時は少し遡り、国防軍敷地内にある個室に一本の電話が入る。
その個室の持ち主である高級軍人で、国防軍の中でも高い地位に属する女性に向けられたものだ。
そして女性はまさにその個室で、部下からあげられた報告書に目を通していた。
「こんな時間に電話…。しかも私に直通とは…。考えられる相手は一人しかいない。」
書類から目を外し、眉を顰めて視線を向ける先には電話回線を知らせるランプが点灯していた。
高級軍人の女性の名は、佐伯広海。
第一〇一旅団の旅団長で、これに属する独立魔装大隊の最高権力者だ。
そんな彼女に直通で回線を繋いでくる事は珍しい事だ。国防軍内でも担当部署を巡って繋がるのが普通だ。しかしそれを無視して回線を繋いでくるのは、候補に挙げる人物は限られてくる。今は夜遅い時間帯ため、自分より高官の者が連絡を取ってくることは無い。佐伯は残業をしていたのだ。他の高官たちは既に帰宅していたりしている。後は部下にあたる響子だ。技術的には可能だが、断りもなしに佐伯に取り次ごうとする正確ではないと知っているし、響子なら必ず風間に報告するはずだ。
なら、残った可能性はただ一人。
―――――四葉から、だ。
達也を独立魔装大隊に引き抜こうとした際に四葉との関係を築いた事がきっかけで、四葉と連絡を取れる数少ない軍人の仲間入りしたのだ。
一旦、そう思うと納得した。
冷静に考えてみれば、高官たちが自分に話をしなければいけない事案は今はない。響子も今自分が与えた任務の最中だ。
四葉からの連絡なら、おおよそ見当はついている。
佐伯は納得したが、電話に出る前にと、深呼吸してゆっくりと息を吐き出す。気合を入れる気持ちで。四葉からの電話となると、佐伯は気を張る。四葉は精神干渉魔法に特化した一族。先代当主の特殊魔法を知っているだけに、十分に警戒し、己を強く持たなければ相手の意のままに操られたり、何かをされた事にも気づく事が出来ない。
「…さぁ、始めるか。」
自分を鼓舞し、テレビ電話回線を受信するのだった。
画面に現れたのは、初老の執事で、画面の向こうから一礼してきた。佐伯はこの執事を見て、思い出す。達也の引き抜きの際に交渉役として送られてきた者だと。
しかし、一礼するとすぐに横に引いていき、画面から姿を消した。前置きを省いた形となり、口を開きかけた佐伯は踏みとどまり、緩んだ口元をしっかりと結ぶ。
すると、執事が画面から消えたと同時に、その主である四葉家現当主、四葉真夜が姿を現した。
『御機嫌よう、佐伯さん。夜分遅くに申し訳ありませんね。』
申し訳ないという作り笑顔を作り、常套句を並べる真夜に佐伯も負けじと背筋を伸ばして続く。…真夜のように笑顔はいっさいないが。
「いえ、書類に目を通していただけですから。それよりどうしましたか、四葉殿。このような時刻に直接連絡を取りに来たのですから、緊急の用件でもおありですか。」
気にしないと言いつつも、さっさと用件を言うように間接に述べる佐伯を見て、面白そうに笑う真夜。
『ふふふ、そんなに固くならずともいいと思いますよ? 同じ女性同士、もっと気楽に話しませんこと?』
「申し訳ないが、何分仕事最中ですので。それに私は軍人だ。固くなるのは既に身体に刻まれている。」
『そうですか、残念ですわね。』
頬に手を当てて、残念がる真夜は、実年齢より若く、幼げにも見えた。しかし、それも一瞬の事で、すぐに作り笑いへと変える。
『分かりました、佐伯さんの仰る通りに早速本題に入りましょう。
佐伯さん、最近達也への干渉を増やしましたね?』
「……何が問題でもおありか?」
真夜が言ったとおり、早速痛い所を突かれた佐伯。しかしこの事は電話に出る前から予想していた。真夜が要件としてあげてくる事と言えば、最近の達也の動向を探っている事だろうと。
そしてこの事を素直に認める事も決めていた。四葉相手に嘘や恍けようとするのは、自分の尊厳や安否と天秤にあげれば、烏滸がましいほどつまらないものだ。
『ええ、問題ですわ。確か、達也をあなた達、独立魔装大隊にお貸ししてもいいという取り決めをする時、必要以上の達也への監視はしないと盟約を交わしましたよね?
間違っていないかしら?』
「……そのとおりだ。必要であると判断する程度での彼の監視は許可していただいた。こちらとしても戦略級魔法師の彼をおいそれと野放しにはできない。」
『ええ。その点は同意しますわ。ですが、あなた達が最近、達也の事を探っている事実を見過ごせという事にはなりませんわ。』
「四葉殿には不快な気分を感じさせたのは申し訳ない。しかし、こちらとしてもそれなりの訳があった事はご了承願いたい。」
ここで一拍置いて、佐伯が瞳を鋭くし、意を決して尋ねる。いよいよ聞いておきたい事を聞くのだから、念を入れ、そして言葉を間違えないように慎重になる。
「四葉殿…、あなたが彼に何の目的があって、あのような事を行わせているのか、お教えいただいても構わないだろうか?」
異常に喉が渇き、唾を呑み込む。しかしその事を悟られないように、顎を引いて、喉元を隠す。額にも少し汗がにじむ。
今、佐伯を支配するのは、とてつもない緊張感だった。
自分の命を容易に取られるかもしれないからね。佐伯も慎重に行動してますよ。
そしてそれに対する真夜は、表の性格ですね。