「深雪姉さま? どうしました?あの方はお知り合いですか?」
ふと立ち止まった深雪の視線を辿り、青少年を一目見た水波は、確認のため、深雪に問いかける。片手はポケットに入れておいたCADをすぐに起動できるようにして置いて…。
「いえ、知り合いじゃないわ。初めて見る方ね。」
しかし、深雪が発した言葉で、ますます水波の警戒心が上がり、自然と深雪の前に躍り出る。それを、深雪がやんわりと手で制す。
「水波ちゃん、そんなに警戒しなくても大丈夫よ。私がただ気になっただけだから。」
「でも…」
水波はまだここに来て間もないが、数週間で学んだことがある。
それは、深雪は達也以外に関心を寄せる事はないという事。深雪は重度のブラコンなので、達也が非難されれば、相手を蔑む事も厭わないし、達也以外の異性は見劣りした感じしか見れない。それは登校中も学校内でも、家の中でも同じだ。
だから、深雪が達也以外の誠意少年に目移りしている事に水波の内心は非常に驚愕と警戒心が高ぶっていた。
(これはもしや恋の予兆なのでは?)
と思わないのは、深雪の表情を見るあたり、頬を朱色に染めていないのと複雑な心境を思わせる困惑なものだったからだ。
「では、気になさらずに先に進みましょう、深雪姉さま。そろそろ野次馬が集まりだしてきましたから。」
何もない所で深雪が立ち止まった事で、絶世の美女の視線の行方が気になりだしたのか、深雪の周りを通り過ぎたり、同じく立ち止まる野次馬が騒ぎ始めた。
それを居心地悪く感じたのか、深雪が見つめていた青少年は、頭を掻いて、小さくため息を吐いてから手摺に持たれていた身体を起こし、深雪達の方へと歩いてきた。
水波と深雪の間に緊張が走る。
徐々に近づいてくる青少年に意識を向け、相手の出方を窺う。しかし……
青少年は一瞬こちらを見てから、そのまま通り過ぎ、歩き去ったのだった。
何があるのではないかと構えていただけあって、呆気ないすれ違いに終わり、二人は軽く目を見開き驚く。
「何も…してきませんでしたね。」
「そうね…、てっきり声を掛けてくると思ってましたわ。」
「過剰意識っていうものでしたか?」
「…それは分からないわ。でもどうしても気になるのよ、あの方を。なんだかお兄様のような印象を受けて…。」
いまだにピンとこない面持ちで、悩みながら話す深雪の説明を聞き、水波はもう一度青少年の後姿を見る。そして一瞬確認した後、人波に溶け込んで、消えてしまった。
「ですが、私が見た限りでは、達也兄さまの雰囲気とはまるっきり違っていたと思いますけど?」
深雪達が気になっていた青少年は、襟にストーンが飾られた黒いジャケットの下に白のV字シャツを着ていて、袖は七分で捲くっていた。深緑のストリートカーゴパンツに、ショートブーツを履いていた。そして何より、耳にはリングピアスをしていて、髪は灰色。屋内なのに濃いめのサングラスをかけて、首にはチェーンネックレスをつけていた。
達也は深雪には御洒落を進めるが、自分には関心がなく、最低限の物で十分と、Yシャツとパンツで、色も控えめな服を着ている。達也のいつもの服装とは違い過ぎるのだ。
水波が達也とは違うと思っても不思議ではない。
「そうなのよ…、お兄様があのような御姿をする方ではありませんし。でもそう感じるの…。」
だが、それでも深雪は引っかかるようで、得体の知れない感情を当てはめる言葉が見つからず、更に悩みだす。そんな深雪に水波が言葉を返す。
「恐らく体型が似てらしたのと、深雪姉さまへの反応が有象無象と比べて薄かったから、達也兄さまとお思いになったのでは?
昨日から御顔を見ていないのも影響して。」
「……水波ちゃんの言うとおりかもしれないわね。お兄様のお迎えが出来なくて、残念だったのは確かなのですから。…もう大丈夫よ、水波ちゃん。そろそろ食材の買い出しに行きましょう! 今日はうんとおいしい物を作りますから!」
「はい、分かりました。深雪姉さまのお手伝いを一生懸命させていただきます。」
水波の言葉で、気持ちに整理をつけ、食材の買い出しに再び足を運び始めた深雪と水波。
その二人をこっそりと覗き見し、去っていくのを確認した青少年は、二人とは逆方向に歩いていき、ショッピングモールを出て、通りに止まっている一台の黒い車に乗り込んだ。
そして、発進した車の中で、緊張をほぐすように息を吐き出すのだった。青少年の額には、緊迫状態から解放されたためか、少々の汗が滲み出ていた。
さてさて、この青少年のいったい誰なのか!?