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休憩時間が終わり、二次オーディションの参加者を会場へと案内するため、控室へと向かう人影が今の内にと、溜息を吐く。
「オーディション自体初めてだが、これって俺がする必要あるのか?」
もはや愚痴とも聞き取れる独り言を呟くのは、RYUだ。
そう、RYUは二次参加者たちを呼びに行き、会場へ連れてくるという役回りをすることになったからである。
その理由は簡単だ。スタッフの誰もが行きたがらなかったからだ。
元々呼びに行くスタッフは決まっていたが、連絡事項の確認等で一度控室に行って帰ってきた時物凄く顔色を悪くし、歯もガタガタと震わせるほどの怯えようだった。そしてそのスタッフは打たれ弱い性格なのか、お腹を押さえて痛がり始め、病院へと一人のお供をつけて会場を後にした。その姿を「あれは胃に穴が開いてるな…。」と他人事だと弁えた目で見送ったRYUだった。
そんな事があったから、代わりに呼びに行くという役目を誰もやろうとはしなかった。同じスタッフの人でさえ、呼びに行くのを渋っている。
しかしこれではいつまで経っても終わる事は出来ない。RYUもこの後の予定があるため、早く済ませられるなら済ませたい。そのためにRYUは大澤監督に話しかける。
「大澤監督、監督が指示すればさすがに行くと思いますが。」
「そうだな~…、よし、では…」
数秒考えた末に大澤監督の口から出た名は…
「RYU君、よろしく頼むよ。」
「…………は?」
まさか自分に振って来るとは思わなかったRYUは戸惑いの表情を一瞬だけ見せた後、しばらくしてから座っていたパイプ椅子から腰を上げ、立ち上がる。
「……分かりました。呼んできます。」
「ありがとう、RYU君。君ならそう言ってくれると思っていたよ。…君じゃないと抑えられないからね。」
「?」
なぜ自分が行けば上手くいくのか?
意味深な発言に頭の中で疑問が起きる訳だが、壁際で控えているスタッフたちを見て、その疑問は消えた。さっきまで身体を硬直させたり、そっぽ向いて選ばれないように身体ごと逸らしたりしていた彼らがRYUが行くと決まった途端、安堵の表情を見せ、緊張が解けた事で雑談をし出す。オーディションを円滑に運ぶためにいるはずの彼らがこの調子なら、自分が行った方が早い。そう思わせるほどRYUは呆れる。
それからは会場を後にし、控室に向かうため廊下を歩いていたのであった。
今更彼らに任せるつもりもないが、やはり「これは間違っていないか?」と再び思うほど気分的には落ち着かない。そして考え事しているうちに到着した控室の前で立ち止まる。ノックしようと思ったが、廊下からも漂ってくる中の尋常ではないびりびりとした空気を感じ取った。人の気配に敏感なため、中の状況は手に取るように分かる…というのは大袈裟だと思うかもしれないが、あのスタッフがなぜあんな事になったのか理解した気がした。そして他のスタッフが行きたがらなかったのも。この独独とした部屋の空間に尻込みしたのだと。
(まぁ、俺は慣れているから問題ないがな。)
女性の蠢く黒い空気を平然と受け止めるRYUの鋼の精神で控室のドアをノックする。
そしてドアを開け、中に入るのだった…。
これぐらいならRYU(達也)は平気だよね~。