逡巡を振り切って模擬戦の申し込みを切りだしてきた十三束に、達也は「何故?」と首を捻らせるものだった。
(何故、いきなり俺に模擬戦を申し込んでくるんだ?どうせなら、全国でも名の知れた服部先輩や沢木先輩、桐原先輩に相手をしてもらった方が実力者同士、なかなか面白い試合にはなるはずだ。
……そもそも模擬戦をする自体が意味不明なんだがな。)
達也は十三束が自分に模擬戦を申し込んでくる意味が分からず、また急いでいるため、訝しさに満ちた視線を十三束に向ける。十三束もいつもより鋭い視線を向けられ、居心地悪げに目を背ける。しかしすぐにバンジージャンプに挑むくらいの決意を滲ませて達也の視線を受け止め直した。
「君の実力を七宝に見せてやって欲しいんだ!」
熱く燃える眼差しで十三束が達也を見つめる。十三束は自分の男気に応えて頷く姿を思い描いていた。十三束は達也の実力が決して劣っているとは思っていない。寧ろ、自分と同等くらいには戦えるはずだと思っている。そして達也の戦闘技術を知っているからこそ、達也の実力を知らずにいる琢磨に教えてあげたかったのだ。才能だけで強い奴がいる訳ではないという事を。
しかし、達也にとっては困惑を深めただけだった。達也から見れば、なおさらちゃんとした実力者同士で試合した方が琢磨にも十分な勉強になるのではと考えた。自分が魔法がうまく使えないというのに、実力を見せられるわけがない。本来の魔法も人前での使用はできない。だから、十三束の話す意味がさっぱり脳に浸透しなかった。
「訳が分からないんだが?」
言外に「他の者に頼んでくれ」と告げた達也の言葉は、正確に十三束が受け取った。その途端、面白いように狼狽したが。
「ええと、そうか。唐突過ぎだよね。つまり………」
「本当の実力者同士の試合を、七宝に見せてやってくれないか。」
あたふたする十三束から説明を受け継いだのは服部だった。まぁ、この説明だけでは達也は納得しなかったが。
「本当の実力者同士を見せるなら、服部先輩や沢木先輩の試合の方が適しているのではありませんか?」
遂に思っていた事を口にした達也。
「司波、お前の実力を見せる事に意義があるんだ。」
到底十分な説明とは言えない服部の説明に余計頭が捻る達也だった。
(俺の実力なんてたかが知れているはずだ。 それは、十三束や服部先輩も知っているはずなんだが…。
……それにこれ以上、ここにいれば変装なしで事務所に行かなければいけなくなる。それだけは何とかして阻止しなければ…!)
素顔で会う事だけは何としても避けたい達也は、早く終わらせたくて、辞退する事を告げようとした。…が、深雪の言葉が先になる。
「お兄様、よろしいのではありませんか?」
深雪がここで援護射撃に出た事で、十三束や服部には最も強力な追い風になった。そして達也にとっては抗えない楔となった。
「下級生に模範を示すというのであれば、生徒会役員に相応しい役目だと思います。」
達也を除く全員が揃って「生徒会役員」の部分を「お兄様」に翻訳していた。
「私もそろそろ、お兄様にお力を示していただきたいと思っていた所です。」
笑顔でおねだりする深雪を見て、達也は先程まで考えていた辞退する案を放棄する事にした。深雪の動機が明らかに十三束達とは違って、琢磨への不満や苛立ちが積もりに積もって、達也に懲らしめてもらいたいという雰囲気を纏っていた。それは達也にしかわからないものだった。達也は「このまま放置しておくとまずい」と思わせるレベルまで達していた深雪のストレスを払拭させるため、自分の予定を棚上げする。
「…………お前がそう言うのなら」
仕方ないという感じのため息を吐き、深雪へ苦笑を見せ、頭を優しく撫でる。
達也の翻意、というか決断は十三束にとって望ましい者であるはずだった。それなのになぜか十三束は、気持ちがしらけていくのを抑えられなかった。
その感情は、彼一人のモノではなかった。
(僕の男気よりも、彼女の思いに応えられちゃった…。何だろう…、嬉しいはずなのになんだか気落ちするな~…。)
自分の説得よりも深雪の思いに揺れ動いた達也の決断に敗北感を感じる十三束だった。
男同士で熱くなる展開をのぞんでいたんだよ、きっと。服部たちもそう言う展開での模擬戦を考えていただけにノリの悪い達也の反応で、あたふたしちゃったんだ~。
まぁ、達也だからね。でも、達也も自分の事を過小評価しすぎなところもあるから、そこ辺りを自覚させてあげようではないか!(するかな~…?)