教授たちの醜い争いも終結し、スミスは荷物を纏め、渡された資料を手に取る。
「結局理事長も教授たちと同じですね…。はぁ~…。」
ため息を吐いてサッと読むスミスは、彼らの意図に自分が利用されたと理解し、呆れ感が込み上げてきた。
資料には、達也のパーソナルデータ、探偵を使っての日常の行動、これからの達也との接触…等々が事細かく書かれていた。しかし、知り得た情報が少なく、いまいちピンとこない。法の秩序を乱さず、一線を超えないギリギリで集めた情報だ。これ以外で達也の情報が何か分かるかもしれない。そのために達也と接触し、そこで知り得た情報を大学にリークするようにと資料の最後に書かれていた。
スミスは、自分が何故選ばれたのか、改めて納得した。
理事長はスミスが女性であることを利用し、達也を大人の魅力で誘惑し、虜にして情報を手に入れさせるために選んだのだった。教授たちをわざわざ集めて発表したのは、大学内の風紀を改善する目的と尤もらしい理由を告げる事であの場でのスミスの事態の言葉を言わせなくするためだった。
まんまと理事長の企みに乗せられてしまったスミス。
しかしスミスは、それほど怒った素振りは見せなかった。確かに理事長のやり口には怒りを通り越して呆れてしまったが、これは自分にとっての好機だと思う事にした。
元々スミスも一高への赴任を受けたかったが、講師である自分が教授たちを差し置いて易々と願いを聞き入れてもらえるとは思っていなかった。それに、達也も後二年もすれば魔法大学に入学してくる。今の段階で手駒にしようと考える教授たちの考えに賛同できなかったという理由もあり、立候補するのは断念していた。
だから、この決定をどんな理由であれ、結果的には願いがかなったのだ。なら、この運をしっかりと掴んでいなくてはいけない。スミスはそう思い、一高の門を颯爽と、そして微笑を浮かべて、入るのであった。
★★★
こうして教員になったスミスである訳だが、職員室で一人ため息を吐く彼女は、この時の胸躍る気持ちを失いつつあった。
魔法工学科の授業…、つまりE組の授業をする度に達也が只者ではないと実感するのだ。授業で問題を解くように言うと、あっさりと考える素振りもなく一瞬で答える。しかも毎回正解だ。そして誰も分からない内容を取り扱った時、答えだけでなく説明まで添えて回答する。これには驚きを隠す事を忘れて、聞き入ったくらいだ。更に授業が終わった途端に達也に駆け込んで、教えを乞う生徒もいる。その生徒達をあしらったりせず、簡潔に、しかし丁寧に細かく教えている達也を見て、スミスは自分がここに赴任させられた理由を改めて実感した。
(なるほど…。確かにこれでは個々の教員の方達が頭を悩まず訳ですね。彼と同等かそれくらい釣り合うほどの専門知識が備わっていなくては教える以前に話を一割も理解できないでしょう。)
そう思うと、大学で講師していた時よりやる気が満ちてきたスミスは、より前向きに接するようになった。達也も専門的な話ができ、心なしか喜んでいる事を雰囲気で感じ取ったスミス。
しかし、話をするだけで、達也が魔法工学等の研究をしている訳でもなかったので、達也が尋ねてこない限り会話はしなくなった。
これがスミスがため息をしていた理由だ。
達也の研究や情報を大学に教えるつもりはスミスにはない。しかし、達也が魅せる研究内容には非常に興味がある。目を瞠るような衝撃を与える研究や実験を達也が持ち込んできてくれないかとこのところ、思い始めたのだ。
「こうなったら私が司波君に課題を渡してみましょうか…?」
不意に出た言葉だったが、今までモヤッとしていたすっきりしない気持ちが消え、最大の案だと思い、気が変わらない内に達也にしてもらう課題をどれにしようかと机の上の専門的な本を漁り始める。
そんな中、昼休みのチャイムが鳴り、授業を終えた先生たちが職員室に入ってくる。スミスはそれには気づかず真剣に本を読み、課題となれそうな記述を探し続ける。
「失礼します、スミス教師はこちらにいますでしょうか?」
「はい、いますよ。」
突然自分の名が呼ばれ、読んでいた本から視線を上げるとそこには一礼して職員室に入り、真っ直ぐに自分の元へと向かってくる達也の姿があった。
さっきまで意識を占めていた当の本人の登場で、スミスの顔が嬉しさで綻んだ…。
大人の事情って怖いよね~!! でも、スミス先生!!達也が自分から課題を持ってきたよ!!しかもとんでもない物を!!