深雪のコーヒー待ちの間、しばらく考えていた達也は、ふと庭に隣接するベランダのガラス戸が目に入った。正確には、ガラス戸についている水滴だ。しかも曇っている。これを見て、達也は自分がいない間に何があったのか、なんとなく想像する事が出来た。
見当がつき、ようやく謎も解けた達也の元へ、水波が戻ってきた。歩く感覚や姿勢はさすがメイドとして本家に仕えていただけに背筋を伸ばして向かってくる。しかし、顔に出ている表情は物凄く疲れ切っていて、視界が定まっていない。
こっちも放っておくとまずいと判断した達也は、水波に話しかける。
「水波、そんなに気を落とすことは無い。あれは深雪の日課なんだ。やらせておいてやってくれないか?」
「……はい、畏まりました。……ですが、せめて夕食は私が作る事を深雪様にお伝えください! このままでは私、今日は満足に仕事を全うできたという実感が持てないまま、一日を終えてしまいます!」
「…分かった、深雪には俺から言っておく。水波、悪いが夕食はよろしく頼むよ。」
「はい…! ありがとうございます、達也様…!」
歓喜極まって、顔の前で手を組む水波を達也は持て余す。いつもの水波なら、「はい、畏まりました。」と短く告げてから嬉しそうな笑みをうかべて、こっそりガッツポーズを取る。しかし今日は若干羽が伸びたのか、感情が豊かになっている。
(よっぽど嬉しかったんだな…。そんなに深刻なのか?)
深雪に夕食作りを譲るように言うのはそう難しい事ではない。深雪なら、
「お兄様が仰るのなら深雪は夕食は作りませんわ。水波ちゃん、後は任せたわよ? では私はその間お兄様とコーヒーを飲んでゆったりとお待ちしております。」
…と肯定し、これ幸いと達也との時間を隣で共有しようとするだろう。
しかし、それはそれでどうなんだと思いたくなる達也だ。水波は本来、深雪のガーディアン見習いであり、ゆくゆくは深雪のガーディアンとして、その身を盾にして深雪を護るようになる。それは既に決まっている事だ。その点に感じては達也も特に反論はしない。(反論するとすれば、勝手にガーディアンを辞めさせられる事だ)だから、水波は深雪が主である。メイドはこれまでもやってきたため、両立しているだけ。優先順位だとガーディアンが上になる。その事は達也も理解している。しかし、それと同時に頭を捻る。
深雪の命令は聞いて当たり前なのだが、その兄である達也に対して命令を聞く必要は無い。それに立場的には大差はない。同じガーディアンの先輩後輩みたいな位置づけだ。達也が命令したら普通は素知らぬ態度を取る。四葉本家にいたのならなおさらだ。
それなのに、達也がお願いしてもすんなり聞いてくれる。寧ろ深雪と同等の言動を受ける事があるのだ。
だから、水波から格上のように扱われるのは歯がゆいと感じる達也なのだった。
ただ単に慣れていないだけなのだが。
そんな訳で、達也に反感を持たずに接する水波の喜びようを見ていたら、色々と深雪と水波の関係について、不安になってきたので、自分の考え付いたものが正しいのか、確認も兼て聞いてみる事にしたのである…。
深雪みたいに愛情たっぷり受けて生活していたわけではない達也だから、水波が自分にも頭を下げたり、礼儀を重んじたりするのが何だか違和感ありまくりだったんだよね~。でも嫌いって訳ではないから、二人の様子を観察していたけど、かなりの水波の喜びように何かを感じ取った訳ですよ~。はい。
整理するとこんな感じ?