深雪が不機嫌な時に見せる笑みに思わず顔が引き攣りそうになる達也。もうすっかりRYUというアイドルの意識はどこかへと飛んでいき、普段の男子高校生、司波達也の意識へ変わる。
(あの顔は…。俺がもしどうしてここに?
…なんて答えれば
『何のことでしょう?お兄様?それよりも……深雪を留守番させてまでここに着たかったのですか? 女性が大勢いらっしゃるこの場所に?』
……と、氷柱で心臓を刺してくるような視線と張りつけた満面の不愉快な内心とは対照的な満面の笑みで問い詰めてくる…………感じがする。
まだ、大勢の人の目があるから、凍りつかされることは無いかもしれないが…。)
嫌な汗が止まらない達也は刻一刻と自分に歩いてくる深雪をどう説得しようかと、思案する。
しかし、大澤監督の一言でこの嫌な幻想は破られる事になる。
「次、天童鈴蘭。」
「…………え。」
一瞬聞き間違いか?、と自分の聴力を疑った達也だったが、どんなに雑音が入ったり、複数人の声が入り混じっても正確に聞き取る事が出来るため、聞き間違う事は達也にはない。しかし、そうだと思いたいほどの信じられない一言だった。
目を閉じて、もう一度はっきりと正面を見ると、ずっと深雪だと思っていた人物は鈴蘭だったのだ。
これには動揺なんてものにはあまり縁のない達也だったが、絶句したのは言うまでもない。
(これは…! まさか、精神干渉されていたのか? ……いや、それならすぐに気づいていたはず。魔法が使われた形跡も…ない。 …てことは、俺の幻想だったというのか?)
自分自身に『精霊の眼』を向けて、催眠状態ではない事を確認し、異常がない事を知る。しかし、明らかに自分が深雪を見て、冷や汗を掻いたのは事実。現にまだ額に汗が流れていた。
精神科干渉にも耐性を持つ達也は自分に襲った現実を理解できない。
必死に考えるが、理解に中々到達できない。
しかし、一見魔法と縁がない人にとっては、分かる事である。
つまり鈴蘭が放つ雰囲気が達也の知っている深雪の雰囲気に酷似していて、その表現力によって、錯覚による幻想を見ていたに過ぎないのだ。
更に、深雪に気づくほんの少し前まで美晴の演技の評価をつけながら、深雪だったら…と考えていたのと、意識が達也へと変わりつつあった事でより印象を強くしたのであった。
だから達也にそれだけの高い表現力を魅せつけた鈴蘭の雰囲気は寧ろ高い評価をするべきだと言える。それに翔琉が呼吸を荒くして、鈴蘭を凝視している。
その反面、未だになぜ深雪と間違えたのか、理解できない達也は、解明するために試行錯誤していた。
★★★
達也が鈴蘭の表現力で深雪と勘違いした事に思考を巡らせている一方で、当の本人である鈴蘭は、優雅に歩み出し、体の軸を安定させたまま、人の上に立つ威厳と真っ直ぐとした面持ちでそれでいて女性らしい笑みを浮かべて進む。それはまるで舞踏会でのお披露目をしているプリンセスのように。
これが、達也にとって、パーティーの時に深雪が魅せる風貌と重なって見せていたのだった。
しかしそんな事なぞ知らない鈴蘭は、淑女のような振る舞いをする内心では、ここまでうまくいったという喜びと同時に次の作戦への実行に対して不安と緊張があった。
(が、頑張るのよ、鈴蘭! 絶対に上手くいくわ!)
自分にエールを送り、姿勢を崩さずに目的の場所へと向かう。
そこには、鈴蘭がどうしても必要なものがいたから…。
やっぱり~~!! 幻影の深雪を見ていただけですな~!
たまにあるよね! いない筈の人の事を考えていたら、不意にその人が現れたり、そっくりさんが現れたり…。
まさか達也様がそれに遭遇するとは思わなかったわ~~!!