参加者たちの控室にて。
一次を落ちた参加者たちは、落胆が隠しきれないほどショックを受けて控室を後にしていく。その際にオーディションで知り合った子で励まし合ったり、二次を通過した子には激励や応援を口にしている声があった。
…もっともそれらは少数であり、多くは二次へと通過した子への悪口や妬み、呪詛を口にしていたが。口だけでなく、嫉妬を向ける視線が鋭く光る表情があちらこちらにある。オーディションに応募し、参加した全員が女性で、このオーディションに芸能界入りや更なる知名度への打診にと燃えていただけにその熱意が嫉妬へと変換されていったのだ。
この控室を審査員や男性が覗き見たら、先程までの懸命な彼女達はどこにいるんだ?と思いながら、室内の空気に後退りして退却するだろう。
それほどの心労を与えるほどの怨念?に似た空気が蠢いていた。
その空気の中、嫉妬の眼差しを一身に受けているのは、今回のオーディションでの本命である鈴蘭だった。自分より才能のある者を羨ましがったり、嫌悪感を抱くのは人間として仕方ないかもしれない。しかし、鈴蘭は自らの力で通過したので、嫉妬の眼差しや悪口を言われるような覚えはない。それはその眼差しを向けている不合格者たちも本当は醜いとは分かってはいる。それでも、自分が不合格だったのは目の前に強大な壁が出てきた所為だと思い込みたいという、現実逃避気味な思いが強いからだ。
そしてそんな彼女らを更に煽るような姿を見せている鈴蘭の状況が悪化させている。
鈴蘭がパイプ椅子に座ってミネラルウォーターを口にしながら休憩している。それは別に悪くはない。…ただその周りの取り巻き達の態度が彼女達に怒りを与えていた。
取り巻きだからと偉そうな物言いをして、他の落第者たちを鼻で嘲笑う。そこで鈴蘭を担ぎ上げて鈴蘭を褒めると同時に取り巻きである自分達がいかに優れているのかを大声で振りまく。ちなみに取り巻き達は全員通過してはいないが。
まさに「虎の威を借る狐」という言葉が相応しい。
その虎である鈴蘭は止める訳ではなく、無言でどうでも良さそうに冷ややかな表情を見せ、情報端末を取りだし、書籍サイトを立ち上げる。完全に事態を放っておく気満々だ。
これで、控室の温度が更に下がっていくと思われた。しかし、それを物ともしない天然を持った少女が鈴蘭に近づく。
「鈴蘭さん、一次通過おめでとうございます! ダンス素晴らしかったです。感動しました! 私もまだまだ頑張らなきゃ!って思いました!
あ、でも二次では私も合格を取りに行きますから、負けませんよ!
お互い全力で頑張りましょう、鈴蘭さん!」
鈴蘭に手を差し伸べて、満面の笑顔で握手を求める美晴。
二度目の正直で、今度こそ友好的な関係を築こうとする美晴に対して、鈴蘭の取り巻き達は、毒気が抜かされた。
茫然と眺めるだけの取り巻き達と違って、鈴蘭はため息を吐いてみせ、書籍サイトを閉じる。そしてパイプ椅子から立ち上がると美晴と正面から向き合う。
「さっきも言ったと思いますけど、私は貴方と仲良くする気は全くありません。それに今、私達はお互いこのCMに起用されるために闘っている敵同士です。おいそれと敵に付き合うつもりもありません。大体そのようなお友達ごっこをしているから、注意力散漫して、落ちるんですよ。」
一度言葉を切って、だらしがないと言わんばかりの表情で一次を通過できなかった人たちを厳正する。
「…それって、もしかして……」
美晴がごくりとつばを飲み込んで、鈴蘭に問い掛ける。
「私をライバルと認めてくれたって事ですか!?」
目をキラキラとさせて大いに喜ぶ美晴の純粋な表情にさすがの鈴蘭も脱力気味になり、顔が引き攣る。
「……っ、そうよ! あなたにだけは私だって負けないので! 絶対に私が受かって見せます!」
否定するともっと厄介な展開になると察した鈴蘭は、言うつもりもなかった闘争心が込められたライバル宣言をする。
思わず声を出していってしまった事に、鈴蘭は若干恥ずかしそうに照れる。
なんとか言い訳しようとした鈴蘭だったが、ちょうどいいタイミングで二次オーディションのために呼びに来た人物によってそれは霧散する。
その代わりと言ってはなんだが、呼びに来た人物に固まる鈴蘭だった。
女の嫉妬って怖い時がある。敵に回したらやばす。きをつけるなり、男子の皆さん…!シュタ!!(逃げの小太郎)