憤慨を見せるエリカに修次が怒りを収めるようにと、両手の掌をエリカに向けて数回前に押し出す動作をしながら弁解する。
「お、落ち着くんだ、エリカ…! 僕はそんなつもりはないよ!
ただ戦闘に置いて……」
「”戦闘において、現場の状況に合わせた対応力を身に付けないといけない。型ばかりにはまっていては強くはなれない。もっと幅広く取り入れるべきなんだ。”
………ですよね、次兄上。
この言葉は何度も聞いております。私も次兄上の言い分には納得する部分はあります。……前半だけですが! なら、我が千葉家剣術の技をその状況に合わせた使い道に改良すればいいだけではありませんか! それなのに、伝統の千葉家剣術を放り出し、あまつさえ小手先の技術に走るとは言語道断です!」
「エ、エリカ…? 僕は剣術を疎かにしているつもりは…」
「疎かにしていないと仰りたいのですか? ではなぜ先程の模擬決闘でそのように闘われなかったのですか? 少しでも千葉家の次男として、千葉家剣術に誇りがあれば技だけでなく、身体の動き方にもそれらしき兆候が出たはずです!ですがまったく見せないどころか、すっかり戦い方も変わられました!
…昔の次兄上はこんなんじゃなかった。」
「エリカ……」
「それもこれも全て……!
次兄上はあの女と付き合い始めて堕落しました! あの女の画策に乗っかって何もかも変わられました!」
「エリカ!!」
ずっと押され気味だった修次が今日初めてエリカを叱咤した。エリカは溢れんばかりの追及の言葉を一旦止める。ただし瞳にはまだ冷めきれていない憤怒が見えた。
「僕の事はいい。しかし摩利を悪く言うのは止めろ。今の千葉家では今後の世界の流れによっては苦しい立場になると思っている。だから伝統だけにとどまらずに新しいものを取り入れた新たな千葉家剣術を作りたいんだ。そのために摩利は僕に協力してくれているだけだ。摩利は悪くない。」
「……言いたいのはそれだけですか?」
「え?」
「お言葉ですが、そのような言い訳に耳を傾け、納得するほど私は甘くありません!次兄上!
…いい加減出てきたら? こそこそと私の機嫌を窺って、覗き見している方?」
エリカの言葉に修次がビクッと反応する。すると、気付かれていた事を知り、観念して道場の開いた扉から姿を現したのは、渡辺摩利。修次の恋人であり、エリカの先輩だ。
「や、やあ、エリカ。お邪魔しているよ。」
ばつが悪そうに笑顔を作ろうとして苦笑している摩利が、エリカに挨拶するが、エリカは完全無視する。摩利を見ようともせず、ただ正面の修次を凝視する。
「エリカ…、いつから知ってたんだ?」
「初めからです。 次兄上がご帰宅なされる時は必ずあの女が付いてきますから。」
「………」
「たかがあの女にカッコつけようとして、あの女に唆された小手先の技を使っていたのは分かっています。
…これほど次兄上を陥れていたとは、つぐつぐこの女は不愉快です!」
「エリカ!!」
「もう一度言います! 次兄上はこの女と付き合い始めて堕落しました!!」
話はもう終わった。これ以上は聞く耳はないと、道場を後にしようとするエリカ。まだ稽古は途中だが、年季の入った門下生達は止めようとはしない。今のエリカを道場に留めさせると、ストレス発散に稽古の相手をさせられ、コテンパンに痛めつけられる事を身に沁みて体験しているからだ。若い門下生達もその噂を聞いているので、止めない。逆に親衛隊たちがエリカにお供しようと後をついて来ようとしたが……
「来ないで。」
鋭い女豹が止めを刺さんとする視線を向けながら、拒絶してきたので、エリカを見送る事しかできなかった。
エリカが去った後、修次は摩利を抱き寄せ、慰める。それを傍から見守る門下生達はここにエリカがいなくてよかったと本気でそう思うのであった。
それからは離れの私室で道着から外着に着替えたエリカは街へと外出する。
「次兄上の馬鹿~~!!」
大声で叫ぶエリカの怒りは今は収まらず…。
彼女同伴でカッコいい所を見せようとするのは男の性。
エリカが怒るのも当然だよ~。
これで、どう達也のCMと繋がるのかな?