような肉体を持つ達也には縁がないが。それでもそうなるのではないかと本人に抱かせるほどの効果はあった。
そんな達也を見て、レオと幹比古は女子に囲まれて逃げ場のない達也が盛り上がる女子トークのお蔭で、居心地悪く感じているのではないかと考え、達也に対し憐れみの視線を送る。
この視線と女子トークがますます達也の精神疲労を促進する。
こうして達也はアイドルとしての自分がどう世間や友人達から見られているか、直接知る事になったのであった。
生での情報って新鮮で良いんだけど、時には残酷になったりするからな~。