鈴蘭は女優であるが、今この場では、世間で言う所の年頃の恋に憧れる少女だ。
学校でも同級生たちが恋バナをするのをよく耳にする。そう、耳にするだけだ。実際に恋バナをした事がない。してみたいというのが鈴蘭の本音だが、すでに固まってしまった自分のイメージが同級生たちにも持たれていて、恋バナをするようなキャラでないと認識され、そう言った話題は話しかけられてこないのだ。寧ろ多いのが、共演する俳優の意外なところとか、その相手とはどういった関係だとか、このスクープで話題になっている人達の事を何か知らないか?…といった芸能界でのスキャンダルな話を聞きたがる。こういった話になると、嫌悪感が湧き上がってくるが、大人な表の鈴蘭は旗を立てて切り捨てる事は出来ない。愛想笑いを浮かべながら「そう言った事は私の口から言う事ではないわ。本人から語ってくれるのを聞いて受け止めてあげるのがファンの励みになるんじゃないかしら?」と、やんわり断って、ファンとしての接し方にも少しアドバイスするのだった。
そんな訳で、誰かと恋バナをしたり、打ち明けたりすることがない鈴蘭は、一人になって本来の自分になってから、独り言で話す。
…と言っても、今までは耳にした同級生の恋バナに対して自分の意見を誰もいないリビングで話すのだが、今日は初めて自分の事を口にした。
「まさか今日あそこで会うなんて思わなかったよ~! MVよりも生の方がミステリアスでカッコ良くて、素敵だった~! 鼓動が跳ね上がりっぱなしだった! 良く気絶しなかったよ、私!
審査の時も、私がダンスの申し込みを視線で合図しただけで即座に理解してくれただけじゃなくて、踊ってくれたんだよ! 超紳士すぎる~~!!そう思わない!!?」
幼い頃から大事にしている鈴蘭の相棒であるウサギのぬいぐるみに熱烈に話しかける。もちろんぬいぐるみなので、返事は返ってこないが、鈴蘭は一緒になってはしゃいでいるように思えて一層嬉しさが込み上げてくる。
二次審査の時、大澤監督が”会場内のものを使ってくれて構わない”と言った時、鈴蘭は審査員席に座る彼とダンス出来たらどれだけ嬉しいかと胸を躍らせた。そして会場内のものなら、彼と一緒に踊れるのでは?と閃いて実行してみたのだ。しかし上手くいくかなんて正直考えていなかった。せいぜい一瞬でもいいから自分を意識してほしいなとささやかな願いを考えてお願いしてみたのだ。だから実際彼と踊れたときは、嬉しさと喜びに舞い上がりそうになりつつも、彼の前で恥を掻きたくないという思いもあり、なんとか審査に対する意識も保て、全力で乗り切った。
「はぁ~…、ますますRYU様の事が気になってしまう私って、どこか変なのかな?」
ドキドキが止まらない彼に…RYUの事が頭から離れない鈴蘭。
最初に意識したのは、RYUのデビュー曲を聞いたときだった。鈴蘭にとってはRYUの曲を聞いたのは偶然だったが、今でもその時の衝撃は覚えている。思わず涙が溢れてくるほどだったから…。
それからは毎日朝起きた時や寝る前には必ず聞くようになった。それが今の自分の励みになっているから。
そしていつかこの芸能界にいれば、会う機会があるかもと期待した矢先だったのだ。
こんなに早く願いがかなうなんて想像していなかっただけに、感動は波打ちたったものだ。
「これが…初恋っていうものなのかな?
……次に逢えるのがこんなに楽しみなんて、今までなかったんだし。
…ふふふ♥」
自分でもよくわからないが、こんなに誰かに逢いたいと思う事は今までなかった。今度会う事になるCM撮影の時が今からでも待ち遠しいと、そろそろ寝る準備しなきゃとソファーから立ち上がった鈴蘭は、モニターの電源を入れて、RYUのデビュー曲『Thank you』を聞き始めるのであった。
これで、達也の曲の期待度が上がったよね?
…発表する時、歌詞とか一生懸命に取り組まないと、ダメだよね?うわ~~!かなりのプレッシャーが~~!!