また、真夜がキャラ崩壊する~~!!
車の中で、不機嫌な雰囲気を醸し出すのは、灰色の髪をした青少年。
その青少年の前に座るのは、年若に見える淑女、そして脇には老齢の執事が座ってほくそ笑んでいた。
「おやおや、なにやら気分が優れない様子ですな。飲み物を用意した方がよろしいですかな?」
「……結構です。ただ歩いてきただけですから。」
「それにしては、ここに戻ってこられた時の御顔は、大分疲労しきっていたように感じますが?」
「ただの気疲れですよ、こういう事は今までやった事はなかったので。」
「ははははは。やはり勝手は違いましたか。」
楽しそうに微笑む老齢の執事に、青少年はため息を吐きたいのを押し殺し、先程から面白いおもちゃを愛でるような視線を向けてくる淑女に顔を向けた。
「一応、ミッションは果たしましたので、これでもう御終いですよね?」
「あら、まだほんの序の口よ?これからが本番なのだから、頑張りなさいな。
それにしても……、随分とイケメンになったわね?達也さん?」
「……イケメンになったかは自分ではわかりませんが、多少は着飾ったのでそう見えるだけでは? 俺は今までこのような服装もした事はありませんでしたから。叔母上も新鮮だから、見ているのでしょう?」
正面で向かい合う淑女と青少年が互いの視線をぶつける。
そう、青少年の正体は、達也だったのだ。
なぜ、達也がこのような姿をしているのかというと、極秘任務のためである。
「でも達也さんは元もいいから、何でも着こなして魅せてくれるから、飽きないわね。」
「…遊びなら今すぐこの格好を止めても…」
「ああ~~~!! だめよ!! 五時間もかけてようやく変装決めたんだから!! それにこれからが本番だって言ったでしょ!?」
今まで面白そうに達也を眺めていた真夜が、達也がジャケットを脱ごうとした途端に血相を変えて前のべりになる。顔も至近距離になり、物凄い必死な表情が見て取れる。達也はまた見た事がない真夜の若々しい反応に、軽く目を見開く。
二人の反応を見て、笑いを堪えていた葉山さんだったが、さすがに真夜の隠れファンっぷりがバレるのはこの後の任務に影響する恐れがあると思い、助け舟を出す。
「朝から達也さんの変装のために、あらゆる服をオーダーメイドしたり、メイクに時間をかけましたからな。
時間をかけたからこそ、それに注ぎ込んだ金額も相当なものです。費用は全て此方が負担するとしても、達也さんの身勝手な行いでこれまでの準備が水の泡になるのは、奥様にとって、悲しきことなのです。」
「…………それは申し訳ありませんでした、叔母上。そこまで考えが至らなかった自分をお許しください。」
葉山さんの説明を聞いて、達也は目の前で目を潤ませて見つめてくる真夜に、不快感はあるものの、自分が謝らないといけない気がして、許しを請う。もちろん真夜が葉山の説明に真実味をつけるためにわざと目を潤ませている事を知っていて。
「ええ…、良いですよ、達也さん。分かってくれるならそれで。
では、私の言った事はしてもらえたかしら?」
「はい、叔母上の仰られた通り、この格好で小一時間ほどショッピングモール内を動いてみましたよ。多少は視線を向けられましたが、それほど不自然ではないみたいですね。」
「私が聞きたいのはそういう事ではないわよ?達也さんが目立つのは当たり前。今時、髪を染める人間なんていないわ。せいぜいハーフやクォーターくらいかしら?」
「…ならなぜこの髪の色にさせたのですか?それなら黒髪でもいいと思いますが?」
「それだと変装にならないでしょう? 今日は達也さんがアイドルとして活動する際のイメージを固めるために連れ出したのだから。それにこの任務は目立ってくれないと困るのよ。まだ理由もあるけど。」
「あまり目立つのはまずいのではないですか?」
「もちろん達也さんとしてなら目立つ事は控えてほしいわ。でも、アイドルとしてなら目立たないと生き残れないし、達也さんのしてもらいたい事には目立つ事は必須なのよ。」
葉山さんから淹れたての紅茶をもらい、真夜は一息つく。真夜が紅茶を飲み終えるまで達也は待つ。
「まぁ、詳しくは後にして…。どうでした?深雪さんの反応は?」
「……視界に入るとすぐに俺を見つけて、凝視してきましたよ。叔母上から深雪に正体がバレたら最初からやり直しと言われてましたので、しばらくしてからすれ違って、陰から様子を窺いました。」
「それで?」
「なんとかバレなかったですよ。 深雪はいつもの俺と雰囲気が似ていると感じ取ってましたが、水波の援護もあって、違うと納得しました。」
「水波ちゃんだけでなく、深雪さんまで欺く事に成功したのね。それなら問題はないわ。では、達也さんの変装はこれにしちゃいましょう。葉山さん。」
満面の笑みを浮かべて、真夜が葉山さんの名を口にすると、すぐに葉山さんがどこかに連絡を取り始める。
「あの、次は何をするのでしょう?」
朝の鍛錬から今までただ真夜の着替え人形にさせられたり、命令を聞いたりとしていたため、どこまで付き合うべきか判断がつかない。それに、なぜ深雪の前でこの姿の自分を見せるように言ったのかも達也には理解できていなかった。
「これから、達也さんのアイドル写真を撮影します。それと収録も…。先にアイドルとしての準備をある程度済ませておいた方が、もう一つの任務に集中できるでしょう?
それと、深雪さんに今の達也さんを鉢合わせさせたのは、最終確認みたいなものです。深雪さんにバレると全ての計画が崩れますから。」
達也が疑問に思っていた事をさらりと答える真夜。だが、達也はまだ浮かない顔をしている。前者の方は理解したが、後者の方はまだ納得していないのだ。
「深雪は今回の任務を口外するような真似はしません。」
達也の言葉には、不機嫌と不快感が入り混じった冷たいものが含まれていた。
「ええ、もちろん知っていますよ。ただ、深雪さん…、達也さんがアイドルになると知ったら、ぜひ私も達也さんのお供として協力させてください…なんて言ってくるかもしれないでしょ?それだと達也さんに頼んだ意味がなくなるじゃない?
一番は深雪さんに知られない事。これが成功するかどうかの鍵になるから。」
真夜のこの言葉はさすがの達也も納得せざる得なかった。
深雪は自分に対して深い愛情を与えてくれる。しかし時に「なんか違う気がする」と感じる接し方をする時がある。そういう時は周りの友人達は「普通の兄妹はそういう事しない(わよ/ぜ)」と突っ込んでくる。
深雪は達也の事になると強い干渉力が働いて、無意識に魔法を行使してしまう。それがもし任務中に起きれば、確かにまずいと思った。
達也が納得した表情を見せたので、真夜も話をここで御終いというように、カップを葉山さんに渡す。
そして、それと同時に車が目的地に到着したようで、停止する。
「では、行きましょう?達也さん。」
「はい、叔母上。」
「どうぞ、奥様。達也殿。」
葉山さんが既に車から降りて、ドアを開けて待っている。
真夜は葉山さんが開けるドアから優雅に降り、達也は反対側のドアから自分で開けて降りた。
三人が来たのは、貸切可能なスタジオが入ったビルだった。
そのビルの中に三人は足を進める。真夜が葉山さんと達也を従えて入る。
その時真夜は葉山さんに目配せした。それに葉山さんは小さく頷きを見せる。
葉山さんの頷きに真夜は正面を見つめ、嬉しさのあまり声が出そうになるほどの笑いを必死に堪えて、スタジオに訪れ、そこでアイドル・達也の写真等を納得するまで撮りまくったのだった。
専門のカメラマンを雇い、撮影が始まっている道中、見学する葉山さんはこっそりと仕込んでおいた小型カメラを胸のバッジに内蔵させ、真夜の要望通り、一部始終の撮影をメイキングとして記録するのであった。
真夜…。隠れファンの勢いが凄いわ…。
それから、メイキングを葉山さんに頼みながら、プロカメラマンが撮った達也の写真も厳選し、達也の成長アルバム集にめでたく殿堂入りしましたよ~~!!