FLT開発第三課での打ち合わせ兼試作品テストは、本部の嫌がらせに遭い、予定がずれる事になった達也。そのお蔭で時間が余りまくった達也は、せっかくなので今日がCMオーディションの美晴に激励を送るため、事務所に向かい、その目の前に着いたのであった。
一瞬だけ事務所がある窓を見つめると、地下の駐車場で愛車を止め、ヘルメットを抜く。そこには、ボサボサとした灰色の髪をした達也がいた。誰もいない事を気配を探って確認し、速やかにイヤリングやブレスレットを身に付ける。そしてそこそこにメイクをした後、サングラスをかけて、事務所へと登って行った。
事務所のドアの前に来た達也は深呼吸して、”RYU"としてのスイッチを切り替える。
ロックせずにドアを開け、気怠そうに挨拶する。
「…どうも。お疲れ様です。」
「あ!RYUさま! 今日は来られないと仰っていませんでしたか!?」
「ああ、おはよう、RYU君! 来てくれたんだね!いや~~、君なら来ると思っていたよ!だって、君は見かけによらず面倒見がいいからね!不愛想に見えるけど、実は真面目だし、優しいし、ただツンデレなだけなんだよな~!!うんうん…!!」
「………」
RYUの登場に金星と美晴が揃って喜びを体で表現する。美晴はRYUに抱きついてきた。これはまだ許せる範囲だ。しかし、金星は調子ついてしまっているのか、手を顎に置き、流し目でドヤ顔を魅せつけながら、変なポーズを添えて長いセリフを恥ずかしげもなく論破してくる。これにはさすがのRYUも引くしかない。
「本当はそうだったんだが…、急遽予定が変更になって、時間が空いてしまったんで、待っている間に美晴に激励を送ろうかと思っただけなんだ。別に深い意味はない。」
「それでもわざわざ来てくれたことに私…、物凄く感激してます! 本当にありがとうございます!」
「ああ…、言わなくても美晴を見れば分かる。…涙が止まらないほど感激しなくていい。」
「ですが、RYUさまのお日様のような温かい気遣いを受けただけで、美晴は最高に幸せなんですぅ~!! 自然に涙が溢れてきて、止められません!」
「…わかった、分かったから泣き止んでくれ。それだとせっかくのメイクが崩れてしまうぞ?」
「あ、本当ですね。…ぐぅ!!」
涙を止めようと目に力を入れ、堪える。それで止まるモノなのか?とRYUは思ったが、なんと一瞬で涙が止まり、思わず苦笑してしまう。
「実はこれ、私の特技なんです!どうですか?」
「…どうと言われても、な~。」
まさかとくぎを披露されていたとは考えなかったRYUはどう返事しようか考えを張り巡らせていると、和気藹々とした空気を嬉しそうに見てきた金星がふと時計を見て、驚愕する叫びを放つ。
「うわああああぁぁぁぁぁ~~~~!!!!」
「ど、どうしたんですか? 社長~!!」
「大変だ!!代返なんだよ!!美晴ちゃん!! やばい!オーディションに遅れる!!急がないと!!」
「え!?………ああああああ~~~!! もうこんな時間!!早く行かなきゃ!!」
「大丈夫!!僕が車を回してくるから、美晴ちゃんは下で待っていて!! あと、急がなくちゃって思って、怪我はしないようにね!!じゃ、御先に行って……わああぁぁ~~~~~~!!!!」
スゴッ…、ゴキッ……、コロンコロン…バタン!!……ゴン!!!
「ふギャあああああああ~~~~!!!!」
「ああ~~!!社長!! 大丈夫ですか!!」
「…人に言っている傍から自分で怪我したら意味ないだろ。」
美晴は慌てて、RYUは呆れ顔で金星を見下ろす。何というかミラクル的な転び方をした金星は既に意識が朦朧としている。頭を打ったわけではないが、あまりの激痛が広がり、意識を手放しかけているのだった。なにせ、怪我は左足に集中していており、見る限りでも骨折し、腫れあがっている。
こうなったのは、金星の不注意だと言わない訳にはいかない。
まず、カーペットを巡り上げて躓き、そこで足首を捻る。次に倒れそうになるのを片足でケンッケンッとバランスを取ろうとしたが、上手くいかず、逆に痛めた足で着地してしまい、更に負荷をかける。そしてそのままドアまで高速で開脚前転していき、最終的に痛めた足でドアに激突し、止まった。そして激痛に苛まれている金星に止めの攻撃?が降ってきた。ドアに激突した振動で近くの書棚に飾られていたガラス製の写真立が見事に金星の左足にヒットした。しかも、写真立の角で。
合計で4回は連続で同じ場所に悲劇が襲った…訳である。
「社長~~!!しっかりしてください!! 死なないで~~!!」
「み、美晴ちゃん…、ぼ、僕はもうだめだ…。君の晴れ舞台を見てやりたかったがどうやら僕はここまでのようだ…。ごほっ…!」
血を吐いて、死にかけのような声で語る金星に、「あんたが怪我したのは足だけだろ。血を吐く様なことは無かったよな?」と冷静に突っ込み、茶番劇を見下ろす。
「そんな事はありません!私…、社長のために頑張って、合格してきますから!!ですから、生きていてください!!」
「…ああ、約束だ。 …さぁ、行きなさい! 遅刻したら元も子もない…。…RYU君、後の事は頼みました…。
ご心配無用…。僕の事は構わず、行ってください!…ここは僕に任せて。」
(何を任せるんだよ、あんたが一番不安で仕方ないんだが? )
親指を立てて、武運を祈る…的な顔で見送る金星の馬鹿さに辟易してきたRYUは、金星を置いていく事に渋っている美晴の手を引いて、事務所を後にした。美晴は何度も後ろ髪をひかれる思いで振り返り、「社長~~!!」と何度も叫んだが、RYUは一度も振り返る事もせず、更には一切の躊躇なく見捨てるオーラで歩くのだった。
こうして、金星の代理として美晴をオーディション会場まで送る事になったRYUは、後ろに美晴を乗せて、バイクを走らせるのであった。
…何をしてるんだよ、金星。前から天然と思っていたけど、ここで馬鹿要素を出すなや!もしかして、美晴の天然も金星から移ったんじゃ…?