「それでは、まず一次のオーディションを始めます。一次ではみなさんに、ダンスを披露してもらいます。どんなジャンルのダンスでもいいです。」
大澤監督がマイクを通して、一次の内容を参加者たちに語る。
参加者たちは待ってましたという顔で表情も挑戦的になる。それもそのはず。彼女達は自分が持つダンススキルを使ってCM出演を狙っているのだから。
大澤監督は、身体をフルに使った演出を好んでおり、彼が手がけてきた作品を見た人は、「スリルが凄すぎる」「手に汗を握る思いでつい見入ってしまった」「息をするのを忘れるくらいの怒涛の勢いでのアクションに痺れた」という感想を述べる。
このような感想を世間に与える大澤監督の作品は、例えCMであろうと人気は高い。CMでアピールした商品や会社は一気に知名度が上がる。そして大澤監督の”人の自然な動きやパフォーマンス”を重視した撮影に抜擢された芸能人はその動きの良さや演技力が認められ、更なる仕事のオファーが舞い込んでくるのだ。
だから、大澤監督は芸能界からは『芸能業界の福の神』とも陰でこっそりと言われている。
その大澤監督の異名を知っている参加者はほぼ全員だ。知っているからこそ、このオーディションに合格し、CM出演して有名人としての称号を狙っているのだった。
「では受付でもらった番号札を皆さん付けていらっしゃると思います。皆さんそれぞれが持つ番号が呼ばれたら、前に出て、踊ってみてください。…では、13番!」
「はいっ!」
番号を呼ばれた少女が前に躍り出て、一礼すると軽やかにステップを踏み出し、キレのあるダンスを披露いていく。そのダンスを全員が見守る。そして、一通りダンスが終わり、次の番号を呼ぶ。これを繰り返していき、それぞれのダンスを見ていく。
審査員席で鑑賞するRYUは、どの少女もこのCMを受けるだけあって、かなりの高レベルのダンスを披露してくる。大澤監督の作品の特色とその影響について全く知らないRYUは、少女たちのレベルの高いダンスをこの目で見れた事でいい機会だと心の中でほくそ笑む。RYUはまさかここまで参加者のダンスが優れているとは思わなかった。それを改めて認識を修正し、たまにお手本になりそうなダンステクニックが出た時は、頭の中で自分がした場合のシュミレーションを行う。芸能業界に入ってまだ1カ月も経っていないが、ダンスを始めたのもまだ1カ月も経っていない。まだまだ学ぶことがたくさんあるとしみじみ感じるのだった。
そんな思考を持って観察していたためか、気が付けば残りは美晴ともう一人だけになったいた。
もうそこまで進んだのかと、他人事のような感じで目の前にある電子ペーパーを手に取り、書類を開く。開いた書類は、応募書類だった。…美晴ではなく、もう一人の天童鈴蘭のものを。
その書類に書かれたこれまでの芸能界での活躍を知ったRYUは、鈴蘭の出方次第では、「このオーディションは美晴にとって難しい局面に持っていかれるかもしれないな。」と今から踊ろうとする、鈴蘭へと顔を向ける。
すると、一瞬だけ鈴蘭が自分を見た気がした。だが、RYUがその意味を考える事もないまま、鈴蘭の舞は始まった。
ねむ…。
大澤監督ってかなりすごい人だった事が改めて実感したわ。