深雪の吹雪もあれだけど、こっちは業火だよね~。
一通り門下生たちの御世辞や健闘を称えられ終わると、修次はエリカへと歩み寄り、手を差し伸ばす。
「エリカ、また剣のキレに磨きをかけたな。実際に闘ってみて分かったよ。相当稽古を積んでいるんだな。エリカは昔から筋がよかったし、兄として嬉しい限りだよ。
ま、本当は女の子に剣術を強いるのはどうかと前は思っていたけど。」
「…それは偏見です、次兄上。女子だからと言って、剣術を磨く事に反対するというのは、今の世の中では差別的発言です。…ま、まぁ、次兄上が私を気遣ってくれているからの発言として受け取っておかない訳ではありません。」
「その通りに受け取ってほしいんだけどな~。可愛い妹に武器を持たせて、人殺しさせたい兄なんていないよ。」
若干視線を逸らしてそっぽ向くエリカに差し伸ばしていた手をエリカの頭に置き、優しくポンッポンッと撫でる修次。幼い頃に妾の子として千葉家にやってきたエリカを見守ってきた。千葉家の一員として少しでも認められようと剣術に力を入れていたエリカをずっと心配していた。エリカの気持ちも分かるし、実際に稽古するエリカの手を掴み、止めるように説いたり、父親にも直談判したのだ、『エリカに剣術を叩き込まないでやってくれ。それ以外の事でエリカを認めてほしい。』と。しかし、父親はエリカの持つ剣術の才能を見抜いていた。だからこそ、修次の願いは却下され、エリカにも直接指南するほど剣術を叩き込んだ。それを止められなかった修次は子供ながら悔しい思いをした。そんな修次に対し、エリカが笑顔で告げた。
「ありがとう、次兄上。 私、千葉に恥じない剣術家になります!」
その言葉はエリカの本心からだと悟った修次はそれ以来無理にやめさせようとはしなくなった。エリカ本人がそう決めたのなら、それを見守ろうと。
ただ今でも、無理をして稽古をしているのではないかと心配してしまうのは、兄としての感情があるからなのか…。
そんな複雑な心境を持っているが、純粋に剣術に向き合っているエリカに誇らしい思いもあり、頭を撫でる感触も更に優しくなる。
この行為に敏感に反応するエリカ。一瞬だけ身体を跳ねらせたが、すぐに静まる。その静けさが異様なほど続き、エリカから発せられる黒いオーラで思わず手を離す。
「そうですね…、次兄上はお優しい方です。そしてこの千葉家を継ぐに相応しいとまで言われるほど、千葉家剣術に優れた方です…。この決闘で次兄上が私より強いのは当然だとも結論できました。」
俯いたまま声音を低くして語るエリカがいかに今、怒りに満ち溢れているかを肌で感じる。
「ですが…!!!」
一言区切って、顔を上げたエリカの顔にはさっき見せた拗ねた表情もなく、怒気を含み、全ての存在を鋭くにらむかのような女豹の目つきをし、臨戦状態の緊迫した表情を見せた。
これには、妹想いの修次もどんなに『千葉の麒麟児』として有名になっていても、恐れを抱かずにはいられない。
エリカがこうなると、身が縮こまる修次は、早くも恐妹家に変化していた。
「次兄上っ!!」
「はいっ!!!」
「なぜあのような闘い方を仕掛けてきたのですか!!? 先ほどの闘い、千葉家剣術を会得してきた者の闘い方ではありませんでした!
どういう事ですか! 私はこの決闘、最初から納得できません!」
エリカの目は、切れ味のよい剣のように、修次に突き刺さるのであった。
次兄上が自分より強いとは認めているけど、千葉家の剣術を一切使ってこなかったという事で、憤怒しているエリカ。
ここから修次はエリカに尻に敷かれる展開だけで終わるのかな~?