今日は美晴視点でいきます!
達也に慰められて、吹っ切れた美晴は、醜態をさらしたという羞恥心ではなく、達也が魅せた微笑みによって沸き起こったときめきに今度は陥っていた。達也はサングラスをかけていたが、少しだけ紅い目が覗いていて、ミステリアスさがありながらも甘い笑顔を見せていた。それが美晴には、新鮮であり、また違った達也の魅力に惹かれる要因にもなった。…といっても、美晴はRYUの正体である達也に関して一切知らないのだから、この場合はRYUに惹かれてしまったと言うべきだろうが。
それで、美晴はオーディションに戻る事を理由に別れ、控室へと早歩きした。そのまままだ動悸が止まらない胸の高鳴りを抑えるために深呼吸を何度もする。数回した後、なんとか動機も赤面していた顔も引いてきたので、廊下の壁に設置されていた鏡で身嗜みを確認してから、控室となっている会議室のドアを開けた。
「あ! ちょっとそこのあなた!! 待ってたわよ~~!!」
ドアを開けて入室した瞬間、いきなり指を指されて、声を掛けられ、思わず一歩後ろへのけぞった。
控室にいたオーディション参加者全員が美晴に注目する。何で注目されているのか分からない美晴に、背筋を伸ばして優雅な歩きをしながら、長髪をポニーテールで一つにまとめた少女が近づいていく。しかし、その少女の歩きとは対照的にBGMとして聞こえてくるのは、重みのある足音だった。(優雅な歩き方でどうやってそんな音が出るんだ?)
「あなた、お名前は?」
「あ、はい、日暮美晴と言います。よろしくお願いしま…」
「ああ…、美晴さんですか。分かりました、それだけ聞きたかったので。」
「え? あの…、どちら様でしょうか?」
言葉を途中で遮られただけでなく、不愛想に去っていこうとする少女に美晴は首を傾げて名を尋ねる。本当なら、自分から名を名乗るべきなのだが、それがなかったからだ。礼儀を重んじる子とかなら、この少女の態度で不快になっているだろう。しかしそれをされた当の本人である美晴はそんな気持ちは一切なく、逆にお友達になろうと話しかけるのであった。自分に話しかけてきているという事は、仲良くなりたいけど上手く言葉にできなくて恥ずかしがっているのかも…と考えた結果だ。
美晴の優しい思考は残念ながら的外れだったが。
「あなた! 鈴蘭様の事を知らないのですか!?」
「鈴蘭様がわざわざお声を掛けてくれる事なぞ、めったな事でしかないというのに!!」
「鈴蘭様の事も知らないばかりか、名を尋ねるなんて、なんと野蛮な!」
「それでも、アイドル目指している子なのかしら!?」
少女の周りを囲む形で突如として現れた少女たちの言葉に美晴は疑問が止まらない。何とか分かった事は「ああ、この子の名前は”鈴蘭”ちゃんっていうんだ。」だけだった。
そして少女の取り巻きの少女たちが代わりに説明し始める。
「この鈴蘭様は、生まれてからわずか数日で芸能界入りし、天才人気子役としてこれまで何百本ものドラマや映画に多数出演してきた今、最も輝きに満ち溢れている女優、天童鈴蘭様です!」
「その通り! 今回のCMも鈴蘭様が栄光の一ページにまたもや刻む素晴らしい物なのです! 分かりましたか!?」
「あ…、分かりました。そんな素晴らしい人と会えて嬉しいです。私と友達になってください。」
取り巻きの少女たちの話を聞いた直後に美晴は笑顔で鈴蘭に手を差し伸べる。どれだけ自分と鈴蘭とで釣り合わないかを教えたはずなのに伝わっていないのかと驚きで固まっている取り巻きの少女たちの間から鈴蘭が歩み寄る。そして美晴の手に鈴蘭の手が伸びる。美晴は鈴蘭と握手して、仲良くできると思った。
パチンっ~~……!
控室内に大きな音が響いた。
今まで状況を見学していた他のオーディション参加者は驚愕と当然だという反応を見せる。
驚愕一点だけだったのは美晴だけ。
何が起きたかというと、美晴の手を鈴蘭が大きく手を振りかぶって、払い除けたのだ。赤くなった手が宙でとどまったまま、目を丸くしてただ鈴蘭を見つめる美晴。
「私は貴方とお友達という気楽な関係を築くつもりは毛頭ありません。私は貴方には負けません。」
鈴蘭はそう言い残すと、取り巻きの少女たちを連れて、自分に設けられているベースに戻るのであった。
その後ろ姿をただ見送るだけの美晴は、心の中で「お友達になるのって難しいんだな~。」っと、落ち込む。それでも美晴はまだ鈴蘭との友好を諦めるつもりもなかったが。
「それでは、皆さん!一次オーディションを始めます!」
スタッフが見計らったかのように呼びに来たので、美晴はこれから鈴蘭と仲良くなろうと決め、オーディションに臨む。その美晴の姿を鋭い目で盗み見る少女がいた。
かくして、美晴には気付かれないまま、ライバルが誕生した瞬間だった。
完全に美晴は鈴蘭にターゲットにされたな。