深雪と水波と一緒に一高へ向かう最中、達也の様子が徐々に異変が起きる。
一高へと近づくにつれ、溜息が多くなったり、やつれてきたりするのだ。
その違和感には深雪ももちろん気が付いていた。達也が自分から視線を逸らせば、すぐに分かるほど、深雪は達也に自分だけを見てほしいという激しい欲求を持っている。その欲求があるため、達也が何かに視線を向けて、その度に肩を落とす事に、いち早く気が付いたのだ。
(お兄様、もしかして体調でも御悪いのでしょうか?
そういえば、今日は特にお疲れの御様子。なにかあったのでしょうか?)
愛する達也に尋ねようとは思うものの、「大丈夫だ。」と優しく自分に笑い掛けて、心配かけまいと何も言わない、達也の性格は知っているため、尋ねにくい。
それに達也から放たれるオーラが質問を拒絶していると感じたからだ。
結局気になって、チラチラと様子を窺う深雪に、口数も減ってしまっている達也を目の前にしている水波は重い空気をひたすら耐えるしかなく、今絶賛個人電車になっている狭い空間から解放される事を心の中から強く望むのであった。
一方、達也はなぜ疲れ切った顔してため息を吐いたりしているのかというと……
(………こんなに注目を集めているとは聞いていないぞ!何もかも想像の斜め上過ぎる…!
どう反応すれば良いんだ! )
…と、現実を次々に目の前にして、絶句しっぱなしになり、溜息を吐く事で、自分の理性を保ち続ける事しか考えられないほど頭の中がパニック状態に陥っていた。
深雪の事以外は全てに達観した達也なのに、パニックになるくらい衝撃が走っている。
なぜなら達也の前に次々と、達也のアイドル姿である”RYU”のポスターや大型モニターのCMリピート、駅のホームでも大量の列になった宣伝ポスターの壁が現れたからだ。
芸能界に興味はなく、任務として色々思う所がありながらも、仕事を達成してきた達也は、自分が映っているポスターの行列を目の当たりにしているのだ。精神的にグラッと眩暈が起きたり、頭痛がしたりしても納得する。
しかもこの事を相談する人はいない。唯一心が休まる相手…最愛の妹である深雪にはトップシークレットだし、もし秘密を口にすれば、絶対に、間違いなく…!自分が恥ずかしくて照れるのは想像できて、それがカッコ悪く見えるものだから、なおさら話せない。
誰にも言えない胸の内を抱え、胃のあたりが若干痛みが走る。
(早く学校に着いてくれ…。そうすれば課題や生徒会の資料整理等で、気分も落ち着くだろうし、集中できるんだが。)
一番の対応策として、現実逃避を選んだ達也は、個人電車の車内で早く一高の門を潜り抜けることを信じてはいないが、神に祈るのであった。
ウィンクとか流し目とかしている達也自身を見たら、やっぱり引いたりするんだろうか?