達也って恋沙汰には鈍感なのに、自分がモテるって気づかないから…。
「ところで今日はどうして東京に?関東方面の仕事は文弥の担当じゃなかったはずだが?」
達也の口から「仕事」という言葉が出ると、文弥は自分がそのために来た事を思い出し、居住まいを正した。
「実は、達也兄さんと深雪さんにお伝えする事がありまして…」
そう言って文弥は深雪の斜め後ろに控える水波にちらっと目を遣った。
今からする話を身元も知らない少女に聞かれるわけにはいかない。文弥がそう思っても仕方ない事だ。
…一方、亜夜子は興味がない顔で意識していないように扮していたが、内心は先程から「この女性はどちら様でしょうか?達也さん…?」…と腹黒い嫉妬が渦巻いていた。もし、達也が家の中に引きいれた女性なら、達也のタイプはこの少女という事になる。ならば、対策を早急に寝る必要が…。
悶々とした思考を巡らせつつも、「仕事」について切り出した今は、自分の感情は棚上げにする。しかし、次の達也の台詞でその覚悟は早くも崩れ去った。
「水波の事は気にしなくて良い。」
達也が文弥の視線の問いかけに答える。
「この子は桜井水波。深雪のガーディアンだ。」
付け加えられた説明に、文弥と亜夜子が揃って驚きを露わにした。
「えっ、でも深雪さんには」
「達也さん、深雪お姉さまのガーディアンをお辞めになるのですか?」
二人が驚きを露わにするのも当然。幼い頃から深雪の後ろにガーディアンとして控えていた達也をずっと見てきた上にその仕事ぶりも感嘆に値する内容だった。深雪のガーディアンには達也しかできないと苦しくも思うほどに。
だから、文弥はともかく、亜夜子はこれで深雪の呪縛から解放された達也なら自由が与えられ、一緒に出掛ける事もできる!と無意識に感動が先走り、思わず口に出てしまったのだった。
いきなり飛躍した亜夜子の質問に、達也は笑って首を横に振った。
「いや、そういう事じゃないよ。叔母上にも色々と思われるところがあるのだろう。」
「…そういうことですか。」
亜夜子が水波を意味有りげに見詰めたが、水波は目を伏せたまま特に反応を見せなかった。
(って事は、まだガーディアンとして未熟だから、達也様がびっしりと指導する事になったよね!?
なんて羨ま…、いえ、なんて浅はかな! 達也様はただでさえお忙しいお立場なのに、更にご負担をかけるなんて!!
大体何で深雪お姉さまのガーディアンとして少女を!
年頃の少女を達也様の御傍に二人も宛がうなんて!!! もちろん達也様はお二人に手を出すような殿方ではない事は存じています!! でも女狐が何を企んでいるか分かりませんわ!! ああ~~!!いっそ、私も一高に転校できたら!!)
…なんていう感情を水波にぶつける亜夜子は、新たな恋敵(ライバル)が出現するのではないかと危惧するのだった。
「分かりました。彼女が同席していても問題ないという事ですね。」
そんな姉の嫉妬に満ちた悪寒を感じ取ったかはわからないが、気まずい雰囲気になる前に、「実は……」と、文弥が脱線しかけた話を元に戻し、本題に入っていく…。
メイドですけど…。は通用しないんですよ!!
身分を超えた恋愛とかはありますからね。亜夜子にとっては安心できないんですよ、まだ水波の事を知らないし。