(ようやく心置きなくメイドとしての責務を全うできます。)
やっとやりたかった事が出来て、心の中で満足げになりながら、手は夕食作りに忙しくまな板やフライパンの上を走っていた。誰にも邪魔されずに仕事に没頭でき、嬉しい水波。主である深雪に真正面から「邪魔」だとは言えないが、いつもの家事の取り合いには精神的疲労が溜まる始末だったため、一人で準備できる事に胸を撫で下ろす。
せっせと夕食を作る水波の耳にその主である深雪の楽しそうな話し声が聞こえてきた。会話の内容的に今日の出来事を語って聞かせているのだろう。
そんな事を考えていると、ふと水波は留守番の時の事を思い返すのだった。
★★★
「お兄様…、もしかして女性と親しくなさっているのでは…。」
ついに疑心暗鬼となった深雪の表情が暗く淀み、妖艶な笑みは微かに不穏な影を見え隠れさせていた。
(まるで奥様と瓜二つに見えてきました…。)
気が重くなり、気を失ってしまいたいという衝動を抑え込んで深雪に付き控えている水波は若干現実逃避をして、達也の帰りを祈っていた。
そして達也とどこの誰かもわからない異性とラブラブな妄想を頭に浮かべたらしい深雪はついに、無意識で魔法を発動させてしまい、リビングはあっという間に極寒の世界となった。冷蔵庫や冷凍庫…何かに例えるには烏滸がましく思ってしまうほど、生半可なものではなかった。寒さでブルッとするなんて物ではない。完全防寒対策をしていなければもはや凍傷だけで済まない…といった世界を一瞬のうちに作り上げたのだ。
見渡す限り全て白くなっており、吹雪の風がそこらじゅうで吹き荒れていた。そんなテレポーテーションしてしまったのかと疑りたくなる場所で水波は何とか生き残っていた。間一髪だったが、対防寒と情報強化しておいた障壁を自分を取り囲む形で影響を押さえていた。完全には無効化できずに白い息を吐いているが、何とか凍らずに済んでいた。逆に深雪は平然としていて、水波はこの時恐怖を感じた。でもこのままなのはさすがにまずいし、家具類が傷んでしまうと思った。それに家具の多くは水波が司波家で生活する上で新しく新調したものばかり。水波もお手を煩わせるのは嫌だった。
「…深雪、様…! 落ち着きましょう!」
「………」
(聞こえていない…。それなら・・・!)
「魔法を暴走させたままの深雪様を見たら、達也様、悲しまれますよ!」
「え?」
「それどころか、これを機に深雪様から距離を置かれるかと! ……傍にいれば凍る事は必須なので!」
「そ、それは困りますっ!ま、待って! 」
水波の類まれなアイデアによって、深雪は正気を取り戻し、リビングに立ち込めていた極寒の世界を瞬く間に元に戻していった。深雪は干渉力が強い上に魔法の暴走が起きるが、意識すればコントロールする事が出来る。
一旦深呼吸をし、落ち着かせるとその呼吸に合わせるようにして、凍りついていた壁が溶けていく。数分後もう大丈夫だと判断し障壁を解除した水波に深雪が申し訳ないと言う顔で謝罪してきた。
「ごめんなさい、水波ちゃん。私、取り乱しちゃって。身体は大丈夫?」
「はい、お心遣い感謝します。私は問題ありません。」
危うく氷像にされかかったという事実は言わず、深雪に機嫌を良くしようと、達也の事を考えないようにある提案をしてみた。
思いつきで言ったこの提案がまさかここまでの効果を発揮させるとは、水波はこの時、想像していなかった…。
眠い…。
本来は深雪を極寒から守らないといけないんだけど、思わずわが身を護っちゃった水波。これは仕方ないよね?だって深雪の減速魔法…、ニブルヘイムを受けちゃあ。